恋人のアナタにおめでとう―つながる甘さ― 実際には誕生日とは違ったが、それでも近い日に家に帰る事が出来そうなのであかりにそう電話した。 「それなら、志波くんのお家でお祝いできるね」と電話越しの弾んだ声を今でも思い出せる。 俺達は高校卒業の時に告白してそこから付き合い始めたから…半年以上は経っている。 あいつの無邪気さ、というか無頓着さは相変わらずだ。ただ、一つ変わったのは、それに対して俺はあまり遠慮しなくなったという事だろうか。 晴れて恋人同士、というわけで、恋人同士だからこそ出来ることもそれなりにした。まぁそれに関してはそこそこ色々あったのだが、それは別の話だ。 それにしてもお家でお祝いって。また簡単に言ってくれるもんだ。 付き合うことになったと言っても、進学先はお互いに別々だったから羽学の頃のように毎日顔を合わせられるわけじゃない。おまけに俺は家を出て、アイツはアイツで忙しいから 会いたい時に何時でも会えるというわけでもない。だから「会える」事に関しての感情の揺れも昂りも、高校時代の時からあまり変わらない。それが自宅でとなれば色々と想像するのも変わらない。 (家ってなぁ……我慢できるか、俺) もちろん、あかりと会うのはそういう事をしたい為だけじゃない。けれど、俺も、男なわけだから、したくない、というわけはない。 おまけに彼女はいつまでもそういった「状況」に慣れないものだから、何と言うか、手を出し辛いというのもある。 そのくせ、こんな風に無邪気に家に来るだなんて言うんだから天然もいいところだ。 たぶん、純粋にゆっくり二人で会いたい、と思ってくれているんだろう。その気持ちは嬉しいし、尊重したい。 休日だし、どうせ階下には親もいるだろう。だから滅多な事なんて出来るとは思えない。下手すりゃ俺より母親の方があかりといたがるかもしれないし。 そう、頭ではわかっている。頭では。 (でもなぁ……) あかりが家に来る当日。喜ぶべきかはわからないが、両親は出掛けて夜まで帰ってこないらしい。 「あかりちゃんが来るなら家にいたのに」と母は悔しがり、「アンタ、責任取れないようなことしたら許さないからねっ」と釘を刺された。 言われなくてもそんな事わかってる。大事にしたいと思っているのはずっと変わらないから。それに、責任はいつだって取るつもりだ。 (現実的にそれが困難であることはともかく、気持ちの上で迷ったことは一度もない) 「あのね、アナスタシアのケーキと、あとは私もちょっと頑張って作ってみました!」 俺の部屋に来て、あかりは嬉しそうに小さなテーブルにそれを広げてにこにこしている。二人分にしては少し多めのケーキが、所狭しと並べられていた。 綺麗にデコレイトされたホールケーキと、さっくりした感じの手作りのパウンドケーキ。 「サンキュ。美味そうだな」 「これくらい志波くん食べられるよね?あ、それと、プレゼント!えっと…」 「ちょっと落ち着け。まだ来たばっかだろ」 「あ、えっと、ごめんね?でも、志波くんのお誕生日だし、二人で会えるのもお祝い出来るのも嬉しくって」 そう言って笑顔を向けるあかりを見ると、嬉しいし、かわいいなと思う。高校の時からコイツはいつもにこにこと笑って祝ってくれたが、今年は「恋人」だから、余計に嬉しい。 もう何度も見てる笑顔なのに、でもその度に落ち着かない心臓が、やっぱり俺はお前が心底好きなんだと思い知らせる。本当、どうしようもない。 「わかったから、ちょっと座ってろ。飲み物取ってくる」 言いながら引き寄せて額に口付けるくらいは、許可が無くてもいいはずだ。不意打ちに赤くなるあかりに、俺は笑った。 プレゼントを受け取り(手編みのマフラーだった)、ケーキを食べて(あかりの手作りはほとんど俺が食べた)、その間もあかりの話はずっと続く。俺も自分の事を話した。 お互いの新しい環境での生活や友達について。