羽ヶ崎学園文化祭
第一幕
広い城内の庭を志波は一人歩いていた。
ざり、ざり、と草履が土を踏む音だけが小さく響く。どこへ向かっているわけではなかった。ここのところ春だというのに雨天が続き、気が滅入っていたところ、今日は久しぶりに太陽が雲の切れ間から顔を出したので外を歩く気分になっただけのことだ。
庭のあちこちで春の花がいっせいに咲き誇っていた。桜は十日ほど前に終わり、今は八重が満開だ。落ちた花びらが地面を桃色に染めている。志波は花の名前などそれくらいしか知る由もなかったが、この庭の持ち主はきっとここに咲き乱れるあれもこれもなんという名なのか知っているのだろう。
志波はぼんやりと思い出した。志波にとっては太陽と同じような存在の、この庭の持ち主のことを。
「志波さま。志波さまではありませぬか」
「姫」
背後から声をかけられて、志波は振り返るととっさに膝を折った。目を伏せる。頭を垂れると、志波の目には彼女の着物の裾ですら目に入ることはかなわない。
志波に声をかけたのは、つい今し方志波が脳裏に思い浮かべていたこの庭の持ち主、つまりはこの城の主の一人娘、あかりだった。侍女を一人連れ、志波の前に立っている。
「お久しぶりですね。半年振り……ほどでしょうか」
「はっ。あなた様のお力添えによりでこの城に出仕することが叶いましたのに、ご挨拶にも伺えぬ不義理を致しまして申し訳ございません」
「いえ、いいのです。初めてこの城に入ったのですから、なにかと大変でしたでしょう。もう、お城には慣れましたか」
「この身に余るほどの大役を仰せつかっております。姫様のため、殿のためこの身を尽くしてまいります」
「ありがとうございます」
姫の言葉に、志波はさらに深く頭を垂れた。
「しかし、やはりなにを差し置いても姫様のところへ御礼申し上げに参るのが道理でございました。大変申し訳ございません」
「いいのです、志波さま、それよりお顔を見せてくださいませ」
「いえ、そのようなわけには」
姫は土の上に膝をついて深々と頭を垂れる志波を上から見つめるしかなかった。
久しぶりに晴れたので、気分もよいからと庭の花の見物でもしようと奥の部屋からこちらの庭へわたってきたところだった。ここは彼女のために造られた庭で、それこそ今が一年中で一番いい時期だった。春は、たくさんの花が一斉に咲いて、緑が芽吹く。
少しだけ考えて、姫はぱっと両手を合わせた。いいことを考えた。
「志波さま、それではお花見を致しましょう」
「は、……花見、ですか?」
「ええ。ねえ、いいでしょう。こんなにお花が綺麗なんですもの。おいしいお食事でも食べながら。ね?」
姫の後ろに控えていた侍女は「また、姫様の思い付きが始まったわ」とは思ったが顔には出さずににっこりと微笑んだ。
「楽しそうですわね。早速手配いたしましょう」
「志波さま、ご招待いたしますわ。お花見に来ていただけますわね?」
「……そ、そのような、恐れ多いこと」
「志波さま。わたくしは、半年もの間そなたに会うこと叶わずに、寂しかったのですよ?」
「ひ、ひめさま……」
志波が思わず顔を上げると、姫は上等な着物の裾で涙をぬぐう振りをしてよよと泣き崩れていた。そこへ後ろに控えていた侍女がさっとその肩を支える。
「おいたわしや、姫さま。志波さま、こんなにも弱っておられる姫さまのお願い、どうしても聞いては下さらぬのか」
「いえ……あの、そのような」
「いいのです。わたくしは志波さまに嫌われてしまったのですわ……よよよ」
「姫さま……おかわいそうに」
この姫は、いつもこうだ。こうして、俺の心をかき乱して。
半年前のあの時だってそうだったんだ。この調子で乗せられて、それが演技だって分かっているのに俺はそれでも放っては置けなくて。
気づいたときには頷いている。あなたの言うとおりにするから、笑ってくれと頼みたくなっているんだ。
「姫、申し訳ございません。私にできることは何でも致します。ですから、どうかそのように泣かないでくださいませ」
志波がおろおろしながらそう言うと、姫はにっこりと笑ってくれた。それはこの庭のどの花よりもまぶしくて、どの花よりも志波の心に鮮烈な記憶を植えつけた。
「楽しみですわね。志波さま、きっといらしてくださいますね?」
そう微笑まれては志波に断る術などなかった。
太陽のようにまぶしい笑顔に目を細め、志波は再び深く頭を下げた。まるで、これ以上見てはいけないとでも言うような仕草だった。
2009/05/13
aikaさまへ! 「少年アイカ」1周年おめでとうございます!
ゆうきより。




"お礼に代えて"
「恋煩い」のゆうき様から頂きました、「羽学文化祭学演劇、主演:志波勝己 編」です。
これを頂いた時の私のテンションの上がりようと言ったら…。どうしてこうもゆうきさんはタイムリーに私の萌えツボをつかれてくるのか!
整体師並みの正確さでドツボついてこられます。by ぱっつぁん。
志波侍の渋かっこよさと、デイジー姫のかわいさと言ったら言葉にできません。もう、この城の女中になりたい。馬番でも何でもいいよ!
是非とも、志波さまと姫の恋物語を障子の蔭からこっそりと見つめたい、のぞきたい…!
そして、二人の台詞もですが、文章が何て美しいのだろうと。
やはりね、こうでなければね!こう、読んでいてまるで目の前に二人がいるかのごとく!美しき庭に立っているかのごとく!
いつもながら尊敬します。
さて、この穏やかな日常を送る二人が今後どうなっていくのか…!皆で続きを待ちましょうね!(勝手に)(でも、私は待ってる)
本当に、ありがとうございました!