「それこそが全て」





そこにいた誰もが、彼を見た。
学校中の憧れの王子様。先生受けの良い優等生。人当たりの優しい、爽やかな男の子。
誰もが彼にそういったイメージを持っていた。そして、それは間違っていなかったはずだ。
だが、あかりを囲む女生徒達を鋭い視線で射抜く彼は、本当にその彼なのだろうかと皆呆気に取られていた。静まり返った空間で、彼の低い声音だけがやけに響く。

「一人を大勢で囲んでさ。恥ずかしくねぇの、あんたら」

佐伯瑛は、乱暴に言葉を吐き捨てる。その語調の強さに、彼女たちは完全に怯んでいた。あかりも、驚きのあまり、ただ彼を見つめることしか出来ない。
びくびくと慄きながらも、彼女らの一人が「だって」と震える声で反論する。その声はさっきまでの勢いはなくひどく弱々しい。

「だって…佐伯くんが、海野さんと…い、一緒に…歩いてた、って…」
「一緒に歩いてたから、何だよ。俺は誰かと道歩くのもアンタ達に許可をもらわなきゃならないわけ?ハッ、冗談じゃない」

ずけずけと嘲りすら感じさせる容赦ない佐伯の言葉に、彼女らはとうとう涙目になって口を噤んだ。けれど、佐伯はかまわずに彼女らの中に割って入り、掴まれたままのあかりの腕を奪い返す。

「そんなに知りたいなら教えてやるよ。確かに俺はこいつと歩いてた。家まで送ってやったんだ。 俺たちが付き合ってるかどうかなんてアンタ達には関係ないし、どう思われたってかまわない。付き合ってるって、思いたいならそう思ってればいいさ…けど。 その事でこいつにつまらないチョッカイ出すな。……次は、許さない」

一息にはっきりと彼はそう言い放ち、呆然となる彼女ら、いや、それに注目する全ての者たちに背を向けて歩きだした。あかりの腕を、掴んだまま。

あかりは一度だけ振り向いた。しんと静まり返ったその中に、志波の姿を見たような気がした。



彼に腕を掴まれたまま、あかりも引き摺られるように歩く。
心の中は、戸惑いと安堵と不安でぐちゃぐちゃに乱れていた。けれど、何も言えない。頭も口も、うまく働かない。
自分の腕を掴んでいる彼の手は冷たかった。

「さえき、くん」

大股に、走るみたいにして二人で歩く。まるで逃げているみたいだと、あかりはぼんやり思う。いや、実際、彼はあの場から自分を逃がしてくれた。
助けてくれた。

校舎裏まで来たところで、ようやく彼は止まって、あかりの腕を放してくれた。背中を向けたまま、彼は何も言わない。

「……あの、ありがとう。助けてくれて。……でも、いいの?あんな…あんな風にしたら、佐伯くん…今までのことが…」

言葉にし始めると、どんどん不安が募っていく。彼が疲れを感じても「王子様」を演じていたのは、彼の大切なものを守るためだったのに。 それが、自分のせいで取り返しのつかないことになったのではないか。

「いいんだ」
「いいって…よくないよ!だって、今まで頑張ってきたのに」
「だから、もういいんだよ!」

鋭い一喝に、あかりの声はびくりと引っ込む。彼は、小さくごめんと呟き、振り返った。そこには王子様でも普段のぶっきらぼうな彼でもない、頼りなげに笑う顔。
まるで、知らない男の子みたいだと、あかりは彼を見つめる。

「…このままで、いいって思ってたんだ。…嘘じゃない。そりゃ、たまには辛いけどさ。けど、俺にとっては今が大事だったんだ。笑ったり、たまにはケンカしたり、だから、今のままが一番良いんだって、自分に言い聞かせてた」

ゆっくりと語る彼の言葉は、けれど、あかりにはよくわからなかった。ただ、じっと向けられる彼の瞳は優しくて真剣で、目を逸らすことができない。

「……でも、守れないんじゃ、意味がない。俺は、守りたいんだ」
「……ねぇ、さっきから一体、何の、話…?」

もしや怒られ、チョップの一つも飛んでくるかもしれないと身構えていたのだが、彼は更に笑みを深くしただけだった。何てきれいに笑う人なんだろうと、あかりはその笑顔をじっと見る。

「お前のことだよ」
「……え?」





「お前は、俺が守る」









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