土曜の夜、少し夜更かししてもいいかなーと思っていた私の携帯に届いたメール
。
液晶に浮かぶ「志波くん」の文字に慌てて携帯を落としそうになった。
Start Line
「明日の日曜、時間あるか?よければ一緒に臨海公園に行かないか?」
開いたメールの内容に驚いたけど、それ以上に嬉しくてつい顔が緩んだ。
「大丈夫。待ち合わせは何時にする?」
速攻で返したメールはそれから何度かやりとりがあり、最後のメールには「サン
キュ。楽しみにしてる」なんて書いてあったらもうドキドキが止まらなくなった
。
クローゼットを開いて服を広げて悩みだす私。
(だって、久しぶりだもん。志波くんと出かけるの)
ちょっと前までは私が誘うことが多かったけど、何となく躊躇しだしたらうっか
り誘えなくなってしまったから。
それに志波くんから誘ってくれるのなんて初めてなんだもん。
いつも優しい志波くんだけど、本当は私のことどう思ってるんだろう?
誘えば大体OKしてくれるし、一緒に下校することもある。
志波くんを知れば知るほど…一緒にいる時間が増えれば増えるほど、私の中で大
きく確かに育っているこの気持ちはどうなるんだろう?
翌朝。
目覚ましが鳴った記憶は…ある。
なのにどうして起きられないの私!
(ジタバタしてる場合じゃない!)
ベッドから飛び降りて、超特急で身支度を整える。
バス停で呆然となったのは、休日のこの時間はバスが少ないことを忘れていたせ
い。
(どうしよう…次のバスじゃ完璧遅刻…)
オロオロする私を呼ぶ声がした。
「あかり!」
「コウ?!」
振り向いたら、コウ…幼馴染の針谷幸之進…が自転車を止めて笑っていた。
「何焦りまくってんのお前」
「あのね…遅刻しそうなの。バスこの時間少ないし」
「はぁ?寝坊か?」
「…うん。目覚まし止めた覚えはあるんだけどそのまま寝ちゃったみたいで…」
「んで?待ち合わせはどこなんだよ」
「駅」
コウと私は幼馴染。
家が近所で母親同士が仲がいいのもあって、気付いたらいつも一緒にいることが
多かったし、時々からかわれたりしてすぐに泣く私をかばってくれたのはコウと
その親友の井上くんだった。
「ったくしゃーねぇなぁ。ほら、乗れよ後ろ」
「え?」
「俺様が超特急で駅まで送ってやる。さっさと乗れって!志波待たせると寝ちま
うぞ?」
驚いたのは勿論、志波くんとだってわかるのかってこと。
(私なんにも言ってないよね?)
(志波くんと出かけるなんて全然…)
しどろもどろしちゃうけどあっさりとスルーされる。
「オラ、さっさとしろ!俺様の気が変わる前に乗らねーと置いてくぞ?」
「ありがと!コウ!」
自転車の後ろに乗って「いいよ」って言ったら怒られた。
「行くぞ!しっかり掴まってろ!」
「うん!」
「それじゃ振り落としちまうって。いつもみたくちゃんと手ぇ回せ!腰!」
「で、でも」
「いいから!おニューのスカート汚れっぞ?落ちたら」
「…わかった」
コウの自転車に乗るのは久しぶりだった。
中学の最初の頃までは結構よく乗せてもらってたんだけど、コウが井上くんたち
とバンドをはじめてからはあんまりそういうの、なくなってたし。
混み合う大通りを避けて裏道を飛ばしていくコウの広くなった背中にほっぺたを
押し付けてしがみついていた。
手前のコンビニのところで止められた自転車を下りてお礼を言った。
「ほら、志波待ってんぞ」
「ありがとコウ!」
「だーかーら!外ではハリーって呼べっての!」
「…ごめん、でもほんとありがと」
「いいから行け!さっさと告っちまわないとクビにすんぞ!」
「な、何言ってるのコウ!」
(やだっ…)
顔が赤くなるになるのがわかるけど、止まらない。
コウはじゃーな!ってヒラヒラ手を振って自転車に乗って行ってしまった。
深呼吸1つ。
何でもない風に、焦ってきたなんて気付かれないように。
いきなりで驚いたけど、暇だったから。そんな風に見えればいい。
驚いていても、なんでもない風を装って。
「志波くん」
壁に凭れて少し俯いていた彼。
声をかけると向けられた視線。
すぐに浮かんだ笑顔にドキリと高鳴る心臓が静まらない。
「待たせちゃった?」
「いや…気にするな」
そう言って笑う志波くんに、ドキリと心臓が跳ねた。
「じゃ、行くか」
歩き出す背中に小走りに駆け寄って並んで歩く。
背が高い志波くんは私に歩調を合わせてくれて、いつも一緒にいる時は少しゆっ
くりになる。
(…見た目より優しい人…なんだよね)
「あの、志波くん」
「…なんだ?」
「どうして誘ってくれたの?今日」
「あ…あぁ…」
困ったように細められる目と、バリバリと後頭部を掻き乱す大きな手。
「…たかった…から」
「はい?」
そっぽ向いて、視線そらして。
志波くんは言った。
「会いたいと思った…から」
「…はい?」
一瞬理解不能になった私に、視線をそらしたままで志波くんは続けた。
「最近お前、出かけようって言わないだろ」
「あ…うん…」
「ここ最近お前の夢ばっかり見てる。だからちゃんと本人に会えたらいい気分か
なって思ったんだ」
そのせいかどうかわからないけどな。なんてそんな優しく笑ったり、しちゃうの
?
言葉なんて出なかった。
多分私、ものすごくマヌケな顔してると思う自覚はあるけど動けなくなる。
「…黙るな…照れる」
「あ…ちょっとびっくりして…」
「…迷惑か」
「え。あ、そうじゃ、なくて。あの、私…」
「頼む。今日1日付き合ってくれるか?」
足が止まる。
見下ろしてくる目は、真剣だった。
その奥に垣間見える動揺…怯えにも似た色に、思わず息をつく。
真面目くさった顔した志波くん。
矛盾してる。
だけどそんなところさえ。
思わず吹き出してしまったのは、仕方がないと思う。
彼の眉間に浮かんだ縦筋は、結構な迫力だったけれど。
(ほんと目つき悪いんだから)
(優しいのに…不器用だし)
「ったくお前は…。まぁいいか。海野…行くぞ」
「…えっと…」
目の前に差し出された大きな手と志波くんの顔を交互に見やってしまう私に焦れ
るように志波くんが再度私を促す。
「ほら」
(ど、どうしよう)
(絶対今私…真っ赤だ)
初めて繋いだ手はあったかくて大きくて、志波くんらしかった。
ちらりと頭の片隅で考えたのは、このことをコウにどう報告したらいいのかって
こと。
「さっさと告っちまわないとクビにすんぞ!」
コウはそう言ったけど…そういう気持ち、私にだってないわけじゃなかったんだ
けど。
(コレって…えーと)
とりあえず、考えるのは後にしよう。
今は志波くんの手をしっかりと、離さないことに集中しよう。
そう思って、笑った。
ハリーsideはコチラからどうぞ。
|
|