友達の君におめでとう―わたされたプレゼント― 「………………」 それを手にして、俺はたっぷり3分くらいは固まったんじゃないだろうか。 それは、「誕生日プレゼント」だと言って、学校で渡されたものだった。くれたのは、海野あかり。「これ、枕なの。良かったら使ってね!」そう言って渡されたのだ。 海野あかりは、同じ学校に通う、同じ学年の…ダチ?になるだろうか。 アイツが廊下で生徒手帳を落としたのを拾ったのが縁で、ああ、それからその後グラウンドでハードルを運んでいた時に…いや、まぁそれはいい。 別に意識しているわけじゃないが、それでも時々話をしたり、出掛けたり(誘ってくるのはいつでも海野の方だが)するから、全くの他人というわけでもない。 初めは、呼びかけられて、寄ってこられることが多かったが、最近は俺の方が先に海野を見つけることもあった。 アイツはいつも跳ねるみたいにぴょこぴょこ歩いているからスグわかる。後は、時々こけそうになったり、ぶつかりそうになったり、落ち着きがない。 今日、俺の方に来るまでにも3回くらい何かに引っ掛かってたな、そういえば。子供とか子犬とかが、走り回って、けれど勢いを自分で加減出来なくてバランス崩すみたいな、あの感じに似ている。 ……なんだか、話が逸れた。今は海野の事はとりあえず置いておこう。問題はアイツじゃなくて、アイツからもらったこの「プレゼント」だ。 受け取った時、「枕だ」と言っていたから、俺は大して中身も確認しなかった。結構大きめな包みだったから何かと思ったが、なるほど、枕ならこれくらいの大きさだろうなと疑いもしなかった。 重さも、まぁこんなものだろう。アイツが枕だと言ったら枕なんだろうし、それに、丁度始業前で、俺は別に慌てないが、海野の方は急いで教室に帰ってしまい、何となくその場では開けそびれた。 家に帰ってきて、メシも食って部屋に戻り、それからカバンと一緒に置いたままだった、このプレゼントに気が付いたのだ。折角もらったんだから使わせてもらおう、そう思って包みを開けた。 そして、今に至る。 (まくら………って、枕には違いないけど…) 確かに間違いなく枕だろう。それ以外の何物でもない。 だが、これを、俺が使うのだろうか。 俺が手にしているのは、薄いピンク色のタオル地の、妙に長いものだった。端にはそれぞれかわいいデフォルメのウサギの頭と、尻尾が付いている。 こんなものを手にしたのは、ましてや贈られたのは人生初だ。一体どういうつもりでこれを俺に贈ったのだろう。人の事言えた義理じゃないが、これはセンスというか、考えを疑っても仕方がないと思う。 こういうのが好きだと思われたのか?俺ってそういう風に見えるのか?いや、まさか。 それとも、海野自身がこういう類が好きで、だから俺にも良かれと思って選んだのか…、こっちの考えの方が妥当な気はする。納得は出来ないが。 戸惑いながらも、もう一度、それを眺めてみる。枕っていうには随分長いなと思ったが、いわゆる「抱き枕」というものなんだろうと後から気付いた。 手にした感触はふわふわと柔らかく、タオル地のさらさらした感触は気持ちが良くて、悪くない。 (………そういえば、アイツもこんな感じだったな) 一度、ひっくり返りそうになったのを支えてやった時、その柔らかさと頼りなさに驚いたのを憶えている。同じ人間なのに、俺とは全く違う。 やわらかくて、何となくいい匂いがして……。 (って、何考えてんだ、俺) 慌てて頭を振って、さっきまでの考えを慌てて頭から追い出した。枕と人間が似てるなんて、そんな事あるわけがない。 あるわけはない、が。 手にしたウサギの抱き枕を、もう一度恐る恐る見つめる。相変わらずふにゃりと頼りないやわらかさ、俺の部屋の中では明らかに異質な甘いピンク色。 そのくせ、妙にリアルな重みと、くるんとした邪気のないウサギの目が(単なる刺繍だが)、一度関連付けてしまったせいで、海野に思えて仕方無い。 (………つ、使えねぇ…) こんなの使えるわけがない。大体、どうして「抱き枕」なんだ。こんなもの抱いて眠れるわけがない。 いや待て、これはただの枕で、だから海野は全然関係無くて。