※ご注意※若干アレな感じの話なので、苦手な方はご注意ください。
むこう側の夜は深まる
それは、「嫉妬」というには浅ましい。もっと、身勝手な感情。
時々、自分でも愕然とする。俺は一体あいつのこと何だと思っているのだろう。大事にしたい、優しくしたい。いつも、そう思っているはずなのに。
あいつの優しさは無尽蔵で、だからこそ俺をこうして縛り付けるわけだけども、俺はそれが俺以外に向けられる事を恐れている。
恐れている。あるはずのない可能性を無駄に恐れて、俺はいつも必死にあいつに縋りつく。必死に。
あいつは知らない。俺を見て、いつも安心したように笑う。「志波くんの事が好き」とほっぺたを赤くしてそう言ってくれる。
嬉しいはずなのに、同時にどうしようもなく苛立つ。愛してくれていることに泣きたくなる。伝わらない事に切なくなる。
それでも、止められないんだ。
素直に嫉妬するには余りに捻じれてしまったこの感情は、きっとお前の事を苦しめることしかないのに。
電話が鳴った。最近変えたばかりの新しい機種の携帯電話。薄型の白いそれは、俺のものじゃない。
薄暗がりの中、一旦はあいつを放し、近くの床に放り出したままのそれを、持ち主ではない俺が拾う。
「着信」の名前に、一瞬眉をひそめる。少し考えて、それをあいつに向かって差し出す。さっきまでの熱の余韻を残す涙目が、意味がわからないとでも言うように戸惑い気に俺を見上げた。
「…電話、お前のだ」
「でも…」
「いいから。出ろよ」
それは、単に「きっかけ」に過ぎない。あるいは「理由」。俺が、確かめる為の。
躊躇いがちに「もしもし」と言う声に、バカバカしいくらいに能天気な声が返ってくるのが、こっちにまで聞こえた。
あまりの滑稽さにおかしくなってくる。飲み会の後に電話番号を交換してその日のうちに電話を掛けてくるなんて、その魂胆は下世話なものだろうがそうでなかろうが見え透いている。
――今日は楽しかったね、ちゃんと家に着いたかと思ってさー。
「あ、はい。それは…」
――もしかしてもう寝てた?ごめんね、遅くに。
「いえ、まだ…、っ!?」
くだらない茶番。心の中でそうして嗤う。嗤って、俺は平静なフリをする。本当は、たったこれだけの事でも焦れて仕方ないのに。
あいつからは甘い酒の匂いがする。随分飲まされたらしい。それもまた俺を苛立たせる要因の一つ。
必死に押し止めてくる細い腕を、俺は難なく縫いとめた。
お前だって悪いんだと、髪を撫でる。そんな風に拒むのは、誘っているのと同じ事だ。指先に絡む細く柔らかな髪の感触は、それだけで胸が震える。
耳たぶを軽く噛めば、俺の下でびくりと動くのを感じた。声も、息も、必死に堪えているのがわかる。
――今日はラッキーだったなぁ、キミみたいな子がいてさー。
「あ、のっ…わ、たし…」
――あのさぁ、今度また会えるかな?その時は二人でって事だけど…。
「…ごめんなさい、私…今日、は。友達に、頼まれただけで…っ、ゃ…」
逃げようとするあいつを、捕まえるのは容易い。もとより、本気で逃げるつもりなんてない事を俺は知っている。本気で逃げるなら、これくらいではとても無理なことくらい、あいつはわかっているはずだから。
とはいえ、逃がすつもりなどない。どんなに拒まれてもきっともう離すことは出来ない。俺でなく、お前が俺を離さない。
――…え、何?大丈夫?何か声おかしくない?
「…カレが、いるから…っ、だから会えません、ごめんなさいっ…」
音もなく、そこで会話は途切れた。あいつの方が通話ボタンを押して終わらせたらしい。
はぁっ、と吐息が零れる口を、我慢できずに塞いだ。いやいやをするように拒むあいつを、けれども俺は腕の中に囲う。思うさま、あいつを味わった。
「んぅ…もう、志波くん、やだ…」
「…言ってやればよかったのに。今、何してるか」
「そんなの…っ」
「やっぱり俺が出ればよかった」
髪に、こめかみに、耳元に、首筋に。手も口も動きを止めない。止まらないというよりは止める術を忘れてしまったと言った方が正しいかもしれない。触れるたび撓る(しなる)背中を抱きすくめた。
小さな白い手が、それらを避けるように俺の頬をさらりと撫でる。涙の膜を纏う瞳がただまっすぐに俺を見る。甘い吐息が、肌に触れた。
「…私が好きなのは、志波くん、だけだもん」
動きを止めて、あいつを見る。瞬間、息をすることすら忘れて。
ほら、そうやって。簡単に陥とすんだ。俺がいくらお前を愛したって、たったこれだけの言葉がそれを軽々超えてしまう。
下らない事ですぐに苛立つ俺は、何て滑稽なんだろう。
「…知ってる」
悔し紛れにそれだけ言って、もう一度小さな体をかき抱いた。
夜は更ける。薄い小さな携帯電話の事を、俺はもう忘れていた。
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「19歳だもの、ちょっと大人っぽい話でもいいよね」なんて考えてたら、志波が暴走した話。
この話の中で一番哀れなのは電話の向こうの彼ですね。誰かお友達を紹介してあげてください。
「志波勝己誕生祭09投稿作品 お題:知らない人から電話」
by aika