「今年は同窓会に行こうと思っているんですよ。だから申し訳ないが来週は臨時休業になります。お話するのが遅くなって…」
  
じいちゃんがあかりにそれを告げたのは、梅雨明け前の閉店業務の最中だった。
 
  
Sweet Sweet Summer 
 
 
 
 
  
俺はじいちゃんに同窓会の通知が来た時に聞いていた。 
本当は俺とあかりでも店を開けることは多分出来るけど、さすがに未成年者だけで営業するわけにはいかない。 
じいちゃんが1人で…それも泊まりがけで出かけるのは3年ぶりだし、だから気持ちよく安心して楽しんできて欲しいと思う。
 
  
「マスター、楽しんでらして下さいね」 
「ありがとうあかりさん。お土産買ってきますからその間瑛の面倒をお願いします」 
「じいちゃん、俺別に1人で大丈夫なんだけど。つーかこいつに面倒見てもらうようなことなんにもないし」 
「そんなことないだろう?お前1人じゃつまらんだろう。泊まってもらうわけにはいかないが、学校も夏休みになることだし、ゆっくりデートすればいいじゃないか」
 
  
爽やかな笑顔で言うじいちゃんを軽く睨んでみてもどこ吹く風。
 
  
「佐伯くんの方が上手かもしれないけど…ご飯作りに来ようか?」 
「おお、よかったじゃないか瑛」
 
  
絶対じいちゃん楽しんでる…あの顔、絶対そうだ。ガキの時から変わんない俺をからかう時のあの笑顔。悔しいけど勝てやしない。 
大体あかりもあかりだ。さらっと言うなよ、そういうこと。 
じいちゃんがいないってことはこのうちに俺と2人きりになるんだぞ? 
付き合ってる以上はやっぱ色々したいとは思ってるコト、わかってんのか? 
だってほら、年頃の男なんだから俺だって。 
…正直に言えばキス止まりの関係から進みたいんだけど。
 
  
(イマドキ中学生だってもうちょっと進んでるヤツはごろごろいる現実とかそのあたりどう考えてるんだか…)
 
  
ニコニコとじいちゃんに同窓会はどこでやるんだとか、中学ですか?高校ですか?なんて訊ねてるあかりの横顔を見ながらちょっとイラつくから無視して俺はネルフィルターを洗ってた。
 
 
 
 
  
「佐伯くん?」 
「何?」 
「何か食べたいものあったら言って?あ、でもあんまり高いものとか難しいのはダメだけど…」 
「こいつは好き嫌いはないですから、あかりさんが作ったものなら喜んで食べるでしょう」 
「じいちゃん!!!」
 
  
思わず赤面しながら叫んじゃう俺ってちょっとカッコ悪い。
 
  
「…ね、何食べたい?」 
「そうだな…まぁ簡単なトコでプーレ・オムレット・フロマージュなんてどうですか海野さん」 
「…あの、瑛くん…」 
「あ、アクアバッツアもいいな。でもカージョス…それか…」 
「瑛。女の子に意地悪を言うんじゃない。あかりさん、気にしないで下さい。あれで一応照れてるんですよ」 
「えーと、あの…」 
「とにかくまぁ、手のかかる孫ですがよろしくお願いします」 
「はい!」
 
  
(じいちゃん、俺は完全無視かよ)
 
  
嬉しそうに笑うあかりが可愛いから…まぁいいけど。
 
 
 
 
 
 
 
  
「戸締り火の元はくれぐれも気をつけてな」 
「わかってるから心配しないで。頼むから毎晩心配して電話なんてして来ないでよ?」 
「ははは。僕から電話が来るかもと思えばあかりさんとゆっくり楽しめないだろうからね」 
「何言ってんだよじいちゃん!」
 
  
出発の朝、意地悪く朗らかに笑うじいちゃんを睨んでもやっぱり効きやしない。 
…さすが年の功。 
だけど、すっと笑いを収めて表情を引き締めたじいちゃんは言った。
 
  
「瑛、お前はしっかりした子だ。それにあかりさんを大切に思っている。…だから大丈夫だと信じているよ」 
「じいちゃん?」 
「恋をする…誰かを想うことは素敵なことだ。年なんて関係ないと思うから僕は反対はしないよ。でも女の子にあまり無茶をさせないようにな。どこまで進んでも構わないが勢いや衝動だけで押し切ったり、自分で責任が取れないと思うようなことはしちゃいけない。恋愛は2人でするものなんだということを忘れないでおくれ。大切な人を苦しめるようなことになったらいけない…わかるな?」 
「…うん」 
「よし、それでこそ僕の自慢の孫だ。それじゃ、行ってきます」 
「いってらっしゃい」
 
  
じいちゃんを見送ってから部屋に戻ってため息をつきながら、多分そういうコトは何にも考えてない…気にしてないだろうあかりが心底羨ましいと思った。 
まぁとにかく。 
今日から珊瑚礁は3日間の臨時休業、少し早い夏休みだ。
 
  
「お前はしっかりした子だ。それにあかりさんを大切に思っているから大丈夫だと信じているよ」
 
  
じいちゃんの台詞が頭の中でリフレインする。
 
  
(俺、そんながっついてみえるのか?)
 
