「もう2年生なんだぁ…」
ぼんやりと薄雲のかかった空を見上げながら学校内を歩く。時々見かける真新しい制服を着ている子はきっと1年生だ。
不思議。もう1年経って、2年生になるなんて。つまりそれは志波くんに出会ってからもそれだけ経っているって事で。
(今年も、仲良く出来たらいいなぁ…)
……まぁ、凄く仲良しってわけじゃないんだけれど。でも、去年の今頃よりはきっと進歩しているはずだよね?
(…はぁ、緊張してきた)
今日は新しいクラスも決まる。また志波くんと同じクラスになれたらいいな。考えると、またドキドキしてきた。
「おはよう」
「おはよう!…ぅわっ!し、志波くん!」
体半分陰る感覚に顔を上げると、志波くんが不思議そうな顔をして見下ろしていた。「驚くような事か?」と訊かれ、ぶんぶんと首を振る。
「ち、違うの!朝から志波くんに会うなんて珍しいと思って…」
「朝は一応ちゃんと来るぞ、俺は。…まぁ初日だしな、さすがに。いつもよりは早い」
「そ、そう…」
別に何でもない事のように志波くんは静かに話す。実際それは他愛もない話だから意識している私のほうがおかしい。
ちゃんと目を見て話したいけれど、あんまりじっと見るのも変に思われちゃうかなと思うと出来なくて、結局地面と、自分のローファーの先を見ていた。話したいのに、何から話せばいいかわからない。でも一緒に歩いてるのに黙っているのもおかしいし…あぁ頭の中がぐるぐるしてきた。
「え、えっと…クラス、新しく変わるんだよね、どうなるかな?」
「さぁ」
「…あんまり、興味ない?」
「別に。どこになっても同じだろ?」
「そ、そっかぁ…」
あっさりと返ってくる言葉に、それ以上は何も言えなくなってしまった。確かに、志波くんはそういうの気にしてなさそうだ。
目的の校舎が、どんどん近付いてくる。
「…お前は?」
「え?」
「同じクラスになりたいヤツとかいるのか?」
「…え、えぇっと」
いるよ。私、また志波くんと同じクラスになりたいんだよ。それで、もっと仲良くなれたらいいなって思ってるよ。
…って、言えればいいのに。でも、やっぱり言えなくて代わりに私はわざと勢いよく話す。
「あ…はるひちゃんとか!一緒だったらいいなって」
「…そうか」
成程な、と、志波くんは特にひっかかる事もなく納得したみたいだった。
志波くんと今年も同じクラスになりたい。
けれども、そんな私の淡い期待はあっさりと裏切られた。
廊下に張り出してある掲示物を必死に見直すけれど、どの角度から見ても、そして何度見ても私と志波くんは別のクラスだった。
「…はぁぁ」
「…残念だったな」
「うん…え!?」
そのまま一緒に来て、隣で新しいクラスを確認していた志波くんはぽつりと呟いた。
「…クラス。今回は離れてる」
「え、あ、うん…そ、そうだね」
「でも隣だからな。合同授業とかは一緒だな」
「うん…」
「だから、そんながっかりすることないだろ」
「う、うん…!」
確かに、離れちゃったけど隣のクラスだ。志波くんの言うとおり、全然会えないってわけではないよね。
でも、志波くんに「残念だったな」って言われると思わなくて何だか嬉しくなってしまった。そういう風に思ってくれるんだ。
…なんて、喜びもつかの間。
「西本だったら、クラスが違うとか関係なさそうだしな」
「………そう、だね」
はるひちゃんの事だったみたい。…あれ?よく見たらはるひちゃんは志波くんと同じクラス?わぁん、うらやましい!
もう一度、小さく(志波くんにバレないように)こっそりため息をついていると、後ろから「オッス!」と大きな声が降ってきた。途端にガッと肩を掴まれる。
「にゃっ、な、何!?」
「よーっす!何だよ、幸運にもこの俺様と同じクラスだってのに、その暗い顔は!」
「え、ハリーと一緒…えええええ!!」
「ははは、嬉しいだろう、そうだろう」
「やだぁ!変わりたいよぉ!」
思わず言ったら、「何だと?」とハリーに睨まれた。もう怖いよう。いや、本当は怖くないのは知ってるけど、でもやっぱり怖い。
「ふふん、また一年楽しいじゃねーか!よろしくな、さよすけ!」
「うぅ…、うん」
「針谷…あんまりいじめてやるなよ?」
私とハリーのやり取りを遮るように、志波くんの声が降ってくる。途端にハリーは「なんだよ」と口を尖らせた。
「俺がいつコイツをイジメたよ?子分なんだから俺の言う事聞くのはアタリマエだっつの」
「ち、違うもん!子分じゃないもん!」
「何だぁ?生意気な事言うじゃねーか!ちっちぇーくせにっ」
「やぁ、やめへよ、いひゃい!」
「……だから、それをやめろって言ってるんだろ」
「先に行く」と言って離れたハリーを見送りながら、また別のため息が出る。引っ張られたほっぺたがちょっと痛い。
志波くんは、「悪いヤツじゃないけどな」と呟く。うん、それは知ってる。だってハリーはあんな風だけど叶えたい夢を持っていて、それでちゃんとしてるところはちゃんとしてるから。そうなんだけど…やっぱり時々いじわるだ。
ふと、外の風景に目をやる。学校にある桜の木はどれも満開で水色の空に桜色がふわふわと広がって、あぁ新学期だなぁって思う。
「…桜、きれいだねぇ」
「ああ、そうだな」
「森林公園も、きっと満開だね。去年も凄くきれいだったし…」
「…見たいのか?」
「うん……え?」
あれ?今、何か聞かれた?
思わず志波くんの顔を見返すと、志波くんも真面目くさった顔をして私を見ていた。
「桜。見たいのか」
「え…えと、うん。折角だから、見たいなぁって…」
「たぶん、今週末が見頃だな」
「へ?」
「いつも走ってるから、大体わかる」
「あ、あの、あの志波くん…!」
ひとつ、心に浮かんだ淡い期待に心臓が高鳴る。
どうしよう。厚かましいって思われるかな?でも、これってもしかしなくてもチャンス?だよね。
ここは頑張らないとダメだよね?
不思議そうに見下ろしている志波くんが行ってしまわないうちに言わなくちゃ。
「あ、あのね。志波くん、…今週末はお暇デスカ?」
「あぁ、別に予定はない」
「そ、それなら…、あのっ、森林公園の桜、い、一緒に見に行かない…?」
ほんの一瞬、訪れる沈黙。
うぅ、口から心臓が飛び出そう。
けれど、そんな私の緊張は他所に、志波くんはあっさりと「ああ、いいぞ」と答えてくれた。
「ほっ、本当!?」
「…嘘言ってどうする」
「そっか、そだよね…。じゃ、じゃあ日曜日、公園入り口でいいかな?」
「ああ、わかった。…遅れるなよ?」
「うんっ」
(わぁい、やったぁ!)
嬉しくて嬉しくて、志波くんと同じクラスになれなかった事も忘れちゃうくらいだ。
志波くんと一緒にお花見だよ!
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