いつか、そういう時が来たらいいなと思ってた。でもそれは、どこかのんびりした願望で。
「宝くじが当たればいいや」ってくらいの気持ち。
「恋をする」って、私は知ってるつもりだった。今までだって、かっこいいなって憧れた男の子の一人や二人はいたし。
でもそれは全然甘かった。そんなのと全然違った。
時々少女漫画で女の子が男の子に出会うと、きらきら〜って星とかお花とか飛んでるけど。あれはあながち間違いじゃない。
みんなバカにして笑うけど、私は真面目に割とイイセンいってると思う。
だって、「その人」に出会ってしまったら本当にきらきらするんだもの。
理由なんてない。好みとか性格とか全然わからない。
でも、間違いなかった。その人は突然現れて、その瞬間は突然訪れた。新しい生活と共に。
「…んしょっと。はぁ、やっぱり荷物は置いてくれば良かった」
広い公園の中、私は両手にある荷物を抱え直す。周りはたくさんの緑。それと今だけ咲き誇る桜色。どこかからか家族連れの声が聞こえてきたりする。
ここの公園の桜は本当に立派だった。時々風に吹かれて舞う花びらを捕まえようとするけれど、むずかしくて、結局は諦める。
ここは羽ばたき市。私がこれから生活する街。素敵なところだなぁと初めて来た時に思った。海も近いらしい。いつか行けたらいいなぁ。
見上げた優しい桜色は、見ているだけでなんだかワクワクする気持ちになる。きっと、いいことがたくさん起こる。そんな予感。
(それにしても…広い公園だなぁ…)
引っ越してきたばかりで買い出し途中に少しだけ覗くつもりだったんだけど、ついつい中の方まで来てしまった。芝生に寝転ぶ人、ベンチで読書してる人、スケッチしてる人、犬の散歩、ジョギング。たくさんの人が色々な事をしているけれど、それでもまだ広々としている。
でもさすがに、私みたいに大荷物を抱えて一人歩いている人はいないけど。
今日はぽかぽかとあったかくて、こうして歩いていると汗ばんでくるくらいの陽気だった。
荷物を持つ手の平が、少し痛い。足も疲れちゃったし、やっぱり帰ろう。また、いつでも来ればいいや。
そんな気持ちでUターンして、てくてくと歩いていたら。
向かいのベンチの傍に寝そべっている大きな犬が、不意にこっちを見た。飼い主さんは、ベンチで誰かとお話してる。
……こういう時、目を逸らしてはいけない、と、誰かが言ってた気がする。逸らした瞬間、犬は自分が優位だと思いこむらしい。
だけど、私の場合、目線云々はあまり関係が無いみたい。だって、目を合わせた時点でもう完全に迫力負けしてるのが自分でもわかる。
昔からだ。小さい頃から大きい犬にいつも追いかけられて、だから大きい犬は苦手で。
白と黒の毛がもさもさとしているその犬は、もう犬というかむしろ牛みたいだった。しばらく睨みあって、そして、その子はにやりと笑った(気がした)
わふっ、と一声鳴いて、のっそりと起き上がる。目は、逸らされない。
「え、ちょ…待って…っ!」
「わふんっ!」
「きゃああああ!やっぱりぃっ!!」
歩いてきた道を、今度は走る、全速力で。荷物が重くてうまく走れないけど、今はそんな事言っていられない。
「やだーーー!こっち来ないで!」
「わふわふっ」
「もーだめ!追いつかれる…!ふぎゃ」!」
おまけに、足がもつれてその場にべちゃりと転んでしまった。もうお終いだ、飛びかかってくる、と目を瞑って覚悟した…んだけど。
「…あ、あれ?来ない…?」
恐る恐る後ろを振り返ってみたけれど、さっきの犬の姿はどこにもない。もしかして諦めて飼い主の所に帰っちゃったのかな、そんな事を考えていたところへ。
「おい」
声が、かかった。
その時の事、何て言ったらいいだろう。うまく説明できない。
ふわふわした感じだったとも言えるし、どーんとカミナリに撃たれた(撃たれたことなんてないけど)みたいだったとも言えるし。
とにかく、その人がきらきらして見えた事だけは間違いない。そして私は「どうしよう」と思ってしまった事も間違いない。
どうしよう。私は、出会ってしまったんだ。
「…おい」
「は、はいっ!?」
「本当に大丈夫か…?荷物、これで全部か?」
転んだ時に落とした荷物を、その人は拾ってくれたらしい。彼の足もとには何故かさっきの牛みたいな犬がまとわりついていた。
彼はさして気にする風でもなく、私に荷物を渡す。背が高くて、手の大きい人だ。
「それじゃあ、俺は行くから」
「え、…あ」
荷物を手渡してくれた彼は、そう言ってさっさと走って行ってしまった。ジョギングの途中だったみたいだ。
お礼を言いそびれちゃったとか、あのワンちゃんどうするんだろうとか、色々思った事はあったのだけど。
とりあえず、私はただ彼の背中をぼんやり見送るしか出来なかった。
(…どうしよう)
「この人」に、出会ってしまったんだ。
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