「風が抜けるし時間早いからかな、あんまり暑くないね」 
「ああ、これだけ茂ってると直射日光遮るしな」
 
  
あかりの持ってきたシートを敷いて、俺の持ってきたコーヒー飲んで並んで座って色んな話をしてるだけで時間は瞬く間に過ぎていく。 
少しずつ強くなってくる陽射しが木々の緑に反射してるように見える。 
でも本当に風が抜けていくし、上に茂った木々のおかげで俺たちのいるこの場所は暑過ぎるなんてことは全然なくて心地いい空間だった。
 
 
  
Sweet Sweet Summer 
 
 
 
 
  
「お弁当食べようか。早起きしたからかな?お腹空いてきた」 
「そうだな」
 
  
少し早い昼飯も休みならでは。 
あかりはまぁトロいけど味のセンスも悪くないし、結構好みが似てるなと思う。何度目になるかわかんないけど、こうしてたまに味わう弁当だってダメだったものないし。 
俺だって料理は好きだし自信あるけどなんていうか…絶対的に違う。 
小さめで種類の多いおにぎりとおかずの詰まったランチボックスを開いて俺はちょっとだけ目を細めた。
 
  
「あ、これ…」 
「うん、こないだ佐伯くん気に入ったみたいだったから」 
「サンキュー。これほんと旨かったよな…まだ家で作ってないんだ」 
「私も好きだよー。彩りにも綺麗だし、入れてきてよかった」
 
  
それはなんてことのないシンプルなパプリカのマリネ。 
だけどほんとコレは俺気に入ったんだよな…そういうのをちゃんと覚えててくれるのが嬉しい。 
他にもおにぎりだって定番な梅干や鮭にはじまっておかかとチーズとか炒りじゃこやねぎ味噌とか色んな味があったりして、すごく気を使われてるのがわかる。 
その1つ1つにあかりの気持ちが詰まってるんだと思うと、嬉しくて照れくさい。 
だけどそんな気持ちをあからさまに表現なんて出来ない俺。 
他愛のない話して、時々辛口に採点なんてしても、もう慣れたといった感じであかりはずっと笑ってて、いつもならムカついてチョップするトコだけど今日はそんな気持ちにならない。
 
  
(やっぱいいな、こういうの)
 
  
あかりがいる。俺の傍に。俺だけを見てる。 
それが俺を楽に、自由にしてくれるんだから。
 
  
「ご馳走様でした」 
「お粗末さまでした」
 
  
食べ終わってまたコーヒー飲んで、思いついてあかりに言った。
 
  
「なぁ、膝枕してよ」 
「…佐伯くん、そういうのイヤがってたじゃない」 
「いいじゃんたまには。な?」 
「いいけど…」
 
  
あかりの膝に頭を落としてごろりと横になると気持ちのいい風が吹き抜けていく。 
すっかり定番になって馴染んじゃったこのシート。 
ピクニックバスケットとハーフのフリースも、それを揃えてくれる、あかりも。 
全部俺のためだって思えるから、かなり嬉しいんだけどそれは言わない。 
ぼんやりトロくて可愛いこのカピバラ娘はそんな俺をどう思ってるのかいまいちわかんない。 
でもそういうこいつに惚れてるらしい俺は、相当イカれてるな…それでもいいけど。
 
  
「でね、その時うちのお母さんったら…」
 
  
とりとめのないあかりの話を聞くともなしに聞きながら、俺はうとうとしかけてた。
 
  
「佐伯くん、ちゃんと聞いてないでしょ…眠い?」 
「ん…ごめん。…お父さん疲れてるんだ…」 
「そうだよね…いつもお疲れ様、お父さん」
 
  
閉じかけた目を開ければ、優しい微笑で俺を見下ろすあかりが見えた。 
穏やかに吹き抜けていた風が少し強まって、あかりの髪を揺らす。 
何となくそれがきっかけみたいになって、俺はあかりの顔に手を伸ばした。
 
  
「佐伯くん…?」 
「キスして」 
「なっ…」 
「いいじゃん。たまにはお前からしてくれたって」
 
  
小さな我侭は自分でも酷く甘ったれたガキみたいな声だったとは思う。 
あかりはまた少し顔を赤くしながら、そっと顔を寄せてきて俺に唇を重ねた。 
いつも柔らかくてあったかいあかりの唇は、俺だけが触れることを許された甘い場所。
 
