おまえの笑顔が見たい。
いつからか、そう思うようになって。
それはすぐに、おまえの全部を独占したいって気持ちに、変わってた。
そいつが叶う日は、いつか来るのか。
そうなるためには、どうすりゃいいのか。
授業中はもちろん。
眠りに落ちる前。
部活中はさすがにそっちに集中するが。
独りになると、とたんに。
走ってる時も。
素振りの間も。
筋トレしてる最中さえも。
考えずには、いられない。
だけど。
その日は、いきなりやってきた。
本当に、呆れちまうほど。ごく、唐突に。
*
「志波くーん」
昼休み。1階の廊下を歩いてるとこを、呼び止められた。
ぱたぱたと、走り寄って来るのは、オレが惚れてるヤツ。
思わず、口元が緩む。
「そんなに急いで、どうした?」
やたら嬉しそうな顔してる。何かいいことでもあったのか。
そう思ってたら。
「これ、誕生日プレゼントなの。はい!」
と、後ろ手に隠していたものを、オレの方へと差し出す。
「……覚えてたのか」
「うん、もちろん! おめでとう!」
「ああ。サンキュー」
実のところ、すっかり忘れてた。自分の誕生日なんて。
けど。
その見覚えのあるシチュエーションに、去年の今日のことを思い出す。
そうだ。去年もおまえはそうやって、オレにプレゼントを持ってきてくれた。
でも、決定的に違うな。感じ方。
その時のオレは、おまえからプレゼントをもらえるなんて、ちっとも思ってなかったし、正直、もらって嬉しかったのだって、開けた中身が欲しかったものだったからだ。
だけど。
今は、全くの逆だ。
今のオレだったら、おまえがくれるものなら、たとえば道端の小石だって喜ぶだろう。
それぐらい、去年と今では全然違う。
目の前に差し出されたそれは、一通の便箋。
女が好んで使いそうなパステルピンクのそれには、赤いハートマークのシールで封がしてある。
なんというか……見た目はベタな感じだが。
ラブレター……じゃないな。
こいつに限って、それはありえない。絶対に。
断言できる自分が、少し哀れなくらいだ。
……まあ、なんだっていい。
おまえからプレゼントもらえるってだけで、充分だ。
「もらっても……ここで開けてもいいのか?」
「もちろん、どうぞ!」
頷いたのを見届けてから、なるべく丁寧に封を開ける。
中に入ってるのは……どうやら写真みたいだ。
写真がプレゼント?
不思議に思って、オレは内心首を傾げる。
指紋をつけないように、なるべく端を持って、便箋から引き出してみると。
切り取られたその画。
どこかの教室の一画。
黒板を背にこちらを向いて、いつも通りの開けっぴろげな笑顔で写ってる、バストショットのおまえ。
その下には。
ポスターカラーか?
ピンク色の文字で書かれてる、平仮名三つ。
『わたし』。
……わたし?
その意図を想像して、一瞬だけ思考が完全に停止した。
くれるのか。
おまえを?
