「…どうした?」
「ふぇ?」
「今日はぼーっとしてる、いつになく」

何でもない!と勢いよく返ってきたが、何でもなくはない事くらいわかってる。
けれども、「何」があったのかまではさすがに俺でもわからない。恐らくは些細な事だと思うのだけれど。
同じ部屋で隣同士に座っても僅かな、けれども厳然と横たわる隙間が俺たちの間には存在する。お互いの気持ちが同じだけお互いの方を向いているとわかっても尚決して崩れる事のないこの距離。

別に、今更焦らない。あいつの心を知らなかった時はそれはそれは焦ったもんだが、今になってはその過程すら楽しむ余裕がある。(とはいえ、同時に発生する淋しさを無視する事はできないが)

こいつは無邪気な、けれども恥ずかしがり屋なお姫様だ。だからこの距離を縮めることは容易にはいかない。
少しでも強引に踏み込めば、たちまち殻に閉じこもってしまうから。

「あのね、志波くん」
「何だ?」
「あ、あのね…」

けれども、こいつは決して俺に近付く事を嫌がっているわけではない。だから俺はまるで何も気が付かない振りをして続く言葉を待つ。
こんな事にいちいち喜んでいるなんて、こいつにはもちろん秘密だ。

俺を見上げてくるあいつの頬はうっすら赤くて、上目使いな目は少し潤んでる。普段びくびくしているくせに、こんな表情を無防備にさらすなんて危なっかしいったらない。
だから、いつも何一つ見逃せない。

「えぇと…私って、魅力ない?」
「…は?」
「お、女の子っぽくない?…もっと、こう、肌見せた感じがいいかな?」
「……」

肌は見たいが、それは俺だけでいいから服はそのままでいい。(そういう意味で間違っていないはずだよな、この場合)
それにしても、また突拍子もない事を言いだしたもんだ。何をどうやったらそういう悩みに辿り着くんだか。

「お前はお前だろ?それでいいじゃねぇか」
「で、でも…!」
「何だ?」

軽い気持ちで尋ねた後に、蚊の鳴く見たいな声が聞こえてきた。そして俺は、大いに動揺してしまった。
だから、どうしてそういう事は平気で言うんだろう。俺の忍耐を試しているのか。試練なのか、これは。
小さな声で「だって、触ってくれないから」なんて。

「……あれ?志波くん、どうしたの?」
「お前のせいだ」
「えぇっ!?わたし?」

例えば、少し意地悪をして困らせる事を楽しんだりすることもある。強引に踏み込んで、逃げるあいつの腕を捕まえてしまうようなことを、した事がないわけじゃない。
優位に立っているつもりが、思わぬ反撃を食らうこともある。俺の中のなけなしの理性を、こいつは簡単にぐらつかせる。

「触ったら、お前嫌がるだろ?嫌がるっていうか怖がるっていうか」
「ち、違うよ!嫌なんかじゃないよ!」

もちろん知っている。たぶん慣れないだけだ。…と信じている。

「…それで?俺はどうすりゃいいんだ?遠慮なく触っていいか?」
「えっ…遠慮なくって?」
「触りたいとこ、全部」
「えええっ!」
「……冗談だ」





そう言って、戸惑い顔のお姫様にキスをした。

















付き合ってるのに触れてもくれない