「…なぁ」
「……」
「なぁ、さよってば!」
「ふぇっ!?な、なに?はるひちゃん」

「なに?やないっちゅうねん!」と、はるひちゃんはフォークにたこさんウィンナーをさしつつ眉毛を吊り上げて私を見てる。

「アンタなぁ、なんかこないだっからおかしいで!?いつも以上にぼーっとしてるし、あのアイサツ風紀委員に睨まれとったで、アンタ」
「アイサツフウキイイン?」
「ひ、か、み!アンタがアイツの注意ガン無視するもんやからビーム出とったで、目ぇから」
「はぁ…そうスか…」
「で、何があったん?」

ため息混じりなはるひちゃんの問いかけに、けれど私は思わず黙りこむ。そういえば私、何食べてるんだろう。全然味がしないんだけど。
何があったかと聞かれて思い出すのは、あの図書室での出来事。
考えただけで息苦しくなった。胸に石が詰まっているみたいだ。

―――もう俺に話しかけるな。

「……っ、うぇ…」
「んなっ、ちょ、何!?何で涙ぐんでんの!?まさか、誰かにイジメられてるとか!?」
「ち、ちが…、な、何でもないよ!ちょ、ちょっと世界名作劇場の最終回を思い出しちゃって…」
「はぁ!?何でこのタイミング!?」

はるひちゃんには精いっぱいの笑顔を返しながらも、また涙が盛り上がって来そうになるのを必死で堪える。
あの日、あれからどうやって部活に行ったり学校から帰ったのかまるで憶えていない。
家に帰りついて自分の部屋に帰ってくるまで、ずっとずっと何度も志波くんの声が頭でリピートされてた。
低い、怒った声。本を投げ捨てられた時の音と一緒に。
あれから今日まで、一体何日くらい経ったんだろう。よくわからない。よくわからないけど、とりあえず表面上は私は何でもないフリをして生活していた。…たぶん。

志波くんは相変わらず教室にはほとんどいない。正直、志波くんの席の方を見るのもコワかったからよくわかんないんだけど。

私、一体何を怒らせてしまったんだろう。用もないのに話しかけたから?いつまでもぐずぐず本を返さなかったから?
…私のこと、嫌い、なのかな。
今までは何とも思ってなかったとしても、この間の事で確実に嫌われてしまった気がする。
だって、凄く怒ってたもの。もう話しかけるなって言われたんだもの。

胸が、掴まれたみたいに痛くなる。私、嫌われちゃったんだ。仲良くなりたかったのに、同じクラスになれて嬉しかったのに。

「あっ、さよちゃん!そこ引っ張っちゃダメだよ!」
「え…、わわ、むぎゃああ!!」

ばさばさと干していたはずの洗濯物が降ってきて、おまけに足がもつれて洗濯物ごと地面に転がった。
「大丈夫!?」と走り寄ってくる倉田先輩と「……また洗い直しね」とため息交じりに眼鏡を直す柏木先輩の姿が見えた。



「一体どうなってるの?今日の貴女のボンヤリ具合は正直許容範囲を超えてるわよ。…もちろん、私の計算でそれもフォロー済みだけど」
「す、すみません…」
「こっちの手、擦りむいちゃってるの、見せてね?…あんまり顔色良くないし、何か心配事?」
「いっ、いえっ、そんなんじゃ…」

ちょこっと擦りむいてしまった腕を倉田先輩に消毒してもらいながら、私はぶんぶんと首を振った。どうしよう、心配かけちゃってる。
傷口に吹きかけられる消毒液が、少しだけ沁みた。

「まだ入学したばかりだもの。慣れない事、あるよね」
「でも、この間まで元気だったじゃない。まさか五月病?だとしたら計算外だわ」
「いえあの…ホントに大丈夫ですから!」
「…さよちゃん」

心配かけたくない一心で笑ってそう言ったのに、倉田先輩は少し真面目な顔をして私を覗き込んだ。

「あのね?さよちゃんに困った事が起きて元気じゃないのは私たちにとっても困るし、心配なんだよ?同じ野球部の大事な仲間だもん」
「…後輩をフォローするのは、先輩である私たちの義務。…言いたくないなら無理じいはしないけど」
「せ、せんぱい…」

優しい言葉にじーんとなっていたところへ、ばーんと勢いよく部室のドアが開いた。たくさんの洗濯物を抱えた立川先輩だ。

「これで洗濯物は全部だぞ!…お、さよすけ、どした?景気の悪い顔して!」
「あ、立川くん、ごめんね。練習後で疲れてるのに」
「いやいや、これくらいどうってことないない。……なんだ、さよすけ。もしかして恋の悩みか?恋愛相談ならラブハンターの俺に任せろよ!」
「そのデリカシーの無い発言、訴えられるわよ。…ところで、その変な呼び方、何なの?」
「…恋の悩みって…、もしかして好きな男の子に『もう話しかけるな』って言われちゃったりしてね?」
「ちょっと倉田さん。アナタまでそんな憶測で…」
「……………うっ」
「場所は図書室とかな!」
「だから、やめなさいって」
「……………うぅっ…うえぇぇん!」

