その時感じた気持ちが何なのか、自分でも説明がつかない。
「とある教室にて」
志波は、海野あかりとは別のクラスに所属している。にも関わらず、彼女と話す機会は意外に多かった。
というのも、彼女は自分と会うたびに話掛けてくるし、それが昼休み時ならば一緒に昼食を取ろうという事になる。
しかし、彼女は自分にだけそうしているわけでは決してなく、それ故に他のクラスにも「友達」は多い。
そしてそんな彼女、彼らも自分を見つけると声をかけてくるので、知らぬ間に随分と友達が出来ていた。
今、目の前にいるクリス・ウェザーフィールドと針谷幸之進(しかし彼の事を皆はハリーと呼ぶ)も、そうして出来た友人達だ。
「あ〜あ、なんか面白い事ねぇかな〜」
「なんなん?ハリーくん、退屈なん?」
「くんって付けんのやめろっつったろ。…や、まぁさ、何つーか俺様的には順調に行きすぎててよぉ、こう、ハプニング的な事がおきねーかなーってさ」
「ジュンチョウやったらええやん、別に」
「わかってねーな。単調な毎日は平和だけど退屈なんだよ。やっぱ刺激がねぇとなぁーー」
「この間の文化祭、ボク楽しかったわ〜。美術部の発表、めっちゃうまくいってん」
「てっめぇ!文化祭のことは言うなっ!!思い出すだろうがっ!」
「コワイわ、ハリーく…ハリー。何かあったん?」
「うっ、うるせぇ!何でもねぇっ!」
顔を真っ赤にして否定するところ、何かあったには違いないだろうが、そこはクリスも志波も何も聞かなかった。彼はああ見えて実は繊細なところもある事を二人は知っている。
「志波クンは、文化祭どうやった?楽しかった?」
澄んだ青色の瞳が自分を見る。彼は見た目は金髪碧眼でどう見ても日本人離れした容姿なのだが、関西弁のような言葉でしゃべるのだ。
「俺は…別に。はねがく饅頭はうまかったけど」
「…おまえホント食うの好きだよなぁ〜」
呆れとも感心とも取れる口調でハリーが割り込んでくる。他に何かねぇのか、と更に聞かれ、文化祭の時を思い出してみる。
「…まんじゅう、ケーキ、変わり種クレープ…」
「だから食いモンから離れろって!」
「………そういえば、吹奏楽部の発表、見に行ったな」
その言葉に、ハリーは意外そうな顔をする。
「吹奏楽部ぅ?お前そんなんキョーミあんの?」
「ボクも音楽好きやわ〜。どうやった?よかった?」
「良いか悪いかはよくわからん」
しれっと答える志波に、何だよそりゃあ!とハリーは盛大にツッコミを入れる。
「お前、わかりもしねぇのに行ったのかよ!つくづくわかんねぇ奴!」
「暇だったら見に来てほしい、と言われたから行っただけだ」
「何ぃぃぃっ!!!!」
がったん、と、ハリーは椅子から転げ落ちそうになるのを何とかこらえ、慌てて志波に向き直る。
「誰だ、それは!?お前にそんな事いうヤツ!!オンナ!?オンナかっ!?」
「ちょ、ハリーくん、落ち着いてや」
「海野だ」
志波の答えに、しかしハリーはがっくりと肩を落として「何だ、あかりかよ」と呟いた。
「まぁアイツなら言うよな。驚いて損したぜ」
「そういえば、発表の練習が大変ってあかりちゃん言うとったわ〜」
「しっかし志波、お前があいつと仲良いのって意外っつーか、何か想像つかねぇ」
「みんなで一緒にお昼ごはん食べた事あるのに何言うてんの?」
「そりゃそうなんだけどさ。こいつがあかりに合わせてんのが意外だよなって話」
「あいつといるのは嫌じゃない」
志波の答えに、またもやハリーは椅子から落ちそうになる。
「おっ……おまっ、そういう事さらっと言うな!恥ずかしいだろーが!!」
「ちょ、ハリーくん、落ち着いてや」
「落ち着いてられるかっ!それからクリスっ、てめぇ、クン付けすんなって言ってんだろがっ!」
「ごめーん、怒らんとって〜」
ぎゃいぎゃいと煩い二人を眺めながら、志波はさっき言った言葉を頭の中で反芻してみる。
あいつといるのは嫌じゃない。
(いや、違う…)
志波くん、と頭の中の彼女が笑う。
違う。
嫌じゃない、のとは違う。
(何だ…)
―――その時感じた気持ちが何なのか、自分でも説明がつかない。
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