君に魅入る? ヒイキニミイル?
 
 
  
いつもいつも、氷上くんには悪いなあって思ってるんだ。 
 だって、氷上くんはとっても成績優秀で、いつもテスト結果発表だと一番とか二番とか。氷上くんの名前はわたしの名前のはるかずぅーっと上のほうに燦然と輝いているんだもん。 
 わたしなんか、はね学に入学してからずっと成績発表の張り出しの紙の一番最後の紙に名前が載ってる、いわゆる「最終グループ」っていわれる一番最下位集団。もう、氷上くんの名前のところまで行くのに四歩も五歩も離れてるところ。 
       ああいうの見ると、遠い存在なんだなあ、って思っちゃうんだよね。だって物理的に遠いんだもん。わたしなんか、絶対絶対に釣り合いが取れないって実感するのに。 
 でも、そう思っても好きって気持ちは止められなくて、迷惑だよね、ごめんね、って思いながら甘えちゃってる自分がいる。 
 
「……で。この言葉がここにかかってくるわけだ。ほら、ここに珍しいのが出てきた。ラ行変格活用だ」 
「ラギョウヘンカクカツヨウ? って、なんだっけ?」 
「ラ行変格活用も忘れてしまったのかい?」 
「うぅ……、ごめんね」 
 
 氷上くんのシャーペンが教科書の例文をぐるりと囲む。そういえば「教科書はきれいに使っていても意味がないぞ。書き込んだり線を引いたりして使い易くわかりやすくしてこそ、教科書の存在価値がある」と言っていたのを思い出す。 
 うう……、氷上くんの言葉だったら何でも覚えているのに、どうして先生が言ってたことは覚えてないんだろ。 
 
「謝ることはない。何度でも覚えなおせばいいんだ」 
「う……うん」 
 
 そうは言うけど。こうして氷上くんの貴重な時間も使ってしまってるのに、何度も何度も同じ説明をさせてしまって申し訳ない気分になる。このときほど、自分がばかなのを後悔するときはない。もっとちゃんと勉強しとけばよかった。 
 あたふたするわたしに、氷上くんは慌てず騒がず、参考書のページをめくってくれた。けれど、目的のページは見せてくれない。 
 
「ラ行変格活用は……これなら覚えているかな。『アリヲリハベリ』だ。もうひとつ覚えているかい?」 
「あっ。知ってる! 『イマソカリ』だよね!」 
「そう。覚えてるじゃないか」 
「そっかぁ。これがラ行変格活用ね。覚えた」 
「じゃあついでに、上一段活用は覚えてるかい? こっちも数が少ないから覚え方を教えたはずだけど」 
「うーんと……あっ、もしかして『ヒイキニミイル』?」 
「そう。ちゃんと覚えてるね。上出来だよ」 
 
 ……わぁ。氷上くんにほめられちゃった。ニコッって笑ってくれて、それだけでほんわり嬉しくなっちゃう。 
 氷上くんにもっとほめられたいから勉強がんばるぞ、って言ったら、氷上くんは呆れるかなあ。でも、そういうのだってありだと思わない? ……やっぱりダメかなあ。 
 
「氷上くんが教えてくれたことだから、覚えてるんだよ」 
「そうかい? でも、願わくば先生の仰ったことも覚えていてほしいものだね。せっかく、僕らのために教えてくださっているのだから」 
      「そっか。……ねえ氷上くん、『ヒイキニミイル』ってなに? なにに見入るの? キレイなもの?」 
 
 わたしがやる気を出してそう尋ねると、氷上くんはガクっ、とずっこけるのだった。 
 
「き……君はやっぱり基礎から学習しなおす必要がありそうだね」 
 
 あ……あれ? ちがったのかな? 
 
 
「ねえ、氷上くん」 
 
 さっき開いた参考書のページにラインマーカーを引きながら『ヒイキニミイル』についていろいろ説明してくれてる氷上くんの横顔に向かって話しかけてみる。 
       ちなみに氷上くんが持ってるラインマーカーは黄緑色のもので、それは氷上くんが好きな色(一番好きなのは白って言ってたけど、白のラインマーカーはないから)。わたしたちで決めた、黄緑色はここのページを見たのは二回目だよ、って印。わたしたちだけのしるし。 
 
「ん? なんだい? 分かりにくい説明があったかな」 
「うぅん、大丈夫。ねえ、氷上くんはどうして勉強するの?」 
「いろいろな知識を身につけるのは楽しいし、知らなかったことを知るのは楽しい。それに」 
「それに? まだ何かあるの?」 
「よく出来たら誰かにほめられるだろう? 小さい頃は、それがとても嬉しかったな」 
 
 メガネの奥の氷上くんの目はキラキラ輝いてた。 
       なんだ、氷上くんもわたしと一緒なんだ。そう思うと安心したし、いままであんまり興味が持てなかった勉強もちょっとはがんばろうかな、って思った。そんなの、テストの前だけだけどね。 
 
「ねえ氷上くん」 
「またかい? なんだい」 
「あのさ、わたしもほめられたら嬉しい」 
「そうか。人間誰しも怒られるよりはほめられたほうが嬉しいものだろうな」 
 
 ……もう、氷上くんてば、分かってないんだから。氷上くんにほめられるから嬉しいのになあ。 
 わたしが言葉にしないせいもあるけれど、ちっとも伝わらないこの気持ち。けれど、こうして氷上くんの時間を独り占めできるのだってわたしにとってはご褒美だもんね。 
 本当は、氷上くんと一緒に勉強したいって思ってる子が男の子も女の子もたくさんいるのは知ってるけれど、知らない振りをしてる。みんなにごめんね、って心の中で謝ってるんだ。 
 わたし、悪い子だね。ばかだけじゃなくて悪い子だから、氷上くんに嫌われちゃうかな。 
 
