ちょびっと補足を。

・このお話はGS1、「はばたき学園」が舞台ですのでデイジーの名前は「小波美奈子」になってます。

ま、それだけなのですが、以上踏まえてお読みくださいませ。














廊下で出会うキミ






最近、悩んでいることがある。


「そんなのさぁ、アンタが悩むことないじゃん?ほっとけばいいじゃない」
「うん、まぁそうなんだけど……」


奈津実ちゃんはそう言ってくれるけど、私としては割と問題だ。
今の学年になってから、私は何故かクラス委員だなんてものに任命されてしまった。クラス委員だなんて名前は立派だけれど、結局のところ雑用係だと思う。
しかもうちはあの氷室学級。何かにつけ面倒な事はみんな直ぐに私に頼んでくる。
そりゃあ私はクラス委員で、頼まれたなら何とかしてあげたいって思うけれど。

……ええっと、話が逸れちゃった。今、悩んでいるのはそういう事ではなく。同じクラスの鈴鹿くんのことだ。
鈴鹿くんはバスケ部で、いつもすごくバスケを頑張っている。それは知ってる。私も奈津実ちゃんと同じチア部で、だから応援する時もあるんだけど、そういう時の鈴鹿くんは本当に生き生きしてて輝いてるって感じ。かっこいいと思う。
でも、普段の鈴鹿くんは、正直、わからない。わからない、というより、困る。

授業で課題のプリントが出ると、そういうのは大抵クラス委員が集めて提出、という風になるのだけど、そんな時、最後まで出ないのが大体いつも鈴鹿くんなのだ。
たぶん、提出してもらったこと、ないと思う。
うちの学校でそういう人って珍しいから、単に忘れてるのかなと思って訊いてみたら、本当に出す気がなく、やってもないらしい。
そのうえ、「適当に言っといてくれればいいだろ、クラス委員なんだから」とかって私が悪いみたいに言うのだ。
「俺はバスケで忙しいし、ベンキョーなんて必要無ぇよ」というのが鈴鹿くんの言い分なんだけど、それは私にじゃなく、あの苦虫噛み潰したみたいな表情してる氷室先生の前で言ってほしい。


とにかく、私としては鈴鹿くんにちゃんとプリント出してほしい(中身はもう適当でもいいから)と思うのだけど、その度に逃げられたり文句言われたり、散々だ。


「あー…、なんか、自信無くすなぁ……」
「どうしてよ!?鈴鹿のバカの事で悩むことなんかないって!」
「でも……」


だって、そもそもやる気がないのもそうだけど、何だかわざと提出しないようにしてるんじゃないかって思う時があるんだよね。
私が行くから出さない、みたいな。
でも、だとするとすごくショックだ。嫌われるのって、誰に言われても悲しいけれど、鈴鹿くんにそう思われてるのだとしたら、特別悲しい。
それは、心の中だけで思うことだけど。

私にとって、鈴鹿くんが「そういう人」だというのはまだ誰にも内緒だ。

奈津実ちゃんは「考えすぎだよ!」とナイナイ、と片手を左右に振る。


「あいつはね、誰に何言われてもああなのよ。バカ!バスケバカなの!!だから、いい加減、美奈子も鈴鹿の事で悩むのなんてやめな」
「うん……あ」


顔を上げた先には、話題の人物がバッシュ片手に廊下をぶらぶらと歩いているのが見えた。


「ちょっと、行ってくるね」
「何なら一緒に行ったげようか?」
「ううん、大丈夫!」








最近、悩んでいることがある。


悩むなんて、ガラじゃねぇのはわかってるけど、これはたぶん、悩んでることになると思う。
同じクラスに、小波美奈子ってのがいる。クラス委員でチア部で、だから、バスケの試合の時なんかよく見かける。
何つか、それまであんまり応援とか気にしたことはなかったけど、あいつに応援してもらうと不思議と力が出るっていうか、何かやたら調子良いんだ。
一回、声掛けられた事がある。「鈴鹿くん、凄いんだね。すっごくカッコ良かった!」って。
たぶん、あいつはそう思ったから言っただけだろうし、俺がバスケすげぇのはアタリマエだけど、それでも、その言葉はよく憶えてる。


……あー、違う。そんなんはどうでもよくて。いやどうでもよくはねーんだけど。
とにかく、チア部でもあるがクラス委員でもあるという、つまり割と(ていうかカナリ)優等生のアイツと俺は、バスケの試合でも無けりゃ話す事もない。
だって、俺は勉強できねーし、普段女とつるまねーし。
そんな俺とアイツが話す機会は、唯一、俺がまるっきり提出しねぇ課題プリントの話くらいだった。
口うるさく言われるのは正直ハラタつんだけど、話ができるのはちっと嬉しい。色々話したいし、声も聞きてぇし、でもまさかそんな事言えるわけもなくて結局俺は憎まれ口みたいな事しか言えねぇんだ。
そうなると、当然だが、アイツは淋しそうな顔をする。それを見て俺は物凄く後悔する。そうじゃなくて、俺はオマエにそんな顔させたいわけじゃなくて。
……要は、俺が課題プリントをちゃんとやればいいだけの話だが、そうすっと話す機会すら無くなる気がして元々やる気がないのに、ますます遠ざかる。



「鈴鹿くん」
「うわっ……な、なんだオマエかよ、驚かせんな」


凛と響く声に、思わず背筋が伸びる。何となく、遠慮がちな表情に、俺は途端に面白くなくなる。原因は俺以外の何ものでもないのはわかりきってるが、それでも何だか、面白くなかった。
なんだよ、俺と話すのはそんなにイヤかよ。どうせ課題プリントのことしか聞いてこねぇくせに。


「なんだ、またうるさく言いに来たのかよ」
「でも、提出してないの、あと鈴鹿くんだけだよ?」
「やってねぇもんは出せねぇだろ」


「それはそうだけど」と、アイツは少しだけ視線を下にした。胸の前で両手をぎゅっと組んでいる。困ってる時のアイツの癖だ。
そんなものまでわかるようになったんだ、俺。


「あ、あのね鈴鹿くん」


小波は顔を上げて俺を見る。迷わず、まっすぐ。向けられた瞳に何もかも見透かされるような気がして、俺はいつも落ち着かなくなる。
一緒にいたいのに、逃げだしたくなる。いつもと少し違う雰囲気に何を言われるのかと身構えたが、結局、小波は諦めたように笑っただけだった。


「……ううん。やっぱり、いい。あのね、プリント、明日には出してね」


そう言って、小波は教室に戻って行った。俺は、アイツの背中を見送ってから、そのまま廊下を歩く。
今日はサボりだ。やる気しねぇ。


「やっぱりいい、って、何だよ……」


俺には話したって、仕方ねぇってことか?いや、それ以前に俺はなんであんな風にしか言えねぇんだ?
どっちにしても何か胸の辺りがぎゅうぎゅう痛い。まったく、本当にどうしてこうなるかわからねぇ。


(プリント……今度はやってくるか)


毎回じゃなくても、たまには。アイツが、時々は安心して笑える程度には。


あーでも、マジでわかんねぇんだよなぁと、俺は頭をガシガシ掻きつつそのまま廊下を歩いた。