「えぇ〜っ、マジそれ、見たい見たい!!」
「ダメだってば、そんな大した事書いてないし……!!」
夏休み、最後の週。彼女達は定期テストの成績があまり芳しくなく、故に誰も来ていないこの教室に補習を受けに来ているわけだが、この場の雰囲気にそういった悲壮感は感じられず、むしろ普段以上にはしゃいでいるようだった。
今日はたまたま女子生徒ばかりなので、何だか空気がふわふわと甘い。無邪気な彼女たちは補習プリントはそっちのけで、何やら楽しそうに話し込んでいた。
この子達は本当に、いつもきらきらと楽しそうだな、とつい目を細める。
彼女だって、ついこの間までああやって友人たちと楽しそうにおしゃべりしていてのだ。こっちに気付くと「若王子先生」と朗らかに笑ってくれた。
本当に、まるで昨日のことみたいだ。
「何だか楽しそうですね、何の話ですか?」
「聞いてよ若ちゃん。シホってばさぁカレシとのメール、全部取ってあるんだって」
「ちょっとやめてよ、先生にまで…」
「取ってあるって、メールを?携帯電話のメールのことですか?」
そう尋ねると、二人はまるで異星人を見るかのような顔つきをして「センセ、知らないの?」と言った。
携帯電話の機能というのは、どうもわからない。あかりにも「パソコンと変わりませんよ」と言われたが、わからないものはわからない。彼女と付き合うようになってやっと持ち始めたのだが、それにしてもあの機能の多さには混乱する。通話と、メールの送受信だけで精いっぱいだ。
「だからぁ、カレシからのメールって特別でしょ?フツーに来るのとフォルダ分けてんだってー、オトメだよねー」
「べ、別にそんな深い意味はないんだけど……」
シホ、と呼ばれた方の子は顔を赤くして、それでもはにかむように笑っていた。この表情は、自分も知っている。
大切な人を想う時、こういう顔をする。それは性別も年齢も関係ない。
「恋、してるんですねぇ、良い事です。そしたら補習も頑張って、早くカレシとデートに行きましょう」
「それ、若ちゃんが早く終わらせて、カノジョさんと会いたいだけなんじゃないのぉ?」
「やや、ばれちゃいましたか」
そう言ってやると、またもや甲高い笑い声が教室に響いた。
ばっちりアイメイクがされている目元を擦りながら「若ちゃんはメール取ってないの?」と、からかっていた方の生徒が話を振ってきた。やっぱり補習プリントにはやる気が出ないらしい。
「別に何も。だって、携帯電話のメールは彼女からしか来ませんし」
「え、ええっ、マジで!?ラブラブじゃん!!」
「そーです、ラブラブですよ」
一流大学に入学した彼女とは、それほど頻繁に会えるわけではない。会えないのは淋しいことだが、自分も仕事があるし、何より勉強する事を疎かにはしてほしくないという気持ちがあった。
携帯電話は、その彼女と連絡を取り合う為だけに買った。「これで毎日電話できますね」と彼女は嬉しそうだったし、送られてくるメールは、大した内容ではなかったが思った以上に嬉しかった。(ただし、こちらから送るのは四苦八苦だったけれど)なるほど、学生達が夢中になってこの薄っぺらな機械に夢中になるのがよくわかる。教頭先生はよく眉間にしわを寄せて「最近の若い子は…」と言っているけれど、メールが来て、文字を見た時の嬉しさを知らないのだとしたら気の毒だとさえ思う。
「そーだ、若ちゃん、知らないんだったら教えてあげるよ保存の仕方」
「でも、分ける必要は特にないと思うんですけどねぇ」
そう言うと、生徒たちは「わかってないなぁ」と呆れ顔で溜息をついた。
「その中でも、トクベツなメールとか来るっしょ?若ちゃんもうすぐ誕生日だしさぁ」
「誕生日が関係あるんですか?」
「大ありだよ!誕生日メールってマジトクベツだもん!超嬉しいよ、絶対!!」
そんなわけで、補習はそっちのけで携帯電話の機能講座が始まってしまい、何だかよくわからない終りになってしまった。最終的に生徒達は上機嫌で帰ったからいいことにする。
(誕生日メール、か)
つい先日の会話を思い出しながら苦笑する。そもそも、誕生日を祝ってもらうことさえつい最近までなかった事だ。今でも、よく憶えてる。少し照れたみたいに、でも嬉しそうに「お誕生日おめでとうございます」と言ってくれた彼女。
あの頃は、自分がこんな風に変わるだなんて思いもしなかった。誰とも関わらずに、ただ一人でずっと生きていくのだと思ってた。彼女に会うまでは。
誕生日どころか、日常の些細なことすら彼女となら幸せにつながる。
そう、こうして自分の誕生日前日に明日はどうなるか、だなんて期待してしまう事も。彼女と出会って、自分は幸福になり、そして欲張りになった。
突然、ブブブ、と携帯電話が震える。時計を見ると12時だった。こんな時間にどうしたのかなと思いつつも、待ち受け画面を開いて見る。そこには「新規メール一件」のアイコンが表示されていた。
200X/9/ 4 0:00
From:あかりさん
Subject:お誕生日おめでとうございます!
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貴文さん、お誕生日おめでとう!
今年は特別なお誕生日です。
私が、貴文さんに「好き」って言える誕生日。
今さら、ですか?(笑)
でも、私にとっては大切な事だから、改めて。
貴文さん、お誕生日おめでとう、貴文さんが生ま
れてきてくれた事に感謝してます。
そして、出会えたことにも。
大好きです。今までも、これからもずっと。
明日はケーキを持って、貴文さんのお家に行き
ます!ネコちゃんにもね!!
それじゃあ、おやすみなさい。
あかりより。
しばらくメールを眺めて、本当だ、と思った。誕生日メールは「マジトクベツ」で「超嬉しい」。
早速、そのメールを教えてもらった方法で保存した。そして今度は、自分が彼女にメールを送ろう。
今度は、「超嬉しい」と思ってもらえるメールの打ち方を、あの子たちに教えてもらうことにする。
永久保存メール