だとしたら、これ以上はない。
最高の、誕生日プレゼントだ。
そう思いはするが。
けど、オレだってそう単純じゃない。
こういった方面で、こいつがこんな気の利いたことをするとは、到底思えない。
この前の休日だって、こいつの邪気の無い言動にさんざん振り回されたあげく、オレだけ空回って帰ってきたばかりだ。
その時には、こんな行動に出るような雰囲気は、みじんも感じられなかった。
真意をはかりかねて視線をあげると、すぐ先の教室の入口のところで、何やらオーバーゼスチャーを送ってきてる女が見えた。
あれは、西本だな……。
こいつと仲良かったはずだ、確か。
そして、その西本の手にはノートが握られてて、こちらに向けられてるそれには、赤いマジックででかでかと「GO!」と書かれてた。
驚いた。少し。
でも、すぐにオレは軽く西本に頷いてみせる。
……了解。
降ってわいたような絶好のチャンス。
きっかけになる理由があれば、充分だ。それだけで。
それに、今日は誕生日だしな(忘れてたが)。
もういい加減、そろそろはっきりさせたいと思ってた。
どうして、おまえがオレに構ってくるのか。
2人きりのとき、おまえがどういうつもりでオレに触れてくるのか。
おまえにとってオレはなんなのか。
わかってるのは、ただ待っててもおまえは手に入らねぇってこと。
だから。
オレは視線を戻すと、かっさらうようにして、目の前のそいつを自分の方へと抱き寄せた。
あたたかくて、やわらかくて、ちいさいその身体。
そいつを抱く腕に過剰に力が入りそうになるのを、必死で抑えなきゃならないのが、正直ツラい。
「え? え? な、なに??? どうしたの!?」
胸のあたりから、くぐもったような声。
もぞもぞ動くのが、くすぐったい。
「くれるんだろ、これ」
とりあえず、ぼかして言ってみる。
「え? くれるって、プレゼント? そ、そうだけど、それで、なんでこうなるの?!」
まったく合点がいかない、という感じの声音。
「ちょ、志波くん! は、離してよ!」
「いやだ」
腹の当たりに反発力を感じるけど、そんなんで離れられると思ってんのか。
「無駄な抵抗だな」
教えてやってるのに、それでもまだ暴れようとするので、少し抱く力を強める。
ざわっと、周辺の空気がざわめきたつのが感じられる。
そういえば、廊下だったか。ここは。
「め、目立っちゃってるよ! みんな見てるよ! って、よく見えないけど!」
「別に、構わない。一度もらったもんはもう返さねぇから、離すつもりもない」
きっぱり言って、抱く腕はそのままに、目の前に例の写真を掲げてやる。
オレの切り札で、おまえにとっての最後通牒だ。
それを見ると、ぴたりと、じたばたする動きが止まった。
脇から覗き込むと、目の前にあるものが信じられない、と言いたげなその表情。
やっぱりな、と思う。
想像するに、西本に中身をすり替えられたってとこか。
……ナイスアシスト。
とにかく、まずはきっちり、この最高のプレゼントの礼を言わないとな。
だから、もっとよく見せてくれ、顔。
そう思って、オレは自分の空いてる方の手を持ち上げて。
呆然としてるその柔らかな輪郭に、指先だけで触れてみる。
なぞった先にある、形のいいあご。
そこに親指をあてて、少しだけ力をいれて、そっと上向かせてみれば。
一瞬にして、ゆでだこみたいに真っ赤になる頬。
途方にくれたように頼りなげな表情。
まるで、迷子のガキみたいな。
なのに、潤んでる大きな瞳と、物問いたげに小さく開いた口元だけが、妙な具合に蟲惑的で。
止められなくなりそうだ。いろいろと。
ふと、これまでにない強い視線を感じて、目を左右に走らせると。
今にも殴り掛かってきそうな顔、それをなんとか抑えて見守ってるって感じのヤツらが、何人か目に入る。
佐伯に……針谷に。あっちにいるのは、クリスか。
悪いな、今日はオレの誕生日なんだ。
お呼びじゃない。おまえらは。
あいつらがいるなら、ちょうどいい。
オレはさらに決心を固めて囁いた。
「オレの欲しいもの、よくわかったな」
