ゲリラライブは、自分で言うのもなんだが大成功だった。
ただし、終わったあとは生徒会に見つかり、教頭やら他の何人かの先生にもこってり絞られたけど。まぁ、そんなのはいい。
(生徒会の一員である氷上からは、来年はきちんと許可を取りたまえ、僕も善処する、と言われた)

打ち上げに行こうという仲間からの誘いを断って、俺は屋上に向かっていた。もう学校には人はほとんどいない。とりあえず、少し一人になりたかった。
今日は、あの歌を歌った。詩穂が歌ってくれたメロディ。考え付いた初めこそ詩穂だけが気に入っていたが、アレンジを少し変えれば割と周りにも受けが良かった。
というか、それが俺の最大限の譲歩だ。誰が何と言おうと、この歌だけは絶対に歌うと決めていた。あいつにちゃんと、聞いてほしかった。
言葉でダメなら、歌で伝えようと思った。俺は自分の声と、音楽に賭けたんだ。今日は、これ以上ないってくらい緊張した。
詩穂が来てるかもしれない。来ていないかもしれない。どっちの場合を考えても、心臓が口から出そうな気分だった。
結果的には大成功だったけど、何故か不安が拭いきれない。いつもなら、満足するか、あるいは緊張した事を悔しがって後悔するかだけど、不安になるのは初めてだ。

もしも、これでもダメなら。


「………どうすっかなぁ、俺…」


屋上に来ると、いつでも時間を戻せねぇかと思う。このまま一年前に戻れたなら、そしたら俺はあいつに絶対あんな酷いこと言わねぇのに。後悔してもしきれない。
重たいドアを開ければ、すぐに冷えた風が吹き込んできた。昼間はわからないが、今ぐらいの時間だとさすがに肌寒い。


「さすがに寒みぃなー…汗かいたし。…て、あ?」


もう誰も居ないと思っていたのに、手すりのところに見える人影に、俺は目を凝らす。こんな時間に一人で屋上にいるだなんて、人の事言えないけど物好きがいるもんだ。
けれど、その人影の正体を知って、俺は一気に緊張した。体中が逆立つような感覚。さっきの、ライブの時と同じくらい、いやそれ以上に。


「し、詩穂…?」
「…ハリー…」
「な、何だよ。お前か。もう遅いのに、何やってんだ」


俺は、さも今気が付いたかのように振る舞いつつも、詩穂の様子がおかしい事に気付いた。眼鏡の奥はわかんねぇけど、鼻が赤くなって、声は頼りない。
もしかして、泣いてたのか?
一瞬、クリスと何かあったかと思ったけど、何も聞かずにそう決めつけるのも変だし、大体泣いてたかどうかもここからじゃはっきりわからない。
そう思って、もう少しだけ近寄ろうとすると、詩穂は鋭く俺を睨んだ気がした。


「来ないで」
「え……」
「こっちに、来ないで」


はっきりと発音されたそれは、けれど驚くくらい弱々しい。拒絶の言葉なのに、少しも、その意味を成していないくらいに。
だから、その言葉は俺を止めることは出来なくて、俺はあいつに一歩近づいた。


「来ないでったら」
「お前、泣いてんのか」
「……ハリーには関係ない」





ライブが終わったあと、私は一人屋上に来た。逃げてきた、とも言える。とにかく一人になりたかった。
それなのに、どうしてここにハリーが来るんだろう。いつもいつも会いたくないタイミングで会うような気がする。

どうしよう。どんな顔して会えばいいかわからない。何を言えばいいのかもわからない。
どんどん追い詰められる。逃げる場所も、時間も、もうどこにもない。
本当は、逃げることなんて出来ないと知っていた。だって、私はもう知ってしまったから。あの歌を聞いて、もう見ないフリなんて出来ないってことを。

だけど、諦めの悪い私は、まだ足掻こうとしている。


「どうしてあの歌なの?」
「……詩穂に聞かせたかったからだよ。お前に、歌ったんだ、アレは」


じりじりと、距離が詰められる。私の後ろはもう手すりだから、これ以上後ろには下がれない。
ハリーは、まっすぐに私を見ているんだろう。まっすぐに、つよい目で。私はもう、上を向くことすらできないのに。


「…やめてよ、そんなの、今更じゃない。どうして、今頃あの歌を歌うの?どうして、あんな…っ、もうやめてよ!」
「やめねぇよ!!」


瞬間、空気が震えたかと思った。その声に弾かれたように上を向いたのと、腕を掴まれたのはほぼ同時だった。
掴まれた部分が、熱い。


「…やめねぇ。誰がやめるかよ。俺はもう、自分の気持ち誤魔化したりなんてぜってぇしねぇ」
「ハリー……」
「イヤだっつんなら、止めさせてみろよ、お前が。俺なんか大嫌いだって、この先も好きになんかならねぇって、言ってみろよ!!」


強い言葉に、私はただ震えることしか出来なかった。ハリーは、怒るみたいに怒鳴ったけれど、その表情は苦しそうだった。泣きそうな顔をして、こっちを見てる。
お互いに、こんな泣きそうに辛いのに、何してるんだろう。どうして止めてしまえないんだろう。
「嫌い」だなんて、「好きにならない」だなんて、言えるわけない。言ったところで、何の力もない。

でも、もう遅いんだよ。本当のことなんて、言えないんだよ。

「…き、きら、い。ハリーなんて……」
「聞こえねぇよ」
「…っ、はなしてっ……」
「………俺は、好きだ、お前のこと。歌ってる間、ずっと考えてた。ずっと……探してたんだ。」
「わ、わたしは……」
「俺は、詩穂が好きなんだ」




「――その手ぇ、離してくれる?」





一瞬、誰の声が聞こえたのかと思った。もしかしたら聞き間違いかもしれないなんて、バカな事も一瞬だけ考えた。
だって、それはあまりにも低く昏い響きで、その人の声だとは思えなかったから。
ゆるゆると声がした方を見れば、目に入るのは風に吹かれる金色の、髪。冷たく光る、氷みたいな青い瞳。

これは誰なの。だって、クリスくんはいつもにこにこしてた。怒ったところなんて一度も見た事がなかった。

ハリーは、しばらくクリスくんの方を見ていたけれど、私の腕は離さなかった。そして、はっきりと告げた。






「ぜってぇ、離さねぇ」







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