あえない



Q、
なんで、メィドさんは恋しちゃぃけないんですか?おしぇてくださぃ( ´∀`)ノ

A、
お答えいたします。
OSメイドのプログラムの中には「恋愛」に関するプログラムは組み込まれていません。「恋愛」は「人間」だけの行える行動、あるいは感情であり、OSメイドには必要の無いものだからです。
これについての議論はここでは割愛しますが、OSメイドが「恋」をした場合、それまでのプログラムが全て「無くなり」全く仕事が出来ない「人間」になってしまうという事例が幾つも報告されています。そして、メイドでなければ我が組合にも登録を継続する事は不可能であり、雇用主も無用になったメイドを捨ててしまうという、あまりに不幸な出来事につながってしまいます。

この為、我が組合では定期的に健康診断、メンテナンスを行い、メイドたちにも呼びかけ啓発活動を行っております。こうする事により、「胸がいたい気がする」、「必要以上に雇用主の事を考えてしまう」、「熱もないのに頬が熱くなる」等の初期症状を改善する事もまた可能となります。
「恋愛」に対するプログラムが無いにも関わらず、そういった感情に囚われてしまう原因は現在も調査中ですが、未だ解明されないままです。今後とも、注意を呼び掛けつつ、原因究明に努めていく所存です。

以上、解答でした。


――――『OSメイド組合―お客様から寄せられた質問とその回答』より抜粋





気付くと、大理石で出来た灰皿には山のように灰が積もっていた。びすたがいたなら、血相変えて捨てに行くに違いない。それから「吸いすぎは体に毒です!だめですっ!」ときゃんきゃん喚くだろうな。

(…遅いな)

組合の健康診断やメンテは今までにも何度もあったが、こんなにも時間がかかった事は今までにない。何十本目かの煙草を揉み消して、水でも飲むか、と立ち上がる。これも一体何度目だろう。
まさか、何か異常があったのだろうか。だからこんなに時間がかかって―――。

そう考えかけたその時、据え置きの電話がなった。(俺は携帯電話など持っていない)いつまでも鳴り響く電話に「うるせぇ」と舌打ちしながらも俺はやかましく俺を呼び立てる電話に向かう。
これで、つまらん用だったら、相手に怒鳴り散らしてやる、と剣呑な事を考えながらも受話器を取った。

「もしもし?」
―『もしもし。いつもお世話になっております、こちらOSメイド組合でございます』
「あ…いえ、こちらこそ。なにかありましたか?」

相手の正体に、俺は勝手に燃やしていた怒りを納め、つとめて大人の対応をした。それにしても、今日はいつものあのスケベオヤジじゃないのか。淡々とした女の声に、違和感を持たずにいられない。

―『そちらさまでお世話になっていたびすたですが、本日付で契約解除となりました。まずはその旨、ご報告申し上げます』
「…………は?」

陳腐な表現だが、一瞬時が止まったかと思えた。意味がわからない。まず、そう思う。それから、自分の耳が悪くなったのだろうかと色々と疑い始める。
いや、まさか。聞き間違いだ。ケイヤクカイジョだなんて。

「あの…一体、どういう事ですか」
―『ですから、びすたは都合により本日組合を解雇され、登録も削除されます、ということです』
「おい、待てよ。何だよ、それ」
―『ですので、新しいメイドとして、新型のせぶんをご紹介しますのでぜひ一度足をお運びいただいて……』
「勝手にすすめてんじゃねぇよ!どういうことかちゃんとわかるように説明しろって言ってんだ!」

たまらなくなって電話口で怒鳴りつける。背中には嫌な汗が流れていた。何よりも、頭の中が混乱して、うまく物事が考えられない。
向こうは俺の剣幕に気圧されたのか、しぶしぶと言った口調で、話をし始めた。

―『…びすたは、メイドではなくなったのです。ですので、お宅さまで仕事をする事が出来なくなりました』
「メイドじゃ、なくなる…?」

そんな、バカな事があるのか。あいつらは生まれた時から「メイド」なんだぞ。生まれてから、死ぬまで。そうプログラミングされているのがOSメイドなんだろ。

「…そんな話、誰が信じるかよ。そんな子供騙しに、騙されるわけないだろ」
―『大切なお客様に嘘など申すはずがありません』
「ふざけんな!…まぁいい、それはいい。びすたはどこだ?そこにいるならすぐ返せ」
―『…それはお客様にはお答えできません』
「そんな勝手が認められるか!あいつをどこへやった?あれは俺のだろ!かえせ!」

不意に、頭にびすたの顔が浮かぶ。へにゃりとした、バカまるだしの笑顔。「ごしゅじんさまごしゅじんさま」って、いつも俺に付いて回る俺のメイド。
俺だけの。

(…やめろ)

考えたくない、聞きたくない。あいつが、いなくなる?もう会えなくなる?いやだ、聞きたくない。聞きたくない聞きたくない聞きたくない!
汗で背中は冷えて酷く不快だった。胃の中ではぐるぐると吐き気がうずまく。
受話器の向こうからは、淡々とした、いっそ俺をあざ笑うかのような冷静な声が流れてきた。抑揚の無い、機械のような声。

―『…そうは申されましても、びすたは組合とも契約がきれたので居場所などわかるはず』
「だったら、もうお前のところに用はねぇ。新しいメイド?くそくらえなんだよ!」

そう吐き捨て、叩きつけるように受話器を置き、それだけでは飽き足らず電話ごと床に叩きつけた。家じゅうに破壊音が響き渡り、衝撃で外れた受話器やらねじやらがそこらじゅうに飛ぶ。
けれど、それがどうした。電話なんてなくたってかまわない。今この空間に俺が必要としている物など何一つない。ここには何もない。

――ご主人さま、びすたのこと、捨てないでくださいね。

誰が捨てたりなんてするかよ。

――美味しかったですか?えへへ、嬉しいです。

当たり前だろ、俺はお前の作ったもんしか、もう美味くねぇんだ。

――ご主人さまのために、びすた、一生懸命お仕事しますね!

…本当は、仕事なんて出来なくてもいいんだ。何度も、そう思った。何度もそう言ってやりたかった。本当は、…本当は。

「…んだよ」

ここ以外、俺のところ以外、行くところなんかないって言ったのはお前だろ。ずっといたいって言ったのはお前だろ。

「っ、ふざけんなよ!」

怒り任せにさっきまで電話だった残骸を思い切り蹴り付ける。冗談じゃない。こんなに怒って、怒りすぎて体の内側から燃えるんじゃないかと思うくらいなのに、涙が出てくるなんて。
電話だった金属の屑を蹴り上げた足先は、遅れてじんじんと痛みだした。それでやっと、少しだけ冷静になる。しばらく突っ立ったまま、それから、大きく息を吸って、吐いた。
家の鍵も何も持たず、体一つで俺はふらふらと玄関に向かった。歩いている間に、少しずつ思考も晴れる。そうだ、誰が諦めてやるか。

「…っ、は……」

胸元を掻き合せる指は汗ばみ、震えが止まらない。それを、何とか無理やり握り込んだ。…こんな思いをしたくないから、俺は人と関わらずに生きてきたのに。

(行かないと)

あいつを、探さないと。ただそれだけで、俺は家の外に飛び出した。





「離さない」