「投げ込まれた視線」
「あーもー、ホンマ退屈やわぁ〜」
「てめぇ、西本。俺様の隣でため息つくんじゃねぇよ!幸せが逃げるだろうが!」
「……何それ?」
「ため息ついたら幸せが逃げんだよ!」
「えぇっホンマにっ!?どうしよ、これ以上幸せ無くなったら私スイーツしか残らへんやん!?」
「それはあんのかよっ」
それは、普段と変わらない昼休み。
いつの間にか知らない間に、こうして何人かの友達と昼食を一緒に取ることが多くなった。メンバーはその時によって様々だ。今日は針谷と西本と水島、そして海野あかり。
今日は志波(とハリー)のクラスの教室で集まった。
女の子達の広げているランチボックスは入れ物も中身もかわいらしい。西本はピンク基調の流行りのロゴ入り。
それの大きさはごく小さいもので、志波にしてみれば一口分くらいしか見えないのだが、それ以外にそれを凌ぐ量のお菓子をいつも持っている。
水島はぱっと見和食器のような上品なものだ。中身も、そのまま売りに出しても問題ないくらい懲った和食で、本人が作っているのか母親が作っているのか、どちらにしても「はかりしれない」と、志波はいつも思う。
逆に意外だったのはハリーの広げる弁当だった。当初彼は「俺は弁当なんて食わねー」と購買のパンを食べていたのだが、どうやらそれは単なる見栄で、実は毎日弁当を持たされているという事がわかった。
弁当箱は、まぁ男子高校生が持つ物だからありきたりな物だが、そこには小さな目玉焼き付きのハンバーグだとか、ケチャップで模様が書いてあるオムライスだとか、タコの形をしたウインナーなどが日替わりで入っている。そしてそんなメニューの横に、ヒジキ煮やら白和えやらという、彼の食べ付けなさそうな物が入っているのだが、意外に彼は平気らしい。「ばあちゃんが作ってくれた」と嬉しそうに頬張っていた。
海野あかりは水色のシンプルなデザインだ。ちっちゃくウサギの柄が控えめに張り付いている。彼女の弁当の中身もハリーと似たり寄ったりだ。ちっちゃいハンバーグとかミニトマト、カップに入ったポテトサラダ。そしてどういうわけか周りからおかずを分けてもらうことが多く、いつも彼女のランチボックスは色々なおかずでいっぱいになっている。
それを嬉しそうに頬張る彼女を見て「かわいい」だなんて思うのだから、自分は大分重症だなと苦笑する。
けれども、普段はクラスが別でそれでなくても会わないし、授業が終わったとしても自分は野球部の練習があり彼女もまた吹奏楽部の活動があるのだ。
前よりも顔を合わす機会は確実に減っている気がする。時々は一緒に下校したり、遊びに行ったりというのはあったが、それでも足りないと、いつも思うのだ。
もっと会いたい、もっと一緒にいたい、と、それは果てしがない。
それにしても今日はずいぶん大人しいんだなと彼女を見ながら、志波はパンを齧る。(彼も弁当を持ってきているのだが、それは昼までに食べてしまう)いつもならもう少し楽しそうに周りと話しているはずだ。あるいは自分と。
心なしか、食べるのも遅いような気がする。
「あかりさん、どうしたの?何だかぼーっとしてる」
あかりの隣に座っていた水島もそれに気づいたのか、心配げに彼女の顔を覗き込んだ。
その言葉に、それまで言い合っていたハリーも西本もぴたりと止まり、あかりの方を見る。
「何だよあかり。お前全然食ってねぇじゃん。嫌いなモンでも入れられたか?」
「もしかして、ダイエットとか?ちょ、あかりはそんなんせんでも全っ然イケルで!?あ、ごはん嫌やったら、あたしの持ってるお菓子、先食べる?」
次々に飛びだす言葉に、あかりは少し困ったように「大丈夫だから」と笑う。
「あの、ちょっとぼーっとは、するんだけど。…でも、たぶん、大丈夫。お弁当は後で食べることにしよっかな?」
けれども、その言葉にいつもの元気はなかった。視線もなんだかふらふらして定まっていない。
やっぱりどこか具合が悪いんじゃないかと言おうとしたその時、水島が何も言わないままぺたりとあかりの額に手を当てる。
そして、僅かに眉をひそませた。
「…熱、あるわ」
「ほ、ホンマに!?ちょっと、全然大丈夫とちゃうやんっ!」
「今まで気付かなかったのかよ!!ほんっと鈍いやつ!!おい、気持ち悪いとかないか?無理しなくていいんだからな!」
「だ…大丈夫だってば、そんな大袈裟…」
「あかりさん」
何でもないと誤魔化そうとするあかりの言葉を、水島の声がぴしゃりと遮った。
「そんな顔で強がってもダメ。保健室、行こう?それで授業が終わったら真っ直ぐお家に帰ってね?」
「で、でも今日はバイトが…」
「ダメ。私が許しません」
穏やかだが、有無を言わさぬ強い言葉に、あかりだけでなくハリーも西本も軽く息を飲んだ。
水島に付き添われて立ち上がる彼女に、「俺も行く」と志波は立ち上がる。もし途中で倒れでもしたら…と気が気でなかったのだ。
大丈夫と尚も言い続ける海野を半ば強引に支え、水島と一緒に連れて廊下に出る。
途端に、甲高い声が耳をつんざいた。何事かと振り返れば、そこには女子生徒の集団があり、きゃわきゃわと騒いでいる。その中心に、「彼」がいた。
「佐伯クン、今日のお昼美味しかった?」
「今度一緒に食べられるのはいつなのかなぁ?」
「それでね、聞いてよ、佐伯クン…」
その騒がしい集団を、周りは遠巻きに見ている。それは羨望や呆れが入り混じってはいるが、一番強いのは好奇の視線。けれども中心にいる彼は涼しい顔して笑顔で彼女たちの相手をしていた。
志波もしばらくは眺めていたが、自分たちには無関係だと歩こうとし、しかし、その歩みは止められた。
海野あかりが、彼を見ていたのだ。
気付けば、水島密もそっちを見ている。
あかりの視線は、その場にいる誰もと違っていて、けれども誰よりもチグハグな感じがした。
彼を取り巻く女の子達の熱烈な好意の視線とも違う、かといって淡い憧れでも、周りのような好奇でもない。
それは、ある意味、無表情とも言えた。彼女の表情からは何を考えているのかまるで読み取れないのだ。
普段、あれほどわかりやすい彼女が。
ただ静かに、じっと彼を見ている。
ただ何気なく見ているだけのようだが、何となくそうではないと志波は感じていた。そして、その不明さが彼の心を僅かにだが波立たせる。
「…行きましょう」
そう言って、先を促したのは水島密だった。気付けば、彼女はあかりの手を引っ張りさっさと歩きだしている。
彼女の視線は、あかりのそれよりもずっとわかりやすかった。
何故かはわからないが、彼女ははっきりと佐伯を睨んでいた。静かに、けれど明らかに怒りを含んだ目で。
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