親友のキミにおめでとう―うちあけられない秘密― 放課後。 今日は、志波くんの誕生日だ。 教室で、頬杖をついてグラウンドの方を見詰める。一際目立つ長身。真剣に、白球を追いかける姿。 その姿を見て、私は小さくため息をつく。胸元に抱えた包みを、もう一度抱きしめ直した。 志波くんは、私の友達。でも、ただの友達じゃない。恋の悩みを聞いてくれる「親友」だ。 私がそう言ったのだ。「友達でいてほしい」って、「私には好きな人がいるの」って。 それは、嘘じゃなかった。家の前で、志波くんと出会ったしまったあの時、私は志波くんの事は友達だと思っていて、他に気になる男の子がいた。 志波くんは優しかった。あの時だって、笑って「わかった」って言ってくれた。「応援してるから」そう言って、いつもみたいにぽんぽんと、頭を撫でてくれた。 ――応援してるから。 私はどんな話もした。志波くんはどんな話も聞いてくれた。嬉しいことがあった時は「良かったな」って笑ってくれたし、凹んだ時は「気にするな」って励ましてくれた。 泣いてしまった時は、少し困った顔してたけどそれでも「大丈夫だから」って頭を撫でてくれた。それから「だからもう泣くな」って。 志波くんは、いつも優しい。優しくて優しくて、だから、私はそれに甘えて、頼って、いつの間にか私は志波くんのことばかり考えていた。 志波くんのことばかり追いかけている。昨日も今日も、たぶん明日も。 でも、彼は「親友」だ。私がそう言った。志波くんは、私のこと、本当に心配して、応援してくれてる。 本当の気持ちなんてどうして言えるだろう。誰でもいいのかって、呆れられるのが怖い。どうでもよくなった恋の応援をさせられてたのかって怒られるのが怖い。 嫌いに、なられたら。友達にすら戻れなくなってしまったら。 そう思うと何も言えない。 グラウンドの脇の方に、女の子が何人かいるのを見て、たまらなくなって窓に背を向けた。柱に背を預けて座り込む。 志波くんは、優しいしカッコイイ。口数はあんまり多くないけど、でも野球部の練習にはいつも何人か女の子が見学しているのを私は知ってる。 「志波くんてかっこいいよね」って、そんな話を聞く度に心臓を掴まれる気持ちになる。 どうしよう、志波くんに好きな女の子がいたら。 話なんて聞いたことないけど(そんなの怖くて聞けない)、もういるかもしれない。別にいたっておかしくはない。 私が志波くんを好きなのと同じように、志波くんに好きな女の子がいたって全然おかしくない。 きっと、あの子たちもプレゼントを用意しているに違いない。そして志波くんはそれを受取ってここに来るんだろう。 誕生日、欲しいものはある?と訊いたら、別に何もいらないと言われた。「俺の誕生日まで気ぃ遣わなくていいぞ」と彼は困ったように笑った。 どこかでわかっていたけれど、哀しかった。どんどん距離が離れていくみたいで怖くて、私はわがままを言って今日こうして教室で待っている。 きっと志波くんは疲れてて、こんなの迷惑に決まってるけど、それでもどうしても今日おめでとうを言ってプレゼントを渡したかった。 それから、どれくらい経ったんだろう。私はそのまま眠ってしまったらしい。名前を呼ぶ志波くんの声で目を醒ますと、辺りはすっかり暗くて驚いた。 待たせて悪かったと言う志波くんの顔も、暗さに目が慣れないのか細かい表情は見えづらい。 でも、来てくれたんだ。そう思うと嬉しかった。 「練習、遅くなっちまって…。悪かったな、待たせて」 「ううん。だって、今日でなきゃ意味ないし……」 けれど、志波くんはどこか困ったような顔をして私を見てた。やっぱり迷惑だったのかなとちらりと不安になる。 こんな風に待たれて、うっとおしいって思われてるのかな。「親友」であるのをいいことに馴れ馴れしいって。 そして、聞こえてきた言葉に、私は冷や水を浴びせられたような気分になった。 「…なぁ、別に明日でも良かったんじゃないか?今更、だけど」 訝しげに向けられる眼差しが痛かった。それは、きっと私に悪いと思って言ってくれたんだと思おうとして、でもやっぱりそんな風に言われるのは哀しくて。 明日でも良かったなんて、どうしてそんな事言うの。「親友」だったら、今日お祝いすることもダメなの。 そんなの私の自分勝手な思いなのはわかりきっていて、だからダメだとわかっているのに、それでも私は止められなかった。 気付いたら、自分でもびっくりするような大きな声を出して。 「ダメだよ!」 「おい、海野……」 「だって、今日は志波くんの誕生日だもん!今日でなきゃダメだよ!」 「そりゃ…気持ちは、嬉しいが…」 「…どうしても、今日、渡したかったの」 違う違う。こんなんじゃない。もっとちゃんとおめでとうって、笑って伝えたいのに。 ちゃんと笑わなきゃ、変に思われる。嫌だ、心配なんかさせたくない。 でも、心のどこかで私はそれに安堵している。彼が心配してくれること、こっちを見てくれているということ。 志波くんの気も知らないで。私は甘い優越さえ感じている。けれどこのままも嫌で、もう頭の中がぐちゃぐちゃだ。 (………もう) 言ってしまいたい、何もかも。嫌われてしまうのも呆れられるのも怖いけど、でもそんな事より、話してしまいたい。 ダメなのはわかってる。それでも、このまま友達のフリをするより楽かもしれない。 「……………あ、あのね、志波くん…」 「何か、あったのか」 「え?」 「……アイツに、何か言われたのか。だからそんな顔、してんのか」 「…………………」 心配そうな顔。優しいひと。でも、違うんだよ。私、何も言われてなんかないよ。 ごめんね、志波くんがそんな顔することないよ。そんな顔、させたくない。ごめんね。 喉元まで出かかった言葉を飲み込んで、私はわらう。笑っていれば、少なくとも心配させることはないんだ。 「……そっか。そう、だよね」 「…?どうした?」 「ううん、何でもないよ!もう遅いし、帰ろう?」 まだ何か言いたそうな視線を振り切るように、私は立ち上がる。 「なぁ、海野…」 「お誕生日おめでとう、志波くん」 ちゃんと、言わなきゃいけないことを言おう。お誕生日のお祝いの言葉も、感謝の気持ちも、全部本当のことだもの。 たった一つの言葉さえ言わなければ、おかしくないよね?ちゃんと「親友」だよね? 「それと、いつもありがとう。心配してくれて、私、志波くんのお陰で頑張れるんだよ、ホントだよ?」 出来るだけ明るくそう言えば、ふっと空気が和む。志波くんは明らかに安心した風だった。 これで、いいんだ。きっと。 「だから……。これからも、よろしくね」 外が、もう暗くてよかった。私は、うまく笑えていたかどうか自信がない。 |