「わたしもほめられたいな。今度のテストでいい点取ったら、氷上くんほめてくれる? いーこいーこ、って」 
「えっ?」 
 
 言うと、氷上くんはぎょっとしたようにこちらを向いた。いつも大真面目な顔が、なんだかすごく驚いたような顔をしている。 
 ……あれ? わたし、なんか変なこと言ったかな? 大丈夫だよね、好きとか言ってないもんね? 
 わたしが何も言わないでじっと見ていると、氷上くんは慌てて目をそらしてしまった。 
 
「ま、まあ、そうだな、勉強に対するモチベーションを高く保つというのはいいことだろうな、それで君がやる気になってくれるのなら安いものだ」 
「やったぁ。じゃあ、ご褒美ね。よし、がんばっちゃう!」 
「ご、ご褒美とは……いったい……」 
「よーし、さあ氷上くん次、行ってみよう!」 
 
 憂鬱だったテスト勉強もなぜか楽しいものに思えてくる。 
 氷上くんと一緒にいると新しいことの発見ばっかり。わたしの知らないことをたくさん知ってるし、それをひけらかすわけじゃなく、何も知らないわたしを馬鹿にすることもなく教えてくれる。そんな氷上くんがわたしは大好き。 
 氷上くんと釣り合わないのは十分わかってるけど、でもやっぱり好きなんだ! 
 
 
       
        ++++ 
       
       
       
        テスト結果を張り出した紙の前で、わたしはそわそわしながらその人が来るのを待っていた。 
 もう、なにやってるんだろう。気になってすぐに見に来てくれてもいいのにな。 
 そんなことを思いながら人ごみの中をきょろきょろしていたら、やっと目的の姿がやってくるのが見えた。 
 
「氷上くん!」 
 
 ぶんぶんと大きく手を振ると、彼はこちらに気づいたようでゆっくりとした足取りでこっちにやってきてくれた。 
 あっ、わたし今、大きい声出しちゃったけどそれって校則違反じゃなかったかな。氷上くんは何も言わないから大丈夫なのかな。 
 なんとなく安心すると、近くに来てくれた氷上くんに向かって拍手しながら言った。 
 
「氷上くん、1位! おめでとう!」 
「ありがとう。……まだ、自分で確認はしていなかったんだけれどね。君があまりにも大きな声で呼ぶから」 
「えへへ、ごめんね。校則違反じゃなかった?」 
「校則に大きな声を出してはいけないという項目はない。ただ、常識的にあまり大きな声は慎むように」 
「はぁい」 
 
 良かった。校則違反じゃなかったんだ。氷上くんって校則、全部覚えてるのかな。すごいなぁ。 
 あっ、それよりも言わなきゃならないことがある! 
 
「ねえ氷上くん。わたし、どうだったと思う?」 
「その様子では、ずいぶん良かったんじゃないかい?」 
「えへへ。やったよ。最終グループから脱出できたよ!」 
      「そうかぁ……。おめでとう。正直これくらいで満足してもらっては困るのだけれど、よくがんばったね」 
「わぁ〜い。ねえ、いい成績だったらご褒美くれるって約束だよね? わたし、いい成績だよね?」 
 
 氷上くんの顔を見上げる。彼はちょっと困ったような顔をしていたけれど、うん、と大きく頷いてくれた。 
 
「約束だったからな、いいだろう。なにか、望みがあったら言ってくれたまえ」 
「じゃあ、……デート一回!」 
「えっ……ええええっ!?」 
 
 
 
 
 
aikaさまへ 
ありがとうございました! 
 
 
 
 
 
 
 
 
  
      
"お礼に代えて"
  
「恋煩い」のゆうき様から頂きました氷上主話です! 
ゆうきさんのサイト「恋煩い」が一周年記念のリクエスト企画で、リクさせて頂きました。
  
ゆうきさんは言うまでもなく赤城主書きさまなのですが、「学力パラ低めのデイジーと氷上の甘甘な話」をお願いしました。 
よ、読みたかったんだ…!氷上デイジーがカシコデイジーなのはもちろん知ってますがでも読みたかったんだ…! 
自分が書くだけじゃ足りなかったんだ…! 
というわけで、ゆうきさんにわがままを言ってお願いを叶えて頂きました。しかも素敵なオマケ付きなのですよこれは!なんて良い人…!
  
もう、このあほっぽいデイジーがかわいくてなりません。考えてもよくわからないけどとにかく氷上くんが大好きで、 
そして氷上くんはそんなデイジーを時々驚かされつつも見守っていればいいと思う。そして惹かれればいいと思う。 
このお話の氷上くんのようにね!「何度でも覚えなおせばいい」って何度もいってあげればいいよ!なんて優しいんだ!萌える!!
  
それにしても、いつも思うのですがゆうきさんは何だってこんなかわいいデイジーをすんなりと書かれるのか…! 
男の子たちだって大好きですが、ゆうきさんの書かれる女の子は本当にかわいい。意識的でも無意識でもかわいいったらかわいい。 
そして、どのキャラでもゆうきさんのお話で違和感を持った事はありません。普段のキャラ考の深さには脱帽です。尊敬しています。
  
かわいい氷上主を本当に、ありがとうございました! 
 
 
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