文化祭前は慌ただしいようで、何となく静かだ。俺はこの雰囲気が嫌いじゃない。
嵐の前の静けさ、とはちょっと違うかもしれないけど、何か、エネルギーを孕んだこの空気は何もかも巻き込んで全部を変えていくような気がする。
でも、緊張しぃの俺はそれに毎回ビビって自分を見失わないようにするのに必死になるわけだけど、情けない話だ。
だが、今回は本番前から俺は緊張してた。それは、ゲリラライブだから見つかったらヤベェとか、そういうのじゃない(それも無いわけじゃないが)。
俺は詩穂にライブの事を言い出せずにいた。伝えたところで「行かない」と言われるのが怖い。
いや、それくらいで済めばまだマシだ。
(………あああもう、なんでイキオイで好きだなんて言ったんだよ、俺!!)
あの時の俺を、タイムマシンにでも乗って止めに行きたい。ちょっと笑い掛けられたくらいで、調子に乗って告白しちまうなんて考えなしもいいところだ。
しかもだ、「嫌いだって、言ってくれ」なんて。どうしてそんなこと、言ってしまったんだろう。
(アイツ、マジで言いそうじゃねぇか)
もう何を言われても、この気持ちは止まりそうにない。だから「嫌いだ」くらい言わなければ目が覚めないんじゃないかと思ったのは確かだ。
でもって、俺はそれにめちゃくちゃビビってる。今までだって散々だったけれど、この上「嫌い」だなんて言われたら本当に立ち直れないくらい落ち込む。
――嬉しかった。
そう言って、向けられた笑顔。あれは、マジで嬉しかった。
嫌われたくない。もう遠ざけないでほしい。
でも、ただの友達では満足できない。誰よりも傍にいたい。
「……〜〜ったくっ!悩んでもしょうがねーだろ、こんなん!!しっかりしろ、俺!!」
がしがしと頭を掻いて、俺はギターを手に立ち上がる。めちゃくちゃ気合い入れてるセットもぐちゃぐちゃになったけれど、そんなの今は気にしない。
ライブの事は、やっぱちゃんと伝えよう。嫌な顔されるかもしれないけど、気にしない。そんな事で俺は気持ちを曲げたりしねぇ。
歌は、ちゃんと聞いてほしかった。今回は、特別だから。
教室やら美術部の方やら(さすがに部室に入る勇気はなかった)を探して、今日は無理かと諦めかけたところ、昇降口の前であいつを見つけた。
やっと見つけた。でもって、気合いだ、針谷幸之進。
「よう、詩穂。オッス」
「……ハリー」
詩穂は俺を見て、明らかに緊張していた。まぁそれは仕方無い。告白してきた相手に普段通りになんてフツー出来ないよな。
「もう帰んのか?」
「うん…。クラスの方は大体用意終わったし…、私はクラブ活動してないし」
「そっか」
「ハリーは?もう帰るの?」
「え…っと」
なんか、思わぬ展開だ。もしかしたら一緒に帰れたり…するのか。
すぐさま「一緒に帰りたい」と思ったが、それを口にするのは何とかとどまった。そりゃ帰りてぇけど、でもそういうつもりで聞いてきたかはわかんねぇし。
二兎追う者は何とかって、あるし。つーか、クリスどうしたよ。お前一人で帰すってどういう事だよ。
色々思う事はあったが、とにかく俺は「まだ帰らねぇ」と答えた。ここはとりあえず当初の目的を最優先にする。
「じゃなくてだな、声掛けたのは、その、文化祭の時、ライブやるんだ俺」
「ライブ…?そんな話初めて…」
「ゲリラライブだから秘密なんだよ。で、それ、来てほしい。お前に」
「え…」
「言いたかったのはそんだけだ。じゃあな、気を付けて帰れよ!!」
結局、返事を聞かず俺はそこからさっさと離れた。やっぱり、聞けなかった。つくづく俺って情けない。
(でもま、伝えるのは伝えたよな)
来るか来ないかはアイツの自由だ。(絶対来てほしいけど)
アイツが来ても来なくても、俺は精一杯歌う。それは、詩穂の事は関係無くステージに上がる人間として当然の事だ。
自分の為に、そして聴いてくれる人の為に。そして今回はもう一つ。
オマエに、伝えるために。
Il n'a pas peur de la tournure