実在する団体には一切関係ありません。全てフィクションです。





ご主人さまのお仕事



「はぁ…」

俺は物書きだが、それだけに限らず頼まれた仕事は大抵引き受ける。独身男が生活するのにそう金もかからないのだが、いかんせんウチのメイドのメンテナンスに金がかかる為、俺は仕事を選ぶことはない。
しかし、さすがに今回は仕事を選ぶべきだったかと思わなくもない。

俺の数少ない友人の一人は俺の担当でもあるのだが、そいつの友達が「メイド喫茶」なるものを経営しているらしい。世間を知らない俺でも、さすがにそれがどういうものであるかくらいは情報として知っていたが、何でもそのメイド喫茶は少し変わった趣向のものらしい。そして、それが災いしてか、全く客足が伸びず店は閑古鳥、経営は火の車というわけらしい。

「だからどうした。俺には全く関係ない話じゃねぇか」
「そう言うなよ。ほら、お前はびすたちゃんを雇ってるだろ?だからさ、ちょっとアドヴァイスしてやってほしいんだよ」
「…冗談だろ、何でそんな事を俺が」

何か勘違いしているらしいが、俺は趣味でびすたを雇っているわけではない。生活の為だ。金を払ってまでメイドごっこをしたいわけじゃないし、その店が傾いているというのなら、さっさと店を畳んで別の店を始めればいいだけの話だ。
友人は指でわっかを作り「報酬は弾むぜ?」としたり顔だ。俺は迷惑だというのを隠しもせずに睨みつけた。

「お前も大概、金の価値を軽んじているな。俺を動かそうってんなら、ガキの小遣い程度の額じゃすまねぇってのに」
「友達思い、だと言ってほしいね。金なんて、使わなきゃ紙切れ同然なんだよ。友達の為に使うんだから、これほどスバラシイことはないってわけだ。お前だって悪い話じゃないだろ?ついでにこの原稿の締め切りも何とか伸ばしてやるから」

そこまで言われれば断る理由はない。とりあえず、締め切りが伸びるのは有難いことだ。

「…全く、優秀な担当サマでいらっしゃるよ」
「お誉めにあずかりまして」

そういった経緯があり、俺は今、件のメイド喫茶の扉の前に立っている。雑居ビルの中ではあるが、ビルそのものは大通りに面しており立地条件は悪くない。ビルそのものの作りも安っぽさは感じられなかった。今日の事は友人から話が回っており、客は俺一人らしい。とりあえず普段の接客、店の雰囲気、それについて意見が欲しい、との事だった。

扉の表札には「つんでれ喫茶」と表記してあった。いかにも頭のワルそうなくねくねした文字だ。まずここから改善か、と思ったが、いや、メイド喫茶なんぞに来る奴にはこれくらいで丁度かもなと思いながら扉を開ける。そして、俺もそんな一人の仲間入りだ、…頭痛がしてきそうだな。

「何しに来たの?」

……は?
目の前にはメイド服を着た女が、顎を上げて、いかにも面倒くさそうに俺を見る。
普段の俺ならば、この時点で一言二言罵声を浴びせて扉を叩き閉めるところだが、それだけは何とか堪えた。これはアレだ、門前にあった「つんでれ」のつもりなのだろう。
それにしても不快な事この上ない。俺も人当たりが良い方ではない(一応自覚はある)から好意的な目で見られることは滅多にないが、それでもこんな蔑んだ視線を向けられたことはないぞ。

「そんな所に立ってたら邪魔でしょ?入りたいんなら、入れば?」

小馬鹿にしたような響きでもって、女はそれでも俺を中に招き入れた。
この時点で、俺の心は決まった。これだけで、後の対応は大体予想がつくというものだ。しかし、金は既にもらっているし、このまま何もせず帰るわけにもいくまい。
…なら、取る行動は一つだろう。

「早く決めちゃってよ」

投げつけられるおしぼりとメニューに、俺は一瞥を投げただけだった。店内を見回す、メイド店員は目の前のこいつ(玄関で応対した奴だ)を入れて3人程。内装や家具は割と趣味の良いものが揃っていた。…とりあえず、ここだけ誉めておけば言い訳は立つだろう。

「…何してるの?早く決めてって言ってるでしょ」

メニューを手に取ろうともしない俺に向かって、抑揚のない口調でメイドが言い放つ。…そこで、俺は軽く息を吸って…吐きだした。

「…おい」
「……は?」
「は?じゃねぇよ、お前だお前。さっきから俺に、随分と生意気な口を聞く、お前だよ」
「なっ…何よ」

メイドが僅かに怯んだのを機に、俺は立ち上がった。払い落したメニューが床に滑るように落ちる。

「メイドってのはなぁ、ご主人さまに仕えるもんなんだよ。それを何だ?さっきから偉そうに、メニューもおしぼりも投げつけてくれやがって。早く決めろ、だと?誰に向かって口利いてやがる」
「ひっ…」

雰囲気を察したのか、他のメイド店員たちも周りに姿を見せ始めた。どいつもこいつも、俺の事を不安げな顔をして見ている。…ふん、「ツンデレ」が聞いて呆れる。

「おいおい、何だよ?さっきまでの勢いはどうした?それとも、俺みたいな客が来ないとでも思ったか?お前らが冷たくすればヨロコぶようなバカな奴ばっかりが来るとでも?」
「だ…だって、ツンデレってそういうものだって…」
「バカが。まずもって、お前らはツンデレを理解しちゃいねぇんだよ。どうせ決められた通り、マニュアルで動いてたんだろ?そのせいで客が来ないのだとどうして気付かない?お前らのこの頭は飾りか?それともそんな事もわかんねぇお目出度い出来なのか、どっちだ!あぁ?言ってみろ、この勘違い女どもが!」

