「こんにちはー」
「お、おばちゃん、いらっしゃいませ!」

店内は冷房が効いていて随分涼しい。9月とはいえ、まだまだ残暑が厳しい今の時期には気持ちがいい。
しゃがみこんでいた体格の良い男の子に、私はにこやかに笑い掛ける。

「元くん、頑張ってるのねー!」
「今、店長も有沢も出ててさー、俺一人なんだわ。今日は何にする?」
「そうねぇ…」

店内にはあふれそうなくらいに色とりどりの花がある。最近のお花って色鮮やかよねぇといつも感心するのだ。
ここ「アンネリー」は私のお気に入りのお店の一つで小さい頃から知っている元くんのバイト先でもある。つまり、勝己の「幼馴染」だ。

「じゃあそのピンクのと…あとはこのオレンジの」
「はいはい。…何か、勝己が見たらビミョーな顔しそうだなー」
「あら、花くらいかわいくないとウチってホント殺風景っていうか男クサイっていうか…やっぱり女の子産んどけばよかったわぁ」
「おばちゃんにそっくりのかわいい女の子な」
「もう、元くんってばお上手なんだから。…じゃあそっちのも入れてね」
「毎度ありがとうございまーす」

頼んだ花をまとめて、水をきって花束にしていく元くんの手元はテキパキと手際が良い。この子は昔から器用だったなと、見ながら思いだした。
勝己の夏休みの宿題の工作とか、頼まれもしないのに手伝うとか言ってケンカしてたっけ。ほんの数年前のことなのに、何時の間に二人ともこんなに大きくなったんだろう。

「そういやあいつ元気?」
「相変わらずよ。やっと夏休みが終わってくれてせいせいするわー。一日家にいられたんじゃたまったモンじゃないもの」
「ふぅん。…じゃあやっぱ野球はやってないのな」
「…そうねぇ」

相変わらず、確かにそうなんだけれどと、口元に指をあてて考える。
確かに相変わらずだけど、少し変わったような気もする。何も言わないからよくわからないけど、春頃に比べれば鬱々とした雰囲気ではなくなったような。
そう、変わったといえば。

「そういえば、花火大会に行ったりしてたわよ。…女の子と」
「何ぃー!?勝己が!女の子と!?何だそれカノジョ!?」
「…ではないみたいだけど。でもまぁ…それなりに楽しくやってるみたい」
「へぇー…あいつがねぇ…」
「いつまでもくよくよしてるわけにもいかないしね」

野球のことは受け入れるまで時間がかかったとしても。だからといって友達と遊んだりカノジョが出来たりするのまで我慢する事はないんだから。
元くんはいたずらっぽく口元をつりあげる。

「でも、そうするとおばちゃん、勝己を取られる事になるわけだ。淋しくねぇの?」
「ジョーダン言わないでよ。あんなので良けりゃノシ付けて差し上げますとも。それに、アタシにはお父さんがいるもの」
「はぁー、相変わらずお熱いことでね」
「でもそうねぇ、出来ればカワイイ子がいいわー、ピンクとか、こういうお花屋さんとかが似合う子が」
「あー、それは俺も欲しいなーそういう子」
「あら、元くんカノジョいないの?」
「はぃ?いやいやカノジョの話じゃなくて。バイトの子だよ。もう一人入ってくれると楽なんだけどさぁ、おばちゃん、良い子知らない?」
「そうねぇ…」

色々と思い浮かべてみるけれど、それらしい子は思い当たらない。
何せ、息子はあんなだし。だから女の子の知り合いなんているはずもない。

「…まさか勝己に花屋さんはねぇ…」
「うお、それは勘弁してください。ていうかあいつやらないだろ、絶対」
「でしょうねぇ。…一応探してみるけど、あんまり期待しないでね?」
「いや、すげー助かる。…んじゃ、コレ。ありがとうございました〜」

律儀に頭を下げる元くんに手を振って店をでる。途端にむっとした空気が辺りに立ち込めるけど、真夏のそれよりはいくらかマシだ。
…あ、そういえばまた卵を買いに行くのを忘れていた。スーパーに寄らないと。
元くんに作ってもらった花束を持ちながらぶらぶらと歩く。さっきまでの会話を頭の中で反芻しながら。

(カノジョねぇ…)

あの朴念仁にカノジョなんて出来るのかしら。大体あんな目付きが悪いのに女の子が寄ってくるとも思えない。
だから、花火大会に学校の女の子と行くと聞いた時は実は結構びっくりした。それから、嬉しかった。
…そりゃ、希望を言えばキリがないんだけど。

(恋は人を変えるものね)

