「ある晴れた日」





文化祭も終わり、季節は秋から冬に移りかけている。
くっきりとした青が広がる空はきれいだと、瑛は素直に思う。冬の空は嫌いじゃない、色が海に近くなるから。

そんな事を思いながら見上げてると、隣でもあかりが「良いお天気だねー」と同じように空を見上げていた。二人並んで空を見上げてるなんて、何て馬鹿げてて幸せなことだろうと、瑛はそんな小さな事ですら嬉しくなる。

「ちょっと歩いたからお腹空いちゃった。何食べよっか?」
「お前、食べモノの話になるとホント嬉しそうだよな」

お子様め、と上を向いたままのあかりの鼻を摘まんでやる。

「ふぁっ!?は、はにふんのっ!?」
「ははっ、変な顔っ」
「もうっ、瑛くん!」

むうっと頬を膨らませる彼女に、瑛は笑う。それから、彼女の手を取って歩きだす。

「行こう。何か食ったらさ、俺、遊覧船乗りたい」
「うん。私も乗りたい」

返されるのは、曇りのない穏やかな笑顔。いつもと変わらない、日曜日のデート、繋いだ手。

そう、幸せな事に、叶わないと思っていた光景が今では現実で、日常だ。その事に自分は満足しているし、彼女もそうだろう、と思う。少なくとも不満を言われたことはない。
幸せな、ありふれた高校生のカップル(この際バカップルでもかまわない)だと思う。

それなのに、心の隅で感じている、この違和感は一体何なのだろう。

正直なところ、瑛は自分の気持ちを量りかねていた。あかりの事は大切だ。それは「好きだ」という言葉に置き換えたとしても間違いはない。彼女はささくれだった自分の心を癒してくれた。初めは、煩いし、鈍くさいし、無神経だし、何てうっとおしいんだと思ったものだ。そして、彼女にはそれを隠しもせずに自分は接していたのだから、向こうも気分の良いものではなかったに違いない。
それでも、変わらず関わろうとしてくる彼女に、少なからずも安らぎを感じ始めたのは、一体何時なのだろう。自分でもわからない。彼女の前ではいい子ぶる必要もない。無理に大人ぶる必要もない。自分でいられる、そうすることが「許されている」。
そして、彼女にとっての自分もそういう存在であって欲しいし、そうありたいと思うのだ。だから、彼女が志波への想いで苦しんでいた時も、瑛は迷わなかった。彼女を辛くさせる全てのものから彼女を遠ざけて、守ってやりたいと思った。
自分が傍にいる時は、笑っていてほしかったのだ。そして、自分はそうする事が出来た。

だけど、今のままでは満足できないという気持ちも、また感じていた。

彼女は自分に対して、今のような「関係」になってからは不満や不安を口にした事はない。けれど、求められたことも、ない。
その事が、不安なのだ。まるで、自分ばかりが一方通行なような気がして。
いや、実際始まりはそうだったはずだ。彼女は「志波くんが好き」だと言っていたのだから。以前に野球部の試合を見に行った時、彼女は「終わった」と言っていたけれど、実際そんな簡単に決着を付ける事が彼女に出来るとは思えない。彼女はあれ以来、志波の事を自分に話す事はなかったが、未だ彼女の心に彼が居たとしてもおかしくはない。けれど、そんな事は初めからわかりきっていた事だ。

問題は、その事を考える度、焦燥を感じる自分の心だ。

修学旅行の時もそうだった。あかりとはぐれた自由行動の日。二人で並んで歩いて帰ってきたのを見て、どれだけ嫉妬したか。あかりは、ただ偶然会って送ってもらったのだと言った。けれど、本当にそうなのだろうか。もしかしたらはぐれたのだって「偶然」じゃなく、二人で会うためだったかもしれない。顔には出さなかったが、それでも気持ちは収まらなくて、わざと志波の前であかりの手を取って連れて行ったのだ。
そんな風に嫉妬する自分自身に驚いて、そして嗤いたくなった。傍にいられるだけでいいだなんて、わかったようなことを言っておきながら、結局嫉妬するだなんて。そもそも嫉妬だなんて、面倒だし、子供じみた感情だと思っていた。だからこそ、自分はそうはならないのだと思い込んでいたのに。

そして、彼女にそれを知られたくはなかった。そんな気持ちをそのままぶつけてしまったら、こうして一緒にいる事が出来なくなってしまうかもしれない。それが、たまらなく怖いのだ。

「…瑛くん?」
「ん?ああごめん、ちょっと考え事」

覗き込むようにして自分を見るあかりに、瑛は何でもないと笑う。それから、彼女の顔を、じっと見詰めた。

「…どうかした?」
「いや…。あの、さ。俺、お前のこと好きだよ」

わずかに、彼女の目が大きくなる。

「…い、いきなりどうしたの?」
「別に。ただ…ちょっと、言いたくなっただけ」

それからまた、前を向いて歩きだす。しばらく歩いたところで、「私も」とあかりがぽそりと呟いた。

「…え?」
「私も、瑛くんが好きだよ」

彼女はそう言ってふわりと笑う。だから心配しないでと、言外に言われた気がした。
好きだと言われ、嬉しいはずなのに、またわけのわからない焦りを感じて、それを誤魔化すように瑛はあかりの額にキスを落とす。

「あぁ、もう、本当にバカップルだ。恥ずかしい」
「いいよ、別に。ね、クリスマスもお正月も楽しみだね」
「ん?あぁそうだな。店、あるけど。でも時間取る」
「うん、楽しい事いっぱい。楽しみだなぁ〜」
「…そうだな」





瑛は、あかりの手をもう一度強く握った。頬に当たる風が、少しつめたかった。













次へ