  
そんなに急展開出来るとは思ってない。 
何度もキスはしたし、抱き締めたりもしてるけど、まだ毎回真っ赤に照れるあかりはすごく可愛い。俺だけが知ってる姿を思うとやっぱり俺はあかりが好きだと心から思う。 
だからそろそろ俺のことも名前で呼んで欲しいとかいい加減それくらい気付けよそれくらいとか思うけど、相手はあのあかりだから無茶なのはよーくわかってる。 
それにやっぱり一緒にいるとキスより先に進みたい…もっと触れたいと思う俺は健全な高校生男子だと思うけど、そこからいつも思考が止まる。
まだ早いのか、それとも進んじゃっていいのかわかんない。
 
  
(無理やりはヤダ。つーか絶対無理だけど。でもやっぱ…せめてちょっと…さ)
 
  
フツーだよな?そう思うの。 
でも相手あってのことだし…その相手は天下無敵の鈍感娘、あかりだし。 
俺だけ考え込んだって、仕方ない…よな、やっぱ。
 
  
「楽しめばいいんだ。せっかくの休みだし」
 
  
口に出してみたら、少しだけ気が楽になったように思えた。 
今日はこれからあかりとデートだ。初めての遠出はやっぱり楽しみで自然と顔が緩んでくる。 
昼はあかりの弁当食べるけど、夜はうちで俺が手料理振舞ってやろうかと思ってる。 
デザートはやっぱ外せないからケーキとクッキーは昨夜もう作ってあるし、今朝はシャーベットとゼリーを仕込んだ。 
前にメニューの試作で作った時、あかりが一番気に入ってたっぽいヤツ。 
誰かのために何かを作るってかなり幸せなことだと知ったのは、あかりのおかげだと思う。 
店のお客が喜ぶのを想像するのもいいけど、特定の誰か…大切な人を思い浮かべながら作るのはほんとに楽しいし嬉しい。 
ましてそれが好きなコのためなら、尚更だ。 
今日だって、これからあかりと出かけられると思えば浮き立つワクワクした気持ちは、抑えようがない。 
だって、2人でいられる時間がたっぷりある。遠出するためにいつもより早めに設定した待ち合わせだってその証拠。
 
  
「ヤッベ!もうこんな時間だ。早くシャワー浴びて支度しなきゃじゃん!」
 
  
時計に目をやれば、随分と時間が経ってて少し焦る。 
慌てて俺はバスルームに駆け出した。
 
 
 
 
  
待ち合わせは駅前広場。 
おはようの挨拶が少し照れくさいのはどうしてだろう? 
行き先は森林公園…とはいっても、いつものあそこじゃなくはばたき山を越えた隣県だ。
 
  
「佐伯くんおはよう!」 
「おはよ」 
「やっぱり先に来られちゃったなぁ」 
「当然。お前1人先に待たせとくとロクなコトないし」 
「…もうひどいなぁ…」 
「ほら行くぞ」
 
  
さりげなく差し出す手に、小さなあかりの手が重ねられる。 
俺はそれを力を込め過ぎないように注意しながら、でもしっかりと握って歩き出す。
 
  
「それ貸せよ」 
「大丈夫だよ?」 
「いいから貸せって。俺がカッコ悪いじゃん女のコにそんな荷物持たせてんの」 
「そんなことないってば」 
「ほら。こういう時は素直に甘えとけばいいんだよ。な?」 
「ありがとう…」
 
  
あかりの手からバッグを取り上げて空いた手で持ち直す。 
きっと中身はあかりの作った弁当と、レジャーシートその他アウトドア用品だ。 
そういうところにきっちり気の回るのが、俺のあかり。
 
  
「お天気でよかったね」 
「そうだな」 
「早く着かないかなぁ…」 
「お前気が早過ぎ。まだ改札も通ってないし電車にも乗ってない」 
「そうだけどー。だってもうずっと楽しみだったんだもん。佐伯くんは楽しみじゃなかったの?」 
「……くも…ナイけど」 
「え?」 
「楽しみじゃなくもナイ…けど」 
「どっち?」 
「楽しみ…だったよ。当たり前だろ?」
 
  
あんまりこういうのって恥ずかしいから言いたくないんだけど、あかりにかかると調子狂うよなまったく。 
でもまぁ…それだって嫌いじゃないけど、さ。
 
  
(夏休みには絶対遠出しようって決めてたんだ、俺)
 