  
誰もいない。 
誰も見てない。 
俺たちだけの空間。 
だから、かもしれない。 
ほんの少し勇気を出してみたのは。
 
  
「……んっ…」
 
  
手を伸ばしてあかりの後頭部を押さえ込んでから、舌先で下唇をそっと突付いて促すと、導くように緩く開かれるそこに俺は忍び込む。 
驚いたように逃げるあかりの舌を追いかけて絡めとれば、ビクっと身体が竦むのを感じたけどやめられない。
 
  
(もっと欲しい…もっと触れたい)
 
  
空いてる手をそっとあかりの胸に添える。 
俺の手のひらに収まっちゃう膨らみ。 
そっと指に力を入れてみれば唇より更に柔らかくて、頭の芯が熱く震えた。 
合わせた唇の間から、あかりが小さく何か呟くのは聞こえたけど俺は止まらなくて。
 
  
「女の子にあまり無茶をさせないようにな」 
「どこまで進んでも構わないが責任が取れないと思うようなことはしちゃいけない」
 
  
じいちゃんの言葉が頭を掠めて、やっとのことで唇を解放して、ちょっと荒くなった呼吸を整える。
 
  
(ここじゃやっぱこれ以上…ダメだよな) 
(つーか問題はそれ以前だ…何の用意もないし) 
(いきなりそんなトコまで突っ走ったら、絶対嫌われる。つーかそこまでがっついてどうする俺!)
 
  
欲がないって言ったら、それは完璧に嘘になる。 
だけど俺はそれ以上にあかりが好きで。 
…好きで好きで、大切だから。 
だから、こいつの気持ちをこれ以上無視しちゃいけない。
 
  
(サンキュー、じいちゃん)
 
  
心の中で、呟いた。
 
 
 
 
  
「あのさ……ごめん…俺…」 
「佐伯くん…あの…私…」
 
  
真っ赤な顔に潤んだ瞳。俺を見つめるあかりはとてつもなく可愛かったけど、多分きっと少し怖がってる。
 
  
(絶対初めてだもんな…俺もだけど)
 
  
俺は起き上がるとあかりの身体をぎゅっと抱き締めて、しばらく動けなかった。
 
  
「あかり」 
「…ん」 
「ごめん、俺ちょっと…あの…なんていうか…」 
「いいの…佐伯くん…だから…」 
「…サンキュ。でも、ごめん。俺お前の気持ちとか全然考えなかったな、今」 
「……じゃ…なか……から」
 
 
 
  
俺の胸に顔を埋めてるあかりの声は、俺の耳には上手く聞き取れなくて聞き返すと赤ん坊がいやいやってするみたいに頭を振ってあかりはもっとぎゅっと顔を押し付けてくる。
 
  
(…もしかして…しなくても照れてんの?)
 
  
「…あかり…照れてんの?」 
「…だ、だって…」 
「さっき、何て言った?」 
「………じゃなかったから…」 
「ん?」 
「イヤじゃ…なかったから…」 
「キス?それとも…」 
「………」 
「教えて?」
 
  
覗きこむとあかりが両方、と小さな声で呟いた。
 
 
 
  
「…そっか。うん、そっか」 
「佐伯くん?」 
「今の俺が言っても説得力ないかもしれないけどさ…。俺、焦んないから。ちゃんと待つから」 
「…あの、それってやっぱり」 
「言ったろ?お前ともっと色々したい。でも無理強いしたりしない…今はこれでいいよ。十分気持ちいいし」 
「…エッチ」 
「バカだなお前。男がエッチじゃなかったら人類滅びちゃうだろ?」
 
  
小さな頭を撫でながら思った。
 
  
無理して背伸びしたってしょうがない。俺たちなりのペースでやっていけばいいんだ。 
手を繋いで、離さないで。 
抱き締めてキスをして。 
それだけだって十分に俺は…。
 
  
「あのね佐伯くん。私思うんだけど…」 
「何?」 
「男がいなくても、女は多分繁殖するよ?」 
「どういうイミ?」 
「私前から思ってるんだけど…男がいなくなったら女は自家繁殖するんじゃないかと思うんだ。すっごい時間かかると思うけど進化してそういうこと出来るようになるんじゃないかな?細胞分裂とかで増えてくの」 
「…は?」 
「だって、そういう生き物沢山いるじゃない?こないだ水族館でもそういうビデオみたし」
 
 
 
 
  
…やっぱあかりはあかりだ。カピバラ娘だ。 
フツーこういう体勢と雰囲気の中でこういうコト言うか?
 
