ご注意:志波主長編(一つ目の方)の二人です。
今日はバレンタイン。男はチョコをもらえる日らしい。どういう理由でそうなったのかは知らないが、甘いものは嫌いじゃないから特に嫌にもならない。
それに、今年はいつものバレンタインとは少し違う。
Sweet Valentine's Day ?
考えてみると、バレンタインの日は何がしか色々あった日ではあった。
一年目はもらえないかとがっかりしてたら、門の外にいて驚いた。あれは本当に嬉しかった。
二年目はやっぱりもらえないと思っていたら、本人から直接手渡された。信じられないような言葉と一緒に。あの日から俺は海野と「付き合う」ことになった。
そして三年目。それが今日だ。
付き合っている。友達から恋人になった。とは言っても、二人の間で何かがあったわけでもなかった。確かに興味も欲もないわけじゃなかったが(正確にはそれははっきりと俺の中ではあったわけだが)、それだけじゃないだろうし、何より海野の天然っぷりは相変わらずで手を出したくても何となく出し辛い状況はあまり変わっていなかった。(でもキスくらいはした。でもその度に「そういうのは学校では禁止!」と怒られた)
別に、急ぐつもりはない。時間はいくらでもあるし、もう絶対に離さないと決めたから。
(……暇だ)
いつものように図書室でサボっていたわけだが、今日は何だか騒がしい。騒がしい、というよりも落ち着かない。
ここは普段あまり使用する人がいないから、こういう時は格好の落ち合い場所になるらしい。さっきから何組かが入れ替わり立ち替わりにチョコレートのやり取りをしていた。
結果はまぁ、色々だ。こんな所に呼び出すくらいだから義理チョコではないのだろう。うまくいったりいかなかったり。どうでもいいが俺がここにいるのを皆気が付かなさすぎだ。
確かにここは奥の方で見つかりにくい所だけれど(だからこそこうして見つからずにサボっていられるわけだが)
俺も去年はああだったなと、妙に余裕ぶって思い出したりした。去年、海野からチョコをもらって好きだと言われるまでの俺はまるで半分死んだみたいだった。
あの時、信じられなくて、何度も好きだと言ってくれとアイツにせがんだ。その後は同じくらい自分も好きだと言い返したと思う。泣きたいほど嬉しくて、その時の気持ちばかりで他がどうなってたとかは、あんまり記憶にない。ただ、帰り道はもう真っ暗で、でも手を繋いでアイツの家まで送って行ったのは憶えてる。
風が冷たかった。でも寒くなかった。アイツもそうだったと思う。そうだったら、いい。
「…くん、志波くん」
「……ん」
掛けられる声と、肩から揺らされる動きに目を醒ます。どうやら眠ってしまったらしい。
「やっぱりここにいた。でも、あんまりそうしてると風邪ひいちゃうよ?」
「あぁ…今、何時だ?」
もうお昼、と答えたのは、さっきまで考えていた人物。「さっきまで」というよりも、「いつも」と言った方が正しいか。
隣のイスを引いてだしてやると、海野はそこにちょこんと座った。目を覚ましても姿勢はそのままの俺を、覗き込むように見てくる。
「あんまりサボってばっかりいたらダメだよ?」
「わかってる。今日は眠いんだ」
「もう、仕方無いなぁ…。じゃあ今日だけだからね?」
俺のこの言い訳と海野のやり取りは毎度繰り返されている事だが、彼女は気付いていないらしい。それにしても近いぞ、顔が。
こんな風にカンタンに近づいてくるくせに、キスしたら怒るだなんて。少なくとも俺は何も悪くないと思う。
「……?なぁに?」
「荒れてるぞ、ここ」
「え?ここってどこ?」
「……ここ」
そういって掠めるようにして口付けると、途端に「わぁっ」と真っ赤になって後ろにひかれた。けれど、それはほんの少しの距離だ、俺が離さないから。
「も、もう!いきなりビックリするでしょ!」
「そうか、悪かった。じゃあこれからはちゃんと予告してからする」
「そういう問題じゃないの!だ、誰もいないから良かったけど…」
「そうか、誰もいなければいいのか」
「ち、違う違う!いなくてもだめなの!」
そう言ってほっぺたをむうっと膨らませているが、そんな顔したってただかわいいだけだ。海野には悪いが、ますますからかいたくなる。
「もぅ……そんなイジワルするなら、あげないよ?」
「何だ?くれるのか、オマエを」
「………………………………帰る。お邪魔しましたっ!」
「待て、冗談だ。謝るから帰るな」
少し冗談が過ぎたらしい。(けれど俺はあながち冗談でもないのだが)海野は立ちあがりかけたのをもう一度座りなおして、目の前にそれほど大きくない紙袋を差し出した。
……顔が赤いのは、怒ってるからじゃない、よな?