目の前の女は恐怖のあまり顔を引きつらせていた。目には涙が浮かび、顔色は紙のように白い。真実を突かれてただ泣くしか出来ないなんて、救いようの無い甘ちゃんだ。こんな奴、相手にしたくもないが、これも仕事だ、仕方ない。

「そ、そんな事言われても…私達ただのバイトだし…大体、ツンデレなんて好きでやってるわけじゃないし」

背中の方から、不満そうな声が上がった。ゆっくりと振り返ると、そいつはいかにも不当な扱いを受けているとでも言いたげな顔で俺を見ている。
そして、その声に押されるようにして、俄かに部屋の空気は変わろうとした。そう、まるで、俺の言っていることは全くの言いがかりで、自分たちは何も悪くないという空気に。
…ふん、上等じゃねぇか。ただ泣かれるのも腹が立つが、こうして開き直って言い訳してくる奴は更に腹立たしい。俺の最も嫌いな部類の人間だ。
だが、むしろ気分は高揚した。これくらい噛みついてくれないと、俺も張り合いがない。…一方的に虐めるみたいなのは好きじゃないからな。
口元に微笑みさえ浮かべ、俺は向き直る。

「ただのバイトだったら、仕事が半端な出来でもいいのか?メイドたるものが何か、ツンデレが何か、もっと根本的な話をすれば、接客とは何か。それをを全く理解せず、また理解しようともせずにいていいという理由になるのか?好きでやっているわけじゃないだと?だったらさっさと辞めちまえよ。ありがたい事に、この国じゃあ職業を選ぶ権利がちゃんと与えられている。…まぁ、一つの仕事をまともにやりきれないお前らが、転職したとして役に立つかどうかは甚だ疑問だがな」
「なっ…!」
「辞めるなら結構。止めやしねぇよ。お前らより、もっとまともな、もっと役立つ奴がここに入ってくるだろう。そうすりゃこの店ももうちっとマシになるだろうな。…あぁ、そうだ。店を傾かせていた害悪はお前らだからな。お前らが他所に移り、そこでもまたその害を広げるかと思うと、それだけは忍びないが、店を守る為には仕方ない。…いいか、これだけは言っておいてやる。他所に移ったからって今の性根が腐ったお前らじゃあ何も出来ないって事をよく頭に叩き込んでおけ!メイドなめてんじゃねぇよ!」

言い返す間もなく畳みこめば、今度こそ、完全に沈黙した。もう生意気な口を聞くメイドなど、影も形もなく消えうせてしまっていた。

「…おい、お前らそこに並べ」
「……え…」
「ぐずぐずすんな!いいから一列に並べっつってんだよ!こんな簡単な事、二度も言わすんじゃねぇ!」
「はっ、はいっ!」
「…いいか、よく聞けよ」

女たちを一列に並ばせ、俺は口を開いた。あぁ全く、何でこんな面倒な事しなきゃならないんだか。
仕事でなきゃ、絶対お断りだ。

「今日から一週間、俺がお前らを徹底的に教育してやる。主人に仕えるってのがどういう事か、俺が直々に教えてやるよ。付いてこれない奴は辞めちまえ。いいか、わかったな」
「…は、はい…」
「返事が遅い!これから一秒たりとも気を抜くんじゃねぇぞ、この役立たずどもが!」
「は、はいっ。ご主人さまっ!!」





それから数か月後、担当である俺の友人は「いや、お前ってやっぱすげぇな」と感心したように言った。

「何がだ」
「あの例のメイド喫茶、今じゃすげぇ人気でさ。予約しなきゃ入れないらしいぜ?友達がすげぇ感謝してたよ。…一体何したんだ?」
「だからアドヴァイス、だろ。お前に頼まれた通りにしただけだ。…後は台本を少々」
「へぇ!珍しい事があるもんだ。筆の重いお前さんが。やっぱメイド好きなんだなぁ」
「やめろ、胸糞悪い。完璧主義だと言え」

コンコンと、ノックをする音がする。「どうぞ」と言えば、びすたがひょこりと顔を出した。

「ご主人さま、お仕事終わりましたか?お食事の用意が出来ました」
「…あぁ、今行く」
「今日は、豪華四川料理ですよ〜!びすた、頑張っちゃいました!ご主人さま、中華お好きですよね?」
「へぇ…いいじゃねぇか」

そうして声をかけると、びすたはえへへと笑った。嬉しそうなそれを見て、俺にはメイド喫茶は必要ないなと改めて思う。…まぁ、雇えない奴は夢を見ながらメイド喫茶に足を運ぶのだろう。それもまた、いいのかもしれない。
…と、少し感化されすぎたか。





「よろしければ、担当さんもご一緒に召し上がってくださいね?」
「わーい、やったー!俺、びすたちゃんの作ってくれるゴハン大好きー!びすたちゃんも好き!」
「おい、ふざけんな!てめぇに食わせるメシはねぇよ!それと、どさくさにまぎれてコイツに触ろうとするな!」
「何だよー!んっとに心の狭いご主人サマだな、お前は。いいじゃん、ちょっとくらい、減るもんじゃなし」
「いいや、減る。しかも、ヘンな病気うつされそうだ。その手、離せ」
「あ、あの、お二人とも引っ張らないでください、痛いですぅ…!」