そもそも俺はどうしてこれを海野と思って、しかもこんなに焦ってるんだ。 わからない。が、とにかくこれは使えない。よくわからないが物凄い罪悪感と危機感を感じる。枕がこんなに危険なものだとは知らなかった。 一瞬、返してしまおうかと思った。折角のプレゼントだが、とてもじゃないが使えそうにない。海野は悪くない、たぶん悪いのは俺の方だ。 返す、なんて言ったらアイツはどんな顔するだろう。恐らく、何でもない顔で受け取ってはくれるだろう。謝れば「気にしないで」と言ってくれるだろう。 だが、俺にはバレないところでやっぱりがっかりするだろうな。贈ったプレゼントを突き返されるなんて、海野じゃなくたって傷つくに決まっている。 やっぱり、返すなんて出来ない。 それに、俺だって本当は返したくなんてない。まぁ、結果的に俺は持て余す事になってるが、それでもアイツが選んでくれたのなら、それはそれで嬉しい。 「お誕生日おめでとう!」、そう言って、笑ってくれたのをふと思い出して、俺もつられて口元が緩んだ。 誕生日なんてどうでもいいと思っていたけれど、やっぱり嬉しいものだよな。 「まぁ……要は使いようと、俺の気の持ちようだな」 とりあえず抱くのはナシだと、ベッドの上に置いて、頭を乗せてみる。ふわふわした感触を頬に感じて気持ちが良い。このピンク色にさえ慣れてしまえば結構使えるかもしれない。 そうしていてどれ位経っただろう。携帯電話の着信音が、うつらうつらしていた俺の意識を叩き起こした。 ディスプレイを見れば、そこには「海野あかり」の文字。 「もしもし、志波です」 『…あっ、志波くん?遅くにごめんね!海野あかりです!』 「…どうした?」 『あ、あのね、今日、誕生日プレゼントあげたでしょ?』 「あ、あぁ」 さっきまでそれで散々悩んだ挙句、けれども最終的には使って寝てしまった、というのは、何となく恥ずかしいので黙っておく。 ベッドの上にあるピンク色の物体を横眼で見つつ、俺は「それがどうかしたか」と訊き返した。 『あれ、もしかしてもう開けちゃった?まだ開けてない?』 「…さっき開けた」 『…あぁ〜〜!遅かったかぁ…』 「おそかった?」 『あのね、あれ実は私のなの。志波くんのプレゼントを買いに行った日に見つけて…同じお店で見つけたから紙袋にも一緒に入れてもらって…。それで朝、間違えちゃったみたいで』 えへへと笑う海野の声が、耳元で響く。 何だって?じゃ、あれは俺のじゃなくて海野のものなのか? だが確かに。あれを海野が使うなら、あのウサギは間違いじゃない。 でもそれなら、さっきまでの俺の葛藤は何だったんだ。 いや、それよりも。 『でも、あんなの志波くん使わないよね?びっくりしたでしょ?えっとね、志波くんのはもっとちゃんとしたので、志波くんが使えそうなシンプルなのを選んだから大丈夫だよ!』 「……………」 『だから、荷物になっちゃって申し訳ないんだけど、明日それをもう一度……って、あれ?もしもし志波くん?聞こえてる?』 「…あれ、お前が使うために買ったのか」 『うん、そうだよ?だってピンク色のウサギさんなんて、志波くんは使わないでしょ?』 「もし、明日交換したら……あれ、お前が使うのか…」 『え?今なんて言ったの?……もしかしてウサギさん、気に入っちゃった?』 「別に、そういうわけじゃ…いや、その」 電話の向こう側に聞こえる暢気で無邪気な海野の声が、この時ばかりは胸に痛い。 もう一度、俺はベッドの上のピンク色のウサギに視線を移す。 返せば、この抱き枕は海野が使うらしい。 返さなければ、俺の手元にずっとある。 この、俺が一度(たった一度だが)「使ってしまった」抱き枕を、海野が抱きしめてるところを一瞬でも想像した俺は、大馬鹿野郎だ。 だが勢いあまって「正しい使用法」では使わなかったことが、唯一の救いだろう。 誕生日だからって、浮かれ過ぎた。本当、どうかしてる。 『もしもし、志波くーん?聞こえてるー?』 「あぁ…えぇと、アレを、返すって話だよ、な」 『うん、そう!ごめんねー、二度手間になっちゃって!』 「いや……あのな海野」 『え、なぁに?どうかした?』 ……………さて、俺はこっからどうすりゃいい? |