あの子の世界を広げてくれる子なら、どんな子だって。



夕方の込む時間の割に、今日は人がまばらだった。早く帰れそうだと思った時、入口の辺りでふと人影を見る。
あら、あの子は。

「さよちゃん!」
「…あ、こんにちは」

私に気付いてぺこりと頭を下げたさよちゃんは、このスーパーで良く会うので、時々こうして言葉を交わす。
中学生かと思っていたら「こ、コウコウセイですっ」と言われたので、もしかしたら勝己と同じ羽学かもしれない。聞いた事はないけれど。
薄い黄色のキャミソールにひらひらとフリルの付いたジーンズ生地のスカート。いかにも女の子らしいかわいい格好。
この子を見ると、ウチにいるあの図体のでかい息子と同じくらいの年を生きている子とは思えない。何てふわふわ柔らかそうで甘やかなんだろう。
まるで別の生き物みたい。

「こんにちは。今日も暑いわねぇ。…何、見てたの?…バイト?」
「…今、探してて。学校も慣れてきたし…」
「へぇ、偉いのねぇ…」

言いながら、「アルバイト募集」の張り紙を見る。日数、時給…まぁ悪くはないけど。特に条件が良いわけでもない。

(…大丈夫かしら)

大体こういうスーパーとかには長年パートで入ってるオバサンとかがいて。それでちょっと意地悪だったりするものだ。
ロクに仕事の説明をしないで押し付けたり、わざと人前で怒鳴りつけたり。
それだけならいいけど、店長だとか副店長だとか警備員だとかいう肩書のスキモノのオジサンとかに迫られたり…って、ドラマの見過ぎかしら。
ちらりとさよちゃんの方を見下ろす。(私とさよちゃんの身長差だと自然そうなるのだ)
白い、細い腕。とろとろと人の良さそうな顔。…何か、しょっちゅうコケてるしこの子。

(心配だわ。…すごく)

もちろん、こんなのオバサンのお節介だというのは重々承知しているけれど。それにしたってわざわざこんな所(というのも失礼だけど)でバイトするのを黙って見過ごすのも居心地が悪い。
だってほら、こういう子ってつけいられそうだもの。不本意な事も嫌と言えなかったり、もし強引に力で抑え込まれたりしたら…って、やっぱりドラマの見過ぎね、これは。
私はさっきまでの元くんの会話を思い出していた。これほどタイミング良い話ってあるだろうか。そりゃ花屋の仕事だって楽じゃないだろうけど、少なくとも一緒に働くのが元くんなら変な事をされる心配はない。カノジョがいないとは言っていたけれど、あの子はそんな見境のない子じゃない。きっとさよちゃんの事も面倒見てくれるだろう、何せあの勝己にすら元くんは世話を焼いていたし。

「ねぇ、さよちゃん。バイトを探してるならアタシが紹介してあげましょうか?無理にとは言わないけど」
「え?良いんですか?」
「良いも何も丁度さっきその話をしていたばっかりだったのよ。「アンネリー」っていうお花屋さんなんだけど」
「わぁ、お花屋さん!」

ぱぁっと顔を輝かせるさよちゃんに、私の方もつい顔が綻んでしまう。やっぱり、お花屋さんは女の子の憧れなのねぇ。
それにしても、やっぱり女の子って本当にかわいい。ああ、こういう子が勝己のカノジョだったらいいのに。絶対仲良く出来るのに。
…でもまさか自分の息子を売り出すわけにもいかないし(私もそこまで厚かましくはない、たぶん)、とりあえずはアンネリーの住所と電話番号の書いてある名刺を彼女に手渡した。

「そこで働いてる真咲くんっていうのがアタシの知り合いの子なのね。志波の紹介ですって言えば話しが通じると思うから」
「し、シバ!?」
「えっ、えぇ…あら、言ってなかった?」

さよちゃんは驚いたように目を丸くして私を見上げる。そんなに珍しい名字でもないと思うんだけど。
でも、とか、まさか、とかもごもご言いながら、それでもさよちゃんは大切そうに名刺を受取ってぺこりと頭を下げた。

「あの…、ありがとうございます。早速電話してみます」
「いえいえ、良かったわ。それじゃあ引きとめちゃってごめんなさい。またね」



卵を買って、家に戻ると勝己も主人も帰って来ていた。ただいまぁと言いながら玄関を上がると、勝己がのっそりと顔を出す。
まったく、比べたってどうしようもないけどかわいらしい所はどこにも見当たらない。まぁ…それなりにかわいいところも無くはないんだけど。外見的にはさよちゃんの方が絶対にかわいい。

「お帰り、メシは?」
「アンタねぇ、口を開けばメシメシって。何なの?それ以外に言う事ないの?ほんっとかわいくないんだから!」
「腹へった」
「はいはいわかってます。後はあたため直すだけだから。…ちょっとお父さん!もう、爪切り出しっぱなしにしないでって言ったでしょ!」
「…親父、またつまみ食いしてたぞ」
「またぁ!?ゴハン前はダメって言ってるじゃない!…ほら、勝己、アンタもぼさっとしてんなら手伝いなさい、たまには」
「何で俺が…」
「つべこべ言わない!ほら、さっさと動く!」





不満気な息子は無視して、花瓶に冷たい水を入れる。元くんの作ってくれたかわいい花束を飾るために。
そうでもしなきゃカワイサのカケラもない、けれども愛すべき日常。





















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