つまりやっぱり君は僕の天使なんだ






「あのね、佐伯くん。前から聞こうと思ってたんだけど…」
「はぁ?何?」


コイツの「聞こうと思ってた」事ってのは大体がどうでもいい事だ。
「このケーキの名前なんだっけ?」とか「この間出た課題プリントっていつまで?」とか「明日、雨降るかな?」とか。

どうしようもないぼんやり質問ばっかりだが、それでも俺は律儀に全部答える(果てしなく面倒ではあるけど)。
言っておくけど、こんな質問に答えるのはお前にだけなんだからな、と言うのは心の中だけで零すことだ。どうせ言ってもきょとんとするだけなんだろうし。

ああ、まったく、どうしてこんな奴を好きになっちゃったんだろう、俺。

「ちょっと、佐伯くんってば!聞いてる?」
「聞いてるよ。今度はなんだ?何の名前がわからなくなったんだ?それとも天気予報か?」
「違うの!そういうのじゃないんだったば」


臨海公園の煉瓦道は、海風が吹いて少し寒い。なのにコイツってば薄い格好してきてさ、風邪ひいたらどうするんだ。
「ちょっと待ってってば」と言って、くい、と腕を掴まれる。それだけで、まるで心臓が掴まれたみたいだ。
いやいや落ち付け。俺ばっかりこんな風になることはない。第一、何か不公平な話じゃないか。俺ばっかり意識して、ドキドキするってのはさ。
……………いや違う。ドキドキなんてしてないって。そりゃ好きだけど、そんな、小学生かそこらのガキじゃあるまいし。


「もうっ、佐伯くんってば!」
「おわっ!何だよ、急に引っ張んなって!!」
「だって、聞いてくれないんだもん」
「だから聞いてるって言ってるだろ」


正面に回られて、真っ直ぐに見上げられる。うわ、ちょっと、いきなりそれはどうなんだ。つい、癖で合わされた視線をずらした。
別に、コイツは誰にだってこうなんだ。ためらわず、まっすぐに相手を見る。俺であろうとなかろうと。

だからこそ俺は救われて、そうしてお前の隣にいたいと思うわけだけど。

色んなもの、見透かされるような気がして(それはつまりコイツが好きだとかそういう事だけじゃなく、もっと、俺自身に関わることも含めて)
苦しくなって見てられなくなる。そして単に照れくさいっていうのもある。


「ほら、また!」
「え?な、何がだよ」


コイツの言う、「また」の意味がわからず彼女を見返すと、柔らかそうなほっぺた(だって、俺は触ったことない)を膨らませてこっちを見てる。
何だよ。俺、何かしたのか?


「佐伯くん、最近私と目合わせてくれないよね?」
「…………え」
「どうして?」


コイツ、普段はぼんやりのくせして、こんな時だけどうしてそんな事聞いてくるんだ。
いや、それよりも俺、そんなにコイツから目を合わせなかったか?全然気付かなかった。
彼女からの質問で、俺は珍しく盛大に動揺したわけだが、それでも何とか虚勢を張ってぶっきらぼうに「そんなことない」と答える。
よかった、声、裏返らなかった。


「そんなの気のせいだろ。大体、どうして俺がお前にそんな事するわけないだろ、勘違いだ」
「そうかなぁ?でもね、ちゃんと目を見るのは大事な事だよ?伝わるものも伝わらないんだから」
「…………わかってるよ」


だからこそ、合わせられないんだろ。そういうの、絶対俺のほうがわかってるよ。


「ほんとう?じゃ、ちょっと練習してみよっか?」
「何でだよ。イラナイ、そんなの」


ほら、やっぱりわかってないのはお前の方だろ。だからそんな事、のほほんと言えるんだ。
今だって、こっちは未だに心臓が煩くて、顔だって赤いんじゃないかって気が気じゃないのに。
だから、どうしてお前なんだろう。誰かに聞いて答えがわかるなら聞いてみたいもんだ。
その時、くしゅんと小さなくしゃみが聞こえた。見れば、あかりが寒そうに両腕を擦っている。

ほら見ろ。そんな薄い格好してくるから。

俺は、溜息を一つ吐いて自分のジャケットを脱いであかりに被せる。


「ほら、これ着てろ」
「え?だ、大丈夫だよ、私。それに佐伯くん、寒いでしょ?」
「お前よりマシ。ていうか、俺と出かけて風邪ひかれた、なんてヤダし」
「そ、そう?じゃあお言葉に甘えて……」
「おう、甘えとけ。礼は極まろメロンパンでいいから」
「ええっ、何ソレ!!?」


驚いて声を上げるあかりに、俺は笑う。何言ってんだ、メロンパンですむんだから、安いもんだろ。
ほんとに、世話のかかるヤツ。でも、俺はそれがこんなにも楽しくて嬉しいんだから、やっぱりお前が好きなんだな、信じられないけど。
目、合わせられなくってごめん。今度からは気を付ける。

それで、いつか、俺からもまっすぐ見れるようになるから。


「あ、そうだ佐伯くん」
「なんだよ」
「あのね、ありがとう。これ、あったかいね」
「………あ、あぁ」


………ああもう、だからさ。そういうのは反則なんだと思うわけ。
上着貸したくらいでそんな嬉しそうに笑うから、俺は目、逸らしちゃうんだけど。


「あれ、佐伯くんやっぱり寒いんじゃない?顔赤いよ?」
「ち、ちが!………あー、いや。そうだな。寒いかもな、うん。よし、じゃあ『珊瑚礁』帰るぞ。コーヒー淹れてやる」
「やった!ミルク多めでお願いします」
「お子様め」
「あっ、ひどーーい!!」
「ははっ………、ほら、行くぞ?」








煉瓦道には相変わらず海風が吹いて寒い。
けれど、俺は寒くなんてない。ちっとも。
伸ばした手の中の、小さな温もりだけで、充分だった。











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