高校時代の友達の話になれば、今そいつがどうしているかって話にもなった(何せ、あかりは友達が多いからこういう話は事欠かない) 何だ、どうってことないと、俺は少し淋しい(というか物足りない)気もしつつ、安心して彼女との時間を楽しんでいた。こうやって笑って話をするだけでもちゃんと満たされる。 あかりが楽しいなら俺もそうだし、何より無理やり押し倒して泣かれるよりも(そんなことした事ないが)、ずっといい。そんな事をつらつらと考えていたのだが。 「……志波くん?どうかした?」 「ん?いや、何でもない」 隣にいるあかりは不思議そうに見上げ、それから、何を思ったのか、俺の方に向けていた顔を、ふ、と俯かせた。 もしかして、上の空だったことを怒ってるのかと思ったが、どうやらそういうわけでもないらしい。 「おい、あかり…」 「……プレゼント、あげようか」 「……それならさっきもらったろ?」 「そう、なんだけど。実は、もう一つあるの。プレゼント」 「だから、目を瞑ってくれる?」そう言われて、俺は一瞬、都合のいい想像を思い浮かべたが、いやまさかと直ぐにそれを打ち消した。 驚かせるつもりなんだろうが、きっと笑っちまうような無邪気な事をするに違いない。そう思い直して、むしろ乗ってやるかくらいの軽い気持ちで俺は目を閉じた。 「目、つぶってくれた?」 「ああ」 「じゃあ…ちょっと待ってね」 そう言ってから、隣のあかりが動く気配。目を閉じていても、隣がすうすうするのがわかる。 目を閉じていると、時間の流れが遅く感じるのか、何だか、いつまでたっても何も起こらない気がした。待ち切れなくて、こっそり目を開けようかと思ったが、そんな事してがっかりされても困る。 もう少し待ってみるかと思っていた、その時に。それは、確かに起こった。 口唇に触れる、やわらかな感触。 それは、思いもかけない予想外の出来事で、思わずばっちりと閉じていた目を開いた。 目を開いて、真っ先に飛び込んできたのは真っ赤になったあかりの顔。 じゃあ、やっぱり。さっきの、一瞬だったけれど、確かに感じたアレは。 「あ、あのね!だって、いつも志波くんからばっかりでしょ?だから…お、お誕生日だし、私から……その、し、してあげたいな、って」 「…………………」 「…やや、やっぱりちょっといきなりすぎだよね!ご、ごめんね、あの、私…って、きゃっ」 真っ赤になって離れようとするあかりを、けれど、俺は捕まえてその場に縫い止める。ほとんど、無意識に。 こんな事、出来るわけないと思っていたのに。 だって、今だに(本当に今になっても)、俺がキスひとつするだけで今みたいに真っ赤になって恥ずかしがるくせに。 ……それに、なんていうか、これは。 「し、志波くん……顔、赤いね」 「…っ、お前のせいだろ」 だって、初めてだ。 キス「した」ことはあっても、こんな風に「された」のは。 (…少し、気持ちがわかった気がする) いつも求めるばかりで気付かなかったけれど。与えられる側っていうのはこういう感じなのか。 確かに、何となく身の置き所がわからなくて、嬉しいのも恥ずかしいのも一度に来て、頭の中がぐるぐるする。 でも、悪くない…よな? 「なぁ、あかり」 「なぁに?」 「さっきのプレゼント…もう一度って言ったらもらえるのか?」 「……え、ええっ!も、もう一回…するの?」 「ダメか?」 涙目になって戸惑うあかりは、かわいい。そしてそう思う俺は、たぶんもうどっかオカシイのかもしれない。 でも、オカシかろうがビョーキだろうが、もうかまわない。 そっと添えられる手はしっとりと熱かった。大きな潤んだ瞳は、俺だけを見ている。 息がかかるくらい近くて、ドキドキした。 「……じゃ、じゃあ、今日は、トクベツ」 「とくべつ?」 「お誕生日、だから」 「お誕生日おめでとう」と言われてから、もう一度「された」あかりからのキスは、けれど、それで終わるはずはなかった。もちろん。 |