ずっと欲しかった。おまえが。
「ありがとう。……大切にする」
そう言って、名残惜しく思いつつあごから手を離し、背中を抱いてた腕を緩めると、上がった自由度にほっとしたような顔になるこいつ。
そんな顔をされると、少々気勢をそがれるが。
悪いな。色々決めちまいたいんだ。今ここで。
だから。
文句を言いたげに、むくれた顔が上を向いたの機に、素早く顔を寄せる。
抵抗を予測して捕まえた細い両手首は、思ったより大人しくて。
かぶさるオレの影に、一瞬だけ見開かれるその瞳。
「!!!」
それがすぐに、焦ったようにぎゅっと閉じられる。
ぶつかると思ってるな、これは。
……当たり。
「アァッ!」
「んがぁーーーーー!!」
「あっか〜〜〜ん!!!」
とかなんとか、聞き覚えの在る絶叫が聴こえて来たけど、綺麗に無視して、覆いかぶせるように、目の前のその唇を塞ぐ。
「っ〜〜〜!!!」
「…………」
……夢にまで見た、その接触は。
カラダの触覚を、みんなもってかれちまうみたいに快感で。
思わず、忘れそうになる。何もかも。
想像を遥かに超えた、柔らかくて温かな感触。
それに触発されて、この場で唇を割ってみたくなる誘惑。
けど。
微かに伝わって来る甘い反応を思えば。
グッとガマンするしかない。
おまえのそんなリアクション、これ以上他のヤツに、見せるわけにはいかないから。
仕方ねぇ。
英雄的努力で唇を離すと、そのすべてを周りから隠すようにして、もう一度おまえを腕の中に閉じ込めた。
もう離さない。絶対に。
「……もう、オレのもんだ。やらない。誰にも」
そう強気の宣言をしてみたものの。
少々反応が怖いのも確かで。
おそるおそるその顔を覗き込んでみると。
ひとりで百面相をしているおまえが、目に入る。
むっとしたり、怒髪天を突くような顔になったり、あれっ? と何かに気がついたような素振りを見せたり、ん? と眉根を寄せたりして、大忙しだ。
オレは必死で笑いをかみ殺す。
ほんと、おもしろいヤツ。
けど。
しばらくして、その表情の変化の最終形態が、恥ずかしそうな笑顔に落ち着いたのを見て、ようやくほっとする。
ひっぱたかれも、罵倒もされないってことは、脈ありって思っても……かまわねぇよな?
決定的な返事、聞かないとな。
そう思ったのに。
「な、何をしているんだ、君たち! 離れたまえ!!」
開けられた窓の外から聴こえる怒鳴り声。
見覚えのある顔が、こちらを指差して、仁王立ちになってやがる。
……氷上か。
遠目から見ても、血相変えてわなわな震えてるのが判る。
腕には相変わらず、風紀委員と書かれた腕章。
……そうか、今、乱しちまったか、風紀。
呑気に考えていたのもつかの間、ヤツが背中を向けて、下駄箱の方へ駆けて行くのが見えた。
あれはこっちに来るつもりだな。
面倒なことになりそうだ。
いいところだってのに、説教に時間をとられるのは、ごめんだ。
オレは軽く舌打ちして、指先に挿んだままでいた便箋と写真を、ズボンのポケットに突っ込んだ。
「……逃げるぞ。走れるか?」
「え?」
オレに訊かれて、あわてながらも、確かめるようにその場で足踏みして見せるこいつ。
なんだかふらふらしてる。この足付きじゃ、どうもダッシュは無理そうだ。
オレのせいだ、と言いたげな、下から恨めしそうにねめつけて来る視線には、気がつかない振り。
仕方ねぇな、と我ながらわざとらしく呟いて、小さな背中と膝の裏に腕を差し入れて、よっ、とばかりにすくいあげた。
「!……」
軽い。これなら楽勝だ。
「!! ちょ、お、おろしてよーーー!」
「走れねぇなら、抱えるしかねぇだろ」
しれっと言ってやると、なにやらぶうたれた顔で難癖をつけてくる。
「だ、だいたい、わたしを抱えたままで、逃げ切れるわけないよ」
「ハァ……」
おろして、とばかりに手足をばたつかせる様子に、思わず溜め息。
やれやれ、随分となめられたもんだな。
「オレを誰だと思ってる?」
伊達に毎日、ハードなトレーニングこなしてるわけじゃない。
「氷上相手に捕まるような鍛え方は、してねぇ」
それに。
