予約、しちゃいました☆





大体、「娘がいない」という時点で、母親としての楽しみの半分は損をしていると思う。





「あら、それはいくらなんでも言いすぎよ?志波さん」
「いいえっ、そんな事ないわ!絶対そうだと思うの!!」

目の前で「あらあら」とかわいらしく笑うのは海野さん。普段の買い物先のスーパーで良く会う事がきっかけで仲良くしてもらっている。見た感じがかわいらしいから、私と同い年の子供がいると聞いた時には本当に驚いた。
しかも、私と年は変わらないらしい。海野さんは別に特別若い格好をしているとか、そういうわけではないのだけれど、何となくかわいいのだ。彼女自身の個性もあるだろうが、私はこれも「娘を持つ母親」だからこその雰囲気ではないかと睨んでいる。

「だって、だってね海野さん、聞いてくれる?」

うちの息子は勝己という。海野さんのところと同じく高校生だ。ただ、うちの場合は図体ばっかりデカい男の子だけど。しかも、無口だし、無愛想だし、かわいげがない事この上ない。野球ばっかりしてる野球バカだ。
口数が少ないのは昔からだけど、最近特に可愛げがない。昔はそれなりにかわいいところもあったのにいつの間にかあんな朴念仁になってしまっていた。今じゃあちょっと話しかけても煩そうな顔をするだけだ。
近所の元くんなんて、大学生になっても昔のまんま明るくてちょっと挨拶してもにこやかに返してくれるっていうのに。うちのとはエライ違いだ。

「ちょっと話しても返ってくる返事は、ああ、とか、知らん、とか、うるさい、とかそんなんばっかだし!それでもまぁ、ゴハンはちゃんと食べるから、食べたいもの作ってあげようと思って何食べたい?って聞いても、何でもいい、とか、食えればいい、とかそんなんばっかで、アタシの事、給食のオバサンかなんかだと思ってんのよ、あの子!」
「少ない言葉に、気持ちを込めて言ってるのよ。照れてるのねぇ、きっと」
「家にいてもぼさーっとしてるし、ゴハン食べたらさっさと部屋にこもっちゃうし!」
「それは、うちだって変わらないわよ?だんだん親から離れていっちゃうのね、寂しいわよねぇ」
「でも、海野さんは一緒にお買いもの行ったり、ゴハン作ったりできるじゃない?」
「まぁ、うちは一人っ子だから。どうしても母娘で動くことが多くなっちゃって」
「うちだって、キョウダイなんていないけど、そんな事したことないもの!!」

勢いよく言ってから、私は、自分が注文したチーズケーキにざっくりとフォークを突き刺した。周りは若い女の子達ばかりだけど、そんなの気にしない。ここ「アナスタシア」は息子と近所の元くんのお気に入りのお店で、私も気に入っている。
海野さんはそんな私を眺めつつ、チョコレートムースをスプーンで掬いながら、にっこり微笑んだ。

「そういえば先日、志波さんのところの勝己くんにお会いしたわ」
「え?うちの子?いつ?」
「そうねぇ、半月程前に…ほら、通り雨あったの、憶えてる?買い物へ行った時、ちょうど降って来て…その時勝己くんもお使いで来ていたの」
「お使い……?あぁもしかして」

そういえば、少し前に醤油を買ってきてと頼んだわと、記憶を掘り起こして思い出す。あの日、確かに急に雨が降って…でもそれにしては遅いから携帯に電話したんだっけ。帰ってきたあの子は、ただ醤油を買いに行っただけなのに、何だか疲れた顔をしてた。そういえば、俺は負けたんだとか何とかワケのわからない事を言ってた気がする。

「……ま、まさか、何か失礼なこと言ったりとかしたんじゃ…?」
「とんでもない。その逆!私の荷物が多いことを心配して、大丈夫ですかって…。優しい子よね、勝己くんって。志波さんがきちんとしていらっしゃるからだわ、やっぱり」
「……そ、そお、かしらね?まぁ、失礼な事してないんだったらいいけれど…」

とはいうものの、一人息子を褒められて、何だか口元がゆるんでしまう。何だかんだ言っても、まぁ大事な息子には変わりないのだ。人様に誉められればやっぱり嬉しい。
海野さんは、夢見るようにうっとりと息をついた。それだけ見ていればまるで恋する乙女だ。子持ちの主婦には全然見えない。

「優しくて力持ちなんて、素敵じゃない?それに、男の子だもの。ずうっと志波さんの傍にいてくれるでしょう?…うちは、そりゃあ今はかわいいかもしれないけれど、いつかはお嫁に行って離れていってしまうもの。だから、それを思うと淋しいし、心配だし…」
「……はぁ、なるほどねぇ…」

さすがに、そこまでは考えが及ばなかった。確かに「娘がお嫁に行く」というのは、息子しかいない私にはわからない淋しさだろう。
淋しげにチョコレートムースを口に運ぶ海野さんに私は慌て、殊更明るい声を出した。

「で、でもほら!あかりちゃんならきっと素敵な旦那さんを見つけられるわよ!」

そう、私も一度会ったことがあるけれど、あかりちゃんは素敵なお嬢さんだ。何故会ったことがあるかと言うと、勝己が一度、勉強会だとか言って家に呼んだ女の子が海野あかりちゃんだった。それが、実は目の前の海野さんのお嬢さんだったというのは後から知ったのだけれど。

そもそも、私がここまで「娘」に対して憧れを持つきっかけはあかりちゃんだった。ふわふわとかわいらしくて、でも話し方とかもきちんとしてて、とにかくどうしようもなく私は気に入っている。
「素敵な旦那さん」だなんて海野さんには言ったけれど、いっそウチにお嫁に来ればいいのだ。