  
まぁ所詮高校生の俺たちにはそんなに金もないし、泊まりで出かけられるわけでもない。 
それでもこうして「いつもと違う場所」に行くことは出来る。
 
  
(それに、な)
 
  
この考えを話した時のあかりの顔、俺絶対忘れない。
 
  
「2人でさ…ちょっと遠くに行こうぜ。朝早めに待ち合わせて電車乗って。誰の目も気にしないで済む場所でのんびりしよう」 
「でも…いいの?」 
「行きたくないの?」 
「行く!行きたい行きたい!」
 
  
お子様モード突入寸前のあの必死な声と、笑顔。 
あかりも俺といたいって思ってる。それが嬉しかった。
 
  
電車とバスを乗り継いで辿りついた場所は思ったより広くてキレイなところだった。 
ジョギングしたり散歩したりって人もちらほらいたけど、まだ早い時間だから結構静かで。
 
  
「どこにしよっか」 
「ゆっくり歩きながら決めよう。せっかくだし」 
「…うん」
 
  
手を繋いでゆっくり歩く俺たちは、今日は誰にも邪魔されない。 
それに思ったより静かで人がいないせいで、ちょっとだけ…ほんとちょっとだけ期待をしちゃう俺がいる。
 
  
「あのね、お弁当簡単なものしか作れなかったんだけど…」 
「いいよ。いつも旨いし、楽しみにしてる。それに一緒にいられればいいんだから」 
「…なんか今日の佐伯くんいつもと違う…」 
「そんなコトないだろ」 
「あるよ。なんかちょっといつもより優しい」 
「何言ってんだ。お父さんいつでもお前に優しいだろ…一番」 
「そっかなぁ…チョップはいつも痛いけど」 
「あのな…それだってお前にしかしないんだぞ?」 
「そうだけど…痛いのは嬉しくないです、お父さん」 
「…しょうがないだろ…違うコトしたいけどあんまそんなチャンスないし…」 
「違うコトって?」 
「だって学校じゃ話だってロクに出来ないしさ。それにこうして2人でいてもなんかやっぱ…なぁ?」
 
  
(多分こいつにはこんなボカした言い方じゃ通じない)
 
  
「佐伯くん、なんかしたいことあるの?」
 
  
ほら、これだ。
 
  
「ある」 
「何?何?教えて?」 
「…後で、な」
 
  
ずるいとか何とか口を尖らせてるあかりの頭の上にぐるぐる回るクエスチョンマークが見えるような気がする。
 
  
(言えるかよ、そんなの) 
(つーかやっぱ、意識してんのもどうにかしたいと思ってんのも俺だけ?)
 
  
そう思いつつも、ふとこみ上げてくるちょっと意地悪な気持ちを抑えることが出来なかったのは、俺が悪いんじゃない…よな?
 
  
 
  
「たとえば…いつも以上のコトとかさ」 
「…いつもって?」 
「いつも…手、繋いだりするじゃん?」 
「うん」 
「キス…も」
 
  
ボンっと音がしそうなくらいの勢いで真っ赤になるのがおかしいし可愛い。 
俺だってまだそりゃ…その、な。 
キスする時って照れるけど、でもこんなにあからさまにはなってない…と思う。うん、違う違う。もうちょっとマシなはず。
 
  
「さ、さ、えきくん…」 
「なんだよ、嘘じゃないだろ?」 
「そ、そうだけど…あの…」 
「もうちょっと色々したいと思う。俺だってほら、男だし。思春期だし」 
「だったら私だって思春期だよ…でも、あの」 
「お前、俺と今以上の関係になるの嫌?」
 
  
そうしてあかりの顔を屈みながら覗き込んだら、完璧にフリーズしてた。
 
  
「…お前さ。今不純なコト考えたろ」 
「か、考えてません!!」 
「まぁそれもあるけどな」 
「え?え?」 
「でもまだ早いだろ、ちょっと。その前に色々あるから心配すんなよ」 
「い、色々って…佐伯くん…」 
「あ、あのあたりよさそうだな。あそこにシート敷こうぜ」
 
  
あかりの言葉をわざとらしく遮って、俺は繋いだ手を引いて少し足を速めた。 
正直な気持ちほど口に出すと照れくさいし、「不純なコト」をいつも考えて望んでるのは、絶対俺の方なんだけどな。 
いざとなると気持ちはあってもそうそう行動に移せない感じ、するし。
 
  
(でもキスくらい…いいよな?) 
(誰も見てないトコでなら、さ)
 
 
 
 
  
そんなヨコシマさ満載の俺の心を知らないあかりはまだ真っ赤でぎくしゃくしてるけど、わざと知らんふりを決め込んだ。
 
 
 
 
  
後編に続きます!
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