ちょびっと補足を。

・このお話はGS1、「はばたき学園」が舞台ですのでデイジーの名前は「小波美奈子」になってます。

以上踏まえてお読みくださいませ。
































「ええっと…これは他動詞で…SVOの構文だから……」


あああもう、わかんねぇっ、と天童は英語の参考書を放り投げた。
投げた本は、小波美奈子から借りたものだ。「これで合格!英熟語1000」と背表紙にはある。
これ、すっごくわかりやすいからオススメだよと言って貸してくれた。
以前彼女が使っていたものらしく、ところどころ付箋が貼ってあったりマーカーが引っ張ってあったりして、何だかんだ言ってあいつはやっぱ優等生だなとぼんやり思う。
彼女は語学は得意らしく、良く見てもらった。初めの頃、試しにやってみた問題集の答えを見て、「…天童くん、ちょっと忘れてることが多すぎるね」と控えめながらもはっきりと言われ、それからこの参考書を貸してくれたのだ。


(………そういやコレ、借りっぱなしだったな)


はばたき学園の文化祭に行った後、あれから天童は彼女に言ったとおり、彼女に会いに行ってない。学校では授業に出て、帰って来てからは部屋に籠もって勉強する。その繰り返しだった。今夜も、夕食をとってからはずっと部屋で机に向かっている。
普段つるんでいる仲間たちには「病気になったのか」と心配されたり気味悪がられたりしたが、そんな事はどうでもいい。大学には行きたいし、その為には勉強しなければいけない。
勉強する事は元々それほど嫌いじゃない。今までやらなかったのは、何の為に勉強するのか自分でも意味を見失って自棄になっていたからだ。


(……つってもまぁ、今でもそんな立派な目標があるわけじゃねーけど)


天童は、自嘲気味に笑みを浮かべる。思い出すのは、いつだって彼女の笑顔。「天童くんならできるよ」と言ってくれた言葉。
我ながら、呆れるほどに単純だ。
頑張れるのは、彼女がいるからで、彼女に認められたい、それが一番の理由かもしれない。
彼女からも誰からも認められて、堂々と隣を歩くために。
他人から見れば笑い話かもしれないが、自分にとっては大真面目に立てた目標だ。

はば学の文化祭前、彼女に会いに行った時の周りの視線や声を、今だってはっきり覚えている。
彼女は気にしないと言ったけれど、あの時ほど、喧嘩ばかりしてきた自分を恥ずかしいと思った事はない。
何より、自分よりも彼女を笑われてる気がして、それが一番悔しかった。しかも、そうさせているのは自分なのだ。こんなカッコ悪い話はない。


「そうだよ、頑張んねーと。……ごめんな、投げたりしちまって」


床に投げ出した参考書を、そっと拾い上げる。これはただの参考書だけれど、それでも彼女の物だと思うと愛おしかった。連絡先も知らないけれど、どこか繋がっている気がする。


「……さてと!続き続き……ええっと、あ、これ、前に一緒にやった単語…」


――「ここ、何で"believe"じゃねーの?『信じる』ってコレだろ?」
――「そうなんだけど……ここはもう少し強い意味っていうか…、普通に信じるっていうより、『確信する』みたいな、強い意志が入るっていうのかな、そういう感じ」
――「……わかんねー」


だから英語なんて嫌いなんだ、とため息をつくと、彼女は少し困ったように笑った。


――「数学だったら全然引っ掛からないのに。不思議だなぁ、天童くんて」
――「だって、数学は答え決まってるだろ?それに、俺ああいうの割と好きなんだよな、理屈付けて説明すんのとか」
――「ふぅん……やっぱり興味があるかないかの差なのかな。天童くん、英語嫌い?」
――「……あんまり。だって、必要だって思った事もねーし」
――「でも、好きだなーとかカッコイイなぁって思う言葉とかってない?例えば……」


そう言って、彼女が指さしたのが、この単語だった。


――「これとか、私は好きなんだ。これってね、理屈とか根拠とかなく直感でそう思った時に使う言葉なの。なんかそういう所が好きなんだけど…って、聞いてる?」
――「き、聞いてる!!けど、そっか。お前、これ好きなんだったら俺も憶える」
――「………と言っても、これだけじゃ困るんだけど」
――「わかってるよ!………でも、お前が好きなものは、俺も憶える、全部」


あの時、自分としてはかなり気持ちを込めて言ったのだが、「その意気なら大丈夫!」なんて彼女は暢気に笑っていた。勉強は出来ても、その辺りは鈍いらしい。
思い出したら、少し笑えて、会いたくなった。会いに行かないと決めたその日から、その想いはずっと消えない。


会いたい。会って話したい。笑顔が見たい。笑顔じゃなくても怒った顔でも何でもいいから見たい。声が聞きたい。
今頃、何してんのかな。やっぱ勉強かな。頑張りすぎてねーといいけど。なんか無理しそうだから、アイツ。
気が付けば、彼女の事ばかり考えている。


(………俺のこと)


俺のこと、ちょっとくらいは思い出す時もあるかな。俺は、お前のこと考えない日なんてないんだぜ。


「………って、何考えてんだ、俺」


ぶるぶると頭を振って、参考書のページを捲って次を見る。さっきの単語は、あの時に憶えてしまったからもう絶対に忘れない。


大丈夫。俺はちゃんと一人でも頑張れる。それで、頑張って、お前に会いに行くんだ、絶対。
「天童くんならできるよ」って、言ってくれたから。だから、俺はやっと自分を信じられる。





「理屈とかじゃなくて『信じる』、だよな」






















I'll trust her for what she says ――僕は彼女の言う事を信じている