「…これ、どうぞ。去年よりはうまくいったと思うんだけど」
「……サンキュ。また作ってくれたんだな」
そう言うと、海野はそれまでの事を忘れたみたいに照れたような笑顔になる。ああ、やっぱり笑ってる方がいい。
チョコレートは嬉しいけれど、何が一番嬉しいかと言えばその笑顔に決まってる。自分の事を好きでいてくれるんだと思える事が、何より嬉しい。
「そういえば目、赤いな」
「そう?ちょっと時間かかっちゃったから…でも大丈夫!」
「…ありがとう。…これ、今食ってもいいか?一緒に食べよう」
くれたのは、丸っこいのにココアパウダーがかかってるのだった。名前は…よく知らない。まぁそこはあんまり問題じゃない。
口に入れればそれほど甘ったるい感じじゃなくて普通に美味かった。隣の海野を見れば、俺が食うのを見てるだけで、チョコに手を伸ばす気配はない。
「…食わないのか?」
「でも、志波くんにあげたものだし」
「俺がいいんだから、別にいいだろ?」
「うーん……」
それでもまだ考え込む海野に、俺は、一つチョコを摘まんでアイツの前に持って行く。海野は不思議そうな顔を俺に向けた。
「なぁに?…美味しくなかった?」
「いや、美味い。そうじゃなくて、口開けろ」
「え…え!い、いいよ、私は別に…」
「隣でそんな物欲しそうな顔されたら食いづらい」
「そ、そんな顔してないもん!」
「まぁそれは冗談だ。…ほら、諦めて開けろ」
「うぅ……じゃあ」
ほっぺたを真っ赤にしながら、けれど海野は観念したらしくおずおずと口を開く。大きく開けられてはいないそこに、チョコを持った指をそっと含ませた。
指から伝わる生暖かい感触に、心臓が跳ねる。けれども指ごと食わされた海野はもっとぎょっとしたらしく、そのままチョコを俺の指から持って行くと、信じられない、と顔に書いたような目で俺を軽く睨んだ。
「んぐんぐ…しっ、志波くんっ、さっき、ゆ、ゆび…」
「…舐められたな」
「…!だ、だって!そうでないとチョコが…!でも指までなんて…!」
「……まだ付いてるぞ、指」
それは、また例によって例のごとくの悪戯心だった。何せキスもままならないし、怒った顔もかわいいという、いっそ病的とも言える気持ちの為に俺は時々こういう事を言ってしまう。
普段、さんざんお預けを喰らってるんだから、これくらいの意趣返しは大目に見てもらってもいいはずだ。
ココアパウダーとチョコが付いた指は、濡れたせいですうすうと冷たい。その冷たさが、多少なりとも理性を保たせていると言える。
「…どうする?」
「ど、どうするって…」
「これ、お前の分だろ?お前が食べろよ」
「そっ…そんなのっ…!…いい、いらない!」
「そうか」
「だって…食べるって、そ、それって、つまり…」
「別に構わないぞ、俺は。…でも、いらないなら仕方無い。じゃあこれは俺が食う事にするから」
「うわぁぁ、待って!ストップストップ!!」
口元に持っていこうとした手をがっしりと両手で掴まれる。
海野はこれ以上ないというくらいに赤くなって今度こそはっきりと俺を睨んでいた。目が涙目で、潤んでる。
「…志波くん、ホントーに私の事、好き…?」
「ああ、好きだ」
「…っ、じ、じゃあ、どうしてこんな意地悪するの…?」
「困った顔もかわいいから。それに、お前が作ってくれたチョコレート、残せないだろ?」
言っておくが全部本当だ、と付け加えると、海野は「むうぅ…」と唸るだけだった。だから、そういうのがかわいいんだって言ってるのに。
お前の自覚が無いのが悪いんだ。俺は悪くない。
とはいえ、少しイジメすぎたかもしれない。本当に嫌われたら元も子もない。
だから、冗談だと言おうとした瞬間、掴まれた手がぐいっと引っ張られた。
「え……」
――指に、絡みつく感触。
それは、たぶんほんの一瞬の出来事だったはずだが、俺にとっては随分長く感じられた。含まれて綺麗になった指を、呆然としつつ眺める。
今、俺の指を、海野が。
がたん、と隣で派手な音がする。海野が立ち上がった時に椅子が倒れた音らしい。
「ば、バレンタインだから…っ、だからなんだからね…っ!もう志波くんとはチョコレート食べないっ!」
捨て台詞よろしくそう言い残して去ったアイツを、俺はただただぼんやりと見送ることしか出来なかった。
バレンタインの日は何がしか起こる。三年目は、それはそれで忘れられない日になりそうだ。