親友のキミにおめでとう―のばせない指先― 放課後。 いつも通りなら、部活が終わればそのまま家に帰るが、今日はもう一度校舎に向かう。 「待っているから」と言っていた。 俺の誕生日の為にそこまでする必要はないのに、と思いながらも、それでも微かに期待する自分に苦く笑う。 もう何度も、それが思い違いだって思い知らされてきたのに、本当に諦めが悪い。 アイツにとっては、きっと大した事じゃないのにな。 もう外は薄暗い。今日の練習は少し長かった。校舎に人はほとんどいなくて耳が痛いくらい静かだ。 教室はがらんとして、少し寒かった。そこにぽつんと見える、柱に寄り掛かっている小さな人影。 「海野」 呼びかけてみたものの、返事は無い。胸元に、ラッピングされた包みを大切そうに抱えていた。少し大きめの、けれど色は控えめな抑えた色調のそれ。 2年の夏頃に、俺はコイツの「親友」になった。「好きな人がいる」と言われて、それなら応援してやろうと思った。その気持ちは嘘じゃなかった。 けれど時折見せられる、堪えるような切ない笑顔を見る度に、俺は自分の無力さを思い知ることになる。所詮、「親友」なんて何も出来やしない。そう思った。 応援してやる、だなんて、どうして言ってしまったんだろう。 お前にそんな顔させる奴とうまくいくようにだなんて、どうして願えるだろう。 けれど、海野が向ける安心しきったような笑顔に、俺は怖じ気づいて何も言えなくなる。自分の気持ちよりも、信頼を裏切ることで失望される方が怖くて動けなくなる。 そうして、今日まで来てしまった。 「……海野」 遅くなって悪かったとか、こんなところで寝ていたら風邪ひくぞとか、言わなきゃいけねぇことはたくさんあるんだろうけれど。 すぐに起こす気になれなかった。もう少し見ていたかった。 (俺を、待っててくれた) たとえ、ただの、友達でも。 そっと、手を伸ばしてみた。海野は動かない。静かに、穏やかな寝息を立てるだけ。 (もう少し) もう少しだけ、起きないでいてくれるなら。そしてこのまま触れることが出来たなら。 何か、変わるんだろうか。変えることが、出来るだろうか。 お前は何とも思ってないだろうけど、誘われるたび、声をかけられるたび、俺がバカな勘違いしてるって知ってるか。 もしかして。本当は。そんな、バカげた期待を繰り返してるって知ってるか。 そして、最後にはそれはやっぱり都合の良い夢だってことを思い知るってことを。 震える指先を、けれど、触れるか触れないかのギリギリで、俺は止めた。止めて、引っ込めるようにしてそれを握り込む。 今日、他にも色々とプレゼントを渡されそうになったが、全部断った。いらなかった。俺が欲しいものは決まっている。それ以外は何もいらない。 「何か欲しいものある?」と訊かれて、俺は正直には答えられなかった。だから、「別に何もいらない」と嘘をついた。 嘘だけど、嘘じゃない。欲しいものはある。けれど、それは物じゃない。そしてきっと、手に入れることは出来ない。 「おい…海野」 今度こそ、起こす意志を込めて、名前を呼んだ。外は、もう日が沈みそうだった。教室の中も薄暗い。 「悪い、遅くなって…ほら、起きろ」 「ん…んぅ……し、ばくん?」 眠そうに目を擦り、海野はぼんやりと俺を見上げていたが、だんだんと意識がはっきりしてきたらしい。きょろきょろと辺りを見回して驚いたような声を上げた。 「うわ!なんかもう真っ暗だね。私、寝ちゃってたんだ…」 「練習、遅くなっちまって…。悪かったな、待たせて」 「ううん。だって、今日でなきゃ意味ないし……」 「…なぁ、別に明日でも良かったんじゃないか?今更、だけど」 待っててくれたのは嬉しかったが、それでも海野がここまで拘る理由がわからないのと、あとは純粋に待たせてしまって申し訳ない気持ちでつい口にした言葉に、海野は「ダメだよ!」 と妙に強い口調で言った。言われた俺が、気圧されるくらいに。 「だって、今日は志波くんの誕生日だもん!今日でなきゃダメだよ!」 「そりゃ…気持ちは、嬉しいが…」 「…どうしても、今日、渡したかったの」 はい、と目の前に差し出されたプレゼントを受け取りつつも、俺は俯いてしまった海野が気になって仕方なかった。いつものコイツらしくない。 一体、何だってこんな…切羽詰まった感じなんだ。 (………あ) そして、一つ浮かんでくる答え。それは、単なる憶測だが、今までの経験上限りなく真実に近い気がした。 咄嗟に聞きたくないと思い、けれども訊かずにはいられないのだとすぐに諦めた。コイツが辛いなら、せめてそれを軽くしてやりたい。 「親友」なら当たり前だろう?どうせそれくらいしか、出来ないんだ。 「……………あ、あのね、志波くん…」 「何か、あったのか」 「え?」 「……アイツに、何か言われたのか。だからそんな顔、してんのか」 「…………………」 もしかしたら泣くかもしれない。そういう覚悟はしていた。今までにもそういう事が無かったわけじゃない。 それか、「何でもないよ」と強がって笑うか。どちらかだ。 けれど、今日はどちらでもなかった。 「……そっか。そう、だよね」 「…?どうした?」 「ううん、何でもないよ!もう遅いし、帰ろう?」 一瞬、驚いたような顔をして、それから微かに笑った、気がした。諦めたみたいな、笑顔。 いや、違うかもしれない。暗くて、よくわからない。 それは、いつもと変わらないのに、何故だか違う気がして、でも何故なのか、わからなくて。 「なぁ、海野…」 「お誕生日おめでとう、志波くん」 唐突な言葉は、間違いなく祝福の言葉のはずなのに、この場にはちぐはぐな感じがした。 妙に強くて、けれどどこか淋しい響きで。 「それと、いつもありがとう。心配してくれて、私、志波くんのお陰で頑張れるんだよ、ホントだよ?」 そう言った海野の声はやっぱりいつも通りのどこか弾んですらいる声で、俺はほっとした。 だから、信じていた。その時も普段と同じように笑っていてくれているんだと。 「だから……。これからも、よろしくね」 外は、もう暗い。誰もいない教室に、海野の声は溶けて消えた。 |