ツンツン







「あー、今日も楽しかったぁ!えへへ、わんにゃんランドはやっぱりかわいかったね」
「そうだな…ちょっと座るか」
「うん。…あ、じゃあ何か飲み物買ってくる!」
「それなら俺が」
「ううん、いいから!志波くん、そこのベンチに座って休憩してて!」


そう言い残して、軽い足取りで海野は走って行ってしまったので、言われたとおりに近くのベンチに腰かけて待つ事にする。
そういえば、海野と動物園に来たのは今日で何度目だろう。動物園だけじゃない。遊園地も公園もボーリングも、思い起こせばあちこち出掛けている。


(…結構、一緒に遊んでたんだな、俺達)


「日曜日、どこかに行かない?」と誘われ、特別断る理由もないのでその度付き合っているが、考えてみれば女子とこんなに遊んだのは初めてだ。
海野あかりという同じ学校に通う「トモダチ」を、俺はあまり女と意識することはなかった。アイツはあんまり、こう、見るからに色気があるって感じじゃないし、どちらかと言えば子供みたいだから。
(だからこそ、こうして付き合えるとも言えるが)
今日見てきたわんにゃんランドの犬や猫と同じような感覚で見ていたともいえる。無邪気で、裏表のない存在。それだけのはずだった。
それが、少し変わってきたのは何時頃からだろう。
正確には、海野自体は何も変わらない。変わったのは、俺だ。
変わった?いや、何かがはっきりと変わってしまったわけではなくて、ただ、今まで何も気にならなかった事が少し引っ掛かるようになったというだけだ。

例えば、向けられる笑顔や、何気ない言葉や、あとは。

ふと、自分の頬に触れてみる。ここに来る前、アイツに触れられたように軽く、掠めるみたいに。
同じようにしているのに、それはまるで違っていた。もちろん自分の指か、海野の指かという認識の違いは間違いなくあるわけで、だが、それにしても説明のつかないもやもやしたものが心に残る。
アイツは何かと言うと触りたがる。別に俺に限った事じゃない。「あれ、何かな」とか「これ、かわいい!」とか、とにかく気になるとすぐ手を出してしまうらしい。
動物園なんて回ってたら、何か変なもの触るんじゃないかと冷や冷やさせられるくらいだ。
……ということは、つまり、俺に触るのだってその他の対象と変わらないという事か。


(俺がアイツを、他の奴らと変わらないと思うのと同じに)


なんだ?どうしてこんな釈然としない気分になるんだ。だってただのダチなんだから、当たり前だろ。
だけど、何となく面白くない。物やら動物やらはいいとしても、俺以外の奴にもそうして手を伸ばしているのだとしたら。
海野の事だから、きっと何も考えずに他の男にだって触ってるかもしれない。いや、たぶんそうしているに違いない。

………やっぱり、どう考えても面白くない。

「ごめーん!お待たせ!……って、あれ?志波くん?どうしたの?怖い顔して」


売店、ちょっと混んでたんだと言いながら、海野は俺の隣にちょこんと座る。どうぞ、と、差し出されたのは甘い香りのホットココア。


「志波くん、甘くても平気だって言ってたから…」
「あぁ、サンキュ」


手渡されたココアは、熱くて甘かった。喉をすべり落ちていって、じんわりと熱さが体に染みる。
実は結構体が冷えていた事に気づき、そして、辺りも薄暗くなってきている事にも気付く。
咄嗟に、「帰りたくない」と思う自分に、戸惑った。さっきから、一体何だっていうんだ。どうも調子が狂う。


「ねぇ、さっきはどうしたの?何か怖い顔してた。考えごと?何かあった?」
「……別に。何でもない」
「えぇ〜っ、嘘だぁ!だって、すんごく眉間にシワ寄ってたよ?……もしかして遅くなったから、怒っちゃった?」
「違う、そうじゃない」


しゅんと肩を落とす海野に、どうしてそういう考えになるんだとため息をつきかけて、けれど、それは引っ込めた。

代わりに、そっと指先を伸ばしてみる。

いつもコイツが俺にするみたいに。俺は、海野みたいにためらいなく触れられるわけではなかったけれど。
それでも、どうしてか、俺はそれを止めはしなかった。
触れたくなった、としか、言いようがない。

指先に触った感触は柔らかかった。触れた瞬間、こいつに触れられた時と同じ感覚が走った。妙な既視感、それと高揚。


「……?なぁに?志波くん」
「…そんな顔、お前がすることないだろ?別に俺は怒ってねぇ」
「あ……、元気付けてくれたんだ。うん、ありがとう、志波くん」


にっこりと笑う海野に、「元気付ける」というのは当たってるようでハズれてるなと苦笑いする。
ハズれてる?そうなのか?じゃあ俺は一体どういうつもりだったんだ?


(……まぁ、いいか)


自分でもよくわからない。わからないが、海野が笑っているからいいことにしよう。
少なくとも、俺は今のこの状況を好ましいものだと思っている。


「……ほっぺた、冷たいな」
「え?そうかな?自分では気が付かなかった」
「そろそろ帰るか。……送る、家まで」


二人して立ち上がったところで、ふと、手に温もりが触れた。そのまま直ぐに離れそうになるそれを、俺は追いかけて捕まえる。何となく、離したくなかった。






何も言わず、そのまま歩き出す。コイツの家に着くまで、ずっとこうしていようと思った。