いつから、こんな風になっちまったんだろ。けれど、何もわからない自分に苛々する。



「あーあ。今日もバカみたいに晴れてやがるな、なぁ志波?」
「…野球日和だな」
「まー、おめぇにとっちゃそうだろうがよ。つかまぁ、雨降ってるよりはマシだけどな」
「…俺はあかりと食いたかった」
「だーかーらっ!超熟カレーパン買ってきてやっただろうがっ!ありがたく受けとっとけ!」
「…カレーパンよりクリームパンの方が好きだ、俺は」
「な…悪かったなっ!んじゃ食うな!」
「いや、もらっとく」
「食うのかよっ!」


まったく、こんな奴のどこが良くてあかりは付き合ってんだろ。いや、この場合は志波の方があかりを好きなのか…どっちにしてもよくわからない。それに一応フォローしておくと、「こんな奴」だなんて言ったが、志波はイイ奴だ。今だってこうして、俺に付き合ってくれてるのだから。
とっくに午後の授業が始まっている今の時間だと屋上は静かだ。志波は寝そべってすっかりくつろぎ(こいつはどこででも良く寝ている)、俺は横に座り込んでギターを弄っていた。何となく思い浮かぶコードを弾きながら、また空を見上げた。
やっぱり雲ひとつなくくっきりと晴れていて、その透明さが、逆に俺を苛立たせる。
いや、何も空が青いせいじゃない。原因は別にあるんだ、ちゃんと。

志波は起き上がって俺が放ってよこしたカレーパンの包みを破きつつ、「それで」と呟いた。さっさと本題に入れということらしい。

「何か言いたい事があったんだろ。…カレーパンもらったしな。聞いてやる」
「…べ、別に、言いたいことっつーか」
「そうか。じゃあ俺はこれで」
「待て待て待て待て!!話す!話すからちょっと待てって!!」
「…だから聞くって言ってるだろ」

呆れたような顔をする志波に、俺は、仕方ねぇから話す、と言って志波に向き直る。仕方ない、なんてのはもちろん強がりだ。自分でも時々呆れるが、言わずにはいられない。そのままをさらけ出すことを、正直俺は恐れているから。
何となく手持無沙汰で、ギターをいじるのを止めること無く、俺はぽつぽつとしゃべった。たぶん傍から見ればかなり情けない姿だろうが、居るのは志波だけだ、気にならない。

「その、さ。避けるってのはさ…やっぱ、そいつの事がうぜえって思ってるからだよ、な?」
「まぁそうだな」
「そうだなって…ソッコウだな、お前」
「聞くまでもないだろ」

表情をひとつも動かすことなく、淡々と志波は答える。合間にカレーパンを頬張ることは忘れることなく。そして、最後の一口を食べ終えたところで、思いがけない言葉を投げられた。

「…で、避けられてるのか、お前」
「………なっ、なんでっ」
「違うのか?」
「いや、それは…その」

あまりにもあっさりと言われてしまい、うまく言葉が出てこない。そう、確かに俺は避けられている。そしてそのせいで、俺はずっと苛々してる。
黙り込んでいる俺を、志波はじっと見ていたが、やがて、ふいと視線を外した。

「…それで、避けられたくないんだな、お前は」
「なっ、ちげぇよ!!何で俺が…!!」
「じゃあ、放っておけばいい。向こうだってお前とは関わりたくないんだろうからな」

関わりたくない。その言葉は予想以上に俺の胸に刺さる。そして、そんな風に感じてしまう自分に正直驚いた。
だって、前はこうじゃなかったんだ。確かにアイツは地味だし、口数だって少なかったけど、こんな風じゃなかった。



―――私、このメロディ好きだなぁ。



透きとおった声。今日の、この空みたいな。初めて会ったのも、屋上だった。
俺以外の声が、俺の作ったメロディを歌っていて、それは不思議だったけれど、とてもきれいで。アイツは俺を見つけた時、すげぇ驚いてたけど、でもその一瞬後に、はにかむように笑った。
あれは、誰にも見向きもされなかった曲だったけれど、俺は気に入っていて、だから、そう言われた時は本当に嬉しかったんだ。
透きとおったやわらかな声が、すとんと俺の胸に落ちてきた感覚を、ばつが悪いような、けれど嬉しそうなその笑顔を、今だって憶えてる。



全部、どこも間違えずに思い出せる。



「…わかんねぇんだよ」
「…針谷?」
「どうしてなのか、わからねぇ」



どうして、お前が笑わなくなったのか。
どうして、それがこんなにも苛立つのか。



苦々しい俺の言葉は、そのまま溶けて消える。志波は何か言いたそうな目をしていたが、結局「…そうか」と呟いただけだった。







le ciel clair