ぐさぐさと核心を突かれて、とうとう涙が溢れてしまった。



事情をすっかり話してしまった後(といっても志波くんの名前は出さなかったけれど)、柏木先輩は迷う事なく冷静に言い放った。

「それは無理ね。諦めなさい。そして新しい恋を探しなさい」
「えええぇぇ!そんなぁ!!」
「ううーむ、相変わらず素晴らしい決断力だな」
「バッサリだねぇ」

思わず声を上げる私に、柏木先輩はビシリと指をさし「なら、一体どうするの」と眼鏡を光らせる。

「話しかけるな、とは、相当の怒りあるいは嫌悪感がなければ口にしないわよ、常識的な人間関係を築ける人間ならね。そんな言葉を発しておいて、後に友好的な関係を築こうという意志があると思うの?」
「うっ…」
「つまり、その彼は一ノ瀬さんとは関わり合いになりたくないと断じた、そして貴女と言う存在が入り込まない人間関係の中で生きていきたいという宣言とも取れると思うのだけど」
「うぅぅっ…」
「こうまで悪化した関係を更に修復、あるいは発展させるという行為は、貴女という存在をますます彼の中で悪印象にさせ、その上貴女自身にも精神的負担を大きくかける結果になりかねない…現に今、既に実生活に影響が出ているわけだし。…そんな事に、いつまでも関わっているのは時間の無駄というものよ。ここは潔く諦めて新しい世界に目を向けなさい。そして早くマネージャーの仕事を覚えなさい。…反対意見があれば伺うけれど?」
「うあぁぁぁん!全然わかんないしナットクいかないけど言い返せない〜!!」

そりゃあ、そりゃあ確かに私は嫌われちゃってるけど!でもこんな結論はあんまりだと思う!
倉田先輩はよしよしと頭を撫でてくれて、立川先輩は「とりあえず鼻水を拭け」と箱ティッシュをくれた。

「うぅっ…ぐすっ…。で、でも、わたし…」
「うーん。まぁ祥子ちゃんの言う事も一理あるけどねぇ…男の子はその子一人じゃないんだし」
「そ、そんな倉田先輩まで…!」
「確かにな。…それにしても、女の子にそんな事言うなんてなぁ…さよすけをこんなに泣かせるヤツってどんなオトコなわけ?」
「…え。そ、それは…」

立川先輩の言葉に、「そういえば名前を聞いてなかったわね」と柏木先輩が眼鏡を直した。

「な、名前って…!え、あの」
「まーまー、それくらい教えてくれてもバチは当たらないだろ、失恋記念ってことで!」
「わぁーー!しっ、失恋とかっ!!ひどい!」
「それだけ話をして、今更隠すこともないでしょ。誰なの?」
「……え、えっと…」

確かに、ここまで相談に乗ってもらって(でもこれって相談なのかな?)隠すのも失礼かもしれない。
そう思って、「…し、しば、かつみくんです」と、小声だけれど言ってみた。
うわ、改めて人に言うのって恥ずかしいなぁ。
そう思って一人で照れたりしてたのだけど、何だか先輩たちの反応は変だった。変ていうか、無反応?何だかしーんとしてる。あ、あれ?どうして?

しばらく沈黙が続いてから、「…そういう事」と柏木先輩が呟いた。え?そういう事ってどういう事?

「…あ、あの、どうかし」
「さよーすけぇぇー!負けーんなぁぁ!!」
「ぎゃああああああ!な、何ですかイキナリ!!」

突然がっしりと立川先輩に肩を掴まれ応援されてもワケがわからないんですけど!
けれど、驚いている私は置いてけぼりにして、立川先輩は滔々と語り始める…珍しく柏木先輩のツッコミは入らない。

「さよすけ…いきなりの痛手は確かに辛いだろうが…、それに耐えてこそ恋愛っ!幸せハッピーエンドを掴み取るためにはこんな所で諦めてちゃダメだ!!」
「え、何か、さっきと言ってること違」
「恋とは戦い。…作戦と駆け引きとタイミングが物を言う!…でもな?一番必要なのはもちろんさよすけの気持ち、そして忍耐力!耐える力!!」
「た、たえる…」
「一度、嫌われたからって何だ!諦めてどうする!そんなんじゃ、恋するオトメには程遠いぞ、さよすけ!こうなったら長期戦だ!作戦Bだ!!ゆっくりと獲物がかかるのを待つがいいさ!」
「え、えものって…」

何だかよくわからないけど…励ましてくれてる、のかな?
戸惑う私の両手を、倉田先輩がそっと握った。大きな瞳が、私をじっと見つめる。

「さよちゃん……。一人の男の子を好きって思い続けるのって…私は素敵な事だと思うな?」
「ほ、ほぇ…」

ぽやんとなる私を見て、柏木先輩は「決まりね」と、眼鏡をかちりと直した。






と、いうわけで、一ノ瀬さよ、「作戦B」を決行する事が決まりまし…た?





















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