「今ならどいつが相手だろうと、負ける気はしねぇ。なにしろ、オレのもんになったんだからな。おまえが」
断言して、それを合図にスタートを切る。
周辺の、知ったヤツらからの視線が心地いい。
サンキュー、西本。今度マジでおごる。
じゃあな、佐伯。
悪いな、針谷。
勘弁しろ、クリス。
おまえらには、随分やきもきさせられたけど、それも今日で終わりだ。
こいつの出方やら周りの目やらを気にして、オレを止めにも入れないようなヤツに。
こいつはやれねぇ。オレがもらってく。
腕の中に負荷があるなんて信じられないくらい、身体が軽い。
どこまでも走れそうな、なんでも手に入りそうな気分。
力がわいてくる。
あとからあとから。
とめどなく。
風になったように廊下を駆け抜けて、人気の少ない特別教室方面へと向かう。
つきあたりの階段を、三段飛ばしで駆け上がった。
途中の踊り場で、様子見と休憩を兼ねてストップする。
大事な用事も、早いとこ済ませないとな。
「最高の誕生日だな」
すっかり大人しくなった、腕の中の姫に声をかけると。
「ああ、そう。よかったね」
拗ねたような声がかえってきた。
ガキみたいに唇をとがらせてる様子が、なんとも言えず微笑ましい。
そんな仕草すら、たまらなく愛おしいと思わずにいられないのは、立派に末期的症状か。
走ったくらいじゃびくともしなかった心臓が、大きく跳ねるのを自覚しながら、オレは言った。
「遅くなっちまったけど」
「なに?」
「好きだ、おまえが」
「!」
「……おまえは?」
じっと見つめて宣告を待つ。
あれだけやらかしといて今更だろ、と思うけど、やっぱり緊張するもんだな。
そして、聴こえてきた答えは。
「……わたしも、好き」
その一言で、柄にもなくマジで泣きそうになった。
「サンキュー」
そう言いながら、グッときちまってるのをごまかすために視線を伏せると。
目に映るのは、今までオレが触れた中で、この世で一番やわらかくて甘いもの。
もう一度確かめたくなって、ほとんど誘われるようにして、顔を寄せる。
悪ぃけど、今度は加減、利きそうもねぇ……。
なのに。
『こらーーー!! ま、まち、待ちたまえーーー!』と。
風紀委員のデカイ声がして、廊下を駆けて来る足音がばたばたと迫って来る。
フゥ……と、溜め息。
雰囲気ぶち壊しだ。
まだ邪魔するか。
「廊下を走るのは、校則違反じゃなかったのか」
「……緊急事態だもん。パトカーと同じなんじゃない。氷上くん、仕事熱心だから」
おまえはそんなふうに言うけど。
あの剣幕は、それだけじゃないだろうな。
オレは納得して頷く。
「意外にしつこい。私情が入ってるな。あれは」
あいつもお仲間だったってわけだ。
「私情?」
意味が通らない、という風に、けげんな顔をする鈍さは、相変わらず健在だ。
「なんでもない。気にするな」
よし。大事な確認作業も終わったし、そろそろ行くか。
オレは、再度足に力を込める。
逃げ切ったら、じっくりさっきの続きだな。
幸い、人目につかない昼寝スポットだったら、いくらでも心当たりが在る。
オレは、アタマの中で場所を検索しながら、腕の中に幸せを抱えてひた走る。
そう。
何しろ、年に一度の誕生日。
おまけに、まだ今日が終わるまでには、たっぷり時間がある。
つまり。
お楽しみは、これからだ。
*** Happy Birthday to Katsumi !!! ***





"お礼に代えて"
「錠前ノ向コウ側」のアサマ・ギドウ様より。
「志波くんお誕生日おめでとう!」ということで、尊敬申し上げる文字書きさんの一人でいらっしゃいますアサマさまの志波くんのお話です。
「フリー配布」とありましたので早速アビリティ「ぶんどる」発動で頂いて参りました。
このシーンを是非アニメ化だかドラマ化だかで観たい!!と本気で思いました、それくらい動きが感じられるのです、凄い…!!
志波くんのカッコよさとデイジーのかわいさは言うまでもなく。なんだってこうアサマさまの書かれる志波くんは文句なしに男前なんだろうか!!
ありがとうございました!!