(……でもまぁそれは、あかりちゃんの気持ちもあるだろうし)

しかし、実のところ勝己はどうやらその気らしい。あの子は私に隠しているつもりらしいけれど、ごまかそうったってもちろん私にはお見通しだ。(そもそも「勉強会」なんて、白々しい事この上ない)
もちろん、恋をする事は素晴らしいことだし、あかりちゃんみたいな女の子が相手なら私はいつだって応援するつもりだ。あまり器用でない息子の、たぶん初めての恋だろうから、私の個人的事情はどうあれうまくいってほしいと思っている、もちろん。
そんな事を考えつつ、私もチーズケーキを一かけら口に入れていたが、どうにも海野さんの表情は晴れない。彼女は儚げに目を伏せて、重々しく口を開いた。

「あのね、志波さん。例え旦那さまが良い人だったとしても、問題はそこじゃないのよ」
「え?そ、それはどういう意味…?」
「結婚っていうのは、つまり、相手のお家との関わりもあるでしょう?ほら、あの子ちょっとぼんやりしてるから、うまくやっていけるかしらって今から心配で……意地悪な人がお姑さんだったら、それもかわいそうだし」
「……ははぁ、なるほど…」

確かに、嫁姑問題とはいつの時代にもあるし、昼ドラの代表的なネタだ。私は幸いにもお姑さんは良い人だったから想像もできないけれど、まぁたまに余所様の壮絶なる話を聞いたりして青くなった事も無くはない。
そうよねぇ、なんて、それでも暢気な相槌を打つ私に、海野さんは、何か大きな決心をしたような顔で私の方に向き直った。

「……それでね、志波さん。私、考えたんだけど」
「は、はい?何かしら?」

ものすごく真剣な顔で、海野さんは私をまっすぐに見つめる。その、ひたむきな瞳に、何故だか私は少しドキドキしてしまった。ごくりと息を呑んで、彼女の言葉を待つ。

「私、志波さんだったら良いと思ってるの」
「…………………え、何が?」

私だったら、一体何が良いと言うのだろう。話が良く分からない。
ぽかんとなる私には構わず、海野さんは真剣な表情で話を続けた。

「勝己くんだって、とっても素敵な男の子だし…うちの子も、きっと、というか、そんなのは、まぁ何とでもなるじゃない?…それよりも、志波さんみたいな人があかりのお義母さまになってくれるなら、私、何も心配ないもの」

…………とっても大事な部分をすっ飛ばしにしているような気がしなくはなかったが、それより何より私は海野さんの言葉の後半部分が、頭の中に響いていた。

 『志波さんみたいな人があかりのお義母さまになってくれるなら』



お 義 母 さ ま。



「…………ほ、ほんと?ほんとに?わ、わたし、あかりちゃん、娘にもらっちゃっても、いいの?」
「まぁ!こちらこそ、そんな嬉しいこと言ってもらってもいいの?志波さんが良ければ本当にそうなるのは先でも、今からでも娘のように扱ってもらっていいのに」
「…………………」



(……………ああ)



ああ、神様。
私、今日まで頑張って生きてきた甲斐がありました。あんな無愛想な、笑顔の一つも見せない息子でも、大事に育ててきた甲斐がありました。
そう、全ては、全てはこの日の為だったんだわ。




「………海野さん、あたし、あかりちゃんのこと幸せにするからねっ!勝己にも絶対絶対大事にさせるから、約束するからっっ!!」
「まぁ嬉しい!こちらこそ、よろしくね志波さん」



うるるんと瞳を潤ませる海野さんの手をしっかと握り、高らかに宣言したところで「アナスタシア」での会談は終了し、私は意気揚々と家路に着いたのだった。







「…………と、いうわけだから勝己!アンタ頑張んのよ!!アンタに掛かってるんだからね!志波家の未来も、アタシの娘ライフも!!」
「…………何だそれ。つか、メシは?」
「ちょっとお父さん、聞いてよ!近い将来、うちにカワイイ娘が出来ちゃうわよっ!!お嫁さんよっ!!」
「へぇ〜そうなのかぁ。それで母さん機嫌良いんだなぁ」
「もうね、約束してきちゃったの!!あたしがお母さんでもいいんだって!!そしたら安心なんだって!!」
「ははは、そりゃあ良かったじゃないか」
「あかりちゃん、来てくれたら何しよっかな〜?やっぱり、まず初めは一緒にお買いものかしらっ?それで帰りにお茶とかしちゃったりして!!ね、ね、お父さん、どう思う??」
「それは良いなぁ、じゃあ、私は肩もみとか、どうだろう?実はちょっと憧れてたんだよなぁ」
「やああぁっだ!!お父さんってば、それベタ!!ベタだわよ!!あああ、でもそういう日常ひとコマみたいなのも捨てがたいわよねぇ、『お疲れでしょう?お茶はいりましたよ、お義母さま、お義父さま』みたいなっ!!」
「お、それいいなぁ…手作りケーキとかも夢あるよなぁ」
「あ!それはね!一緒に作るの!!もう決めてるの!!っていうか、もうっ、お父さんだって、結構ノリノリじゃな――い!!」
「そりゃあ娘さんっていうのは、かわいいだろうからなぁ……」
「でね、あとね、私が考えているプランとしては……」










「いや………………………………だから、メシは?」





結局、その日の志波さん家の夕食が始まったのはいつもよりも一時間ほど遅い時間で、一人息子の勝己くんはとっても不機嫌だったそーな。