  
(でもまぁ、いっか)
 
  
「その話はまた今度ゆっくり聞いてやる。…今は少し大人しくしてろよカピバラ」 
「…カピバラじゃないもん」 
「だから黙ってろって」
 
  
拗ねる唇をまた塞いだ。 
今度は軽く、いつもの柔らかく重ねるだけのキス。
 
 
 
 
  
「なぁ、うちで夕飯食ってけよ」 
「いいの?」 
「こないだ俺、意地悪いことお前に言っちゃったし。お詫びかねてご馳走する」 
「ほんと?!」 
「うん。アクアバッツアなら作れるな、今日」 
「…えっと、なんだっけ?あの時佐伯くんが言った料理他にもあったよね」 
「プーレ・オムレット・フロマージュとアクアバッツア…あとカージョス」 
「どんな料理かわかんないけど、佐伯くんが好きなら美味しいんだよね」 
「まぁな。材料の仕入れが面倒なヤツはそのうち、な。将来はお前にも作ってもらうからよろしく。俺好物なんだ」 
「…頑張ります…」
 
  
項垂れるあかりの頭を抱き寄せながら、小さく笑った。 
俺今「将来」って言ったんだぞ? 
それどんな意味かわかってないだろ、あかり?
 
 
 
 
  
「デザートも準備してあるから」 
「ほんと?何作ってくれたの?」 
「お前の好きそうなヤツ色々」 
「わぁ!さすが佐伯くん。ありがとう!」 
「ん、誉め称えていいぞ?」 
「すっごく楽しみ!」 
「よろしい。楽しみにしとけ」 
「うん!」
 
  
満開の笑顔に、心が弾む。
 
  
(俺たち、きっと今までよりこれからの方が長いんだし) 
(焦んない。突っ走らない)
 
  
それってやっぱ、大事だと思える。
 
  
「俺らしく…俺たちらしくいればいいよな」 
「え?」 
「なんでもない…なぁ、ちょっと昼寝していい?」 
「いいけど…きゃっ!」
 
  
あかりの身体を抱き込んだままで注意しながら俺はシートの上に横になる。
 
  
「佐伯くん…このまま寝るの…?」 
「イヤ?」
 
  
小さな声で「いいよ」ってあかりが言ってくれたから、体勢を直して改めてあかりの頭の下に腕を差し入れて収めた。
 
  
誰にも邪魔されない静かな場所。 
腕の中に、あかり。 
俺だけの幸せに包まれながら、目を閉じた。
 
  
(帰りにでも、話してみよう)
 
  
手放しかけた意識の中で、考える。 
ほんとはキスより触るより、強く望んでるコト。
 
  
(俺のコトも、名前で呼べよ) 
(…2人きりの時だけでいいから)
 
  
夏休みもまだ長い。 
俺たちもまだまだこれからだ。 
それでいいんだよな?
 
 
  
 
 
 
 
  
      
"お礼に代えて"
  
「Favorite one」の小早川様から相互リンク記念で頂きました小説です。 
実はワタクシ、小早川様の書かれる瑛が大好物でして。 
なので、「夏の日のあまあまデートする瑛とデイジー」とリクエストさせて頂きました。 
そうしましたら、ね!こ、こんなにも素敵なお話を下さいましたよ! 
ぜ、前後編て!!どんだけ贅沢なんですか!!どんだけ太っ腹なんですか!! 
おなかいっぱい青春瑛王子とキュートデイジーが堪能できました、ごちそうさまでっす!!
 
  
そして、私は総一郎さんの素敵紳士っぷりにメロメロンでした。あんな素敵なジェントルメンの孫が瑛なわけです。うむ、プリンスなわけだよ、納得。
 
  
以下、小早川様から頂いた作中に出てくるお料理の注釈です。
 
  
「プーレ・オムレット・フロマージュ」 
フレンチ。若鶏のチーズオムレツ。
  
「アクアバッツア」 
イタリアン。煮込み料理。
魚介類を、スープを入れないで水だけで煮るのだそうです。
  
「カージョス」 
スペイン料理で牛の胃袋のトマト煮込み。ちなみにハチノスを使います。日本は焼肉屋でよく食べますね、とのこと。
 
 
  
カージョス…食べてみたい(笑) 
本当に、ありがとうございました! 
 
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