授業時間なんて気にした事もない俺だが、お昼休みだけはそうでもない。やっぱり弁当はきちんと昼休みに食うもんだと思う。
そして、一緒にいたい奴の隣(あるいは向かい)で食うもんだとも思う。
そんなわけで、俺は今のところはただの「ダチ」である海野あかりと二人で昼飯を食う事がたまにある。
「たまにある」っていうのは残念ながら「いつも」じゃないからだ。(コイツと二人で飯を食うのは割と大変だ。何せ邪魔者が男女問わず多い)
別に、二人きりだからって特別何かあるわけじゃない。そうなりゃそれで嬉しいけど、まぁそれは悲しいかな期待するだけ無駄だ。
俺は、情けないけど何も出来ねぇし、こいつは国宝級の天然だ。まぁ今のところは弁当一緒に食えるだけで満足しておく。
俺もあかりも持ってきた弁当を広げてたわけだが、さっきからあかりは妙に俺の方を見ている。
音楽準備室は、あたたかで静かだ。たぶんこのまま俺は昼の授業をサボると思う。
「何だ?さっきからじろじろと…そんな見たってオレサマのカッコよさは減らねぇんだぜ?」
「ううんそうじゃなくて、というか、そうとも言えるかな。キレイだなぁって思って」
「キレイ?え、俺が?何か使う言葉間違ってねぇか?」
「ううん、間違ってないよ。ハリーって綺麗に食べるよね。食べ方が凄く綺麗」
そう言ってじっと俺をあかりの目はおおきくて、昔、何かのアニメで観た小鹿のキャラクターみたいだと思った。
それは、純粋な表情とも言えるし、何も考えてない表情とも言える。
「食べ方ねぇ…まぁそうかもなー、ウチ割とそういうのうるせぇからな」
「あ、自覚アリなんだ!小さい頃から言われてたの?」
「まぁな、箸の持ち方とかはばあちゃんが教えてくれたけど…あとはお袋がうるせぇんだ」
とはいえ、礼儀正しい作法を口うるさく言われるわけじゃない(もちろんそれも教え込まれたけれど)。そういうしてはいけない事(迷い箸だとか、食べる順番とか)はむしろばあちゃんがいちいち教えてくれたのであり、お袋の方は「物を口に入れたまま喋るな」とか「音を立てるな」という事を鉄拳制裁と共に俺に叩き込んだ。別に食事だけじゃない。いちいち立ち居振る舞いに美しさを求めるのはお袋の習慣であり美学だ。日舞なんてやっているからかもしれない。
一度、「飯くらい自由に食わせろ」とケンカになったが、お袋は俺を見据えて「アンタ、ぐちゃぐちゃ汚く物を食べる女の子とデートしたいと思うの?言っておくけど、アタシはごめんだね。どんなに綺麗に着飾ったって頭が良くたって、そんなヤツ、男でも女でも興醒めする」と言い放ったのを機に、俺はおとなしく言い付けを守っている。
そして、それは今ここに来て効を奏したってわけだ。目の前のコイツに興醒めなんてされたら、たまったもんじゃない。
「ハリーって本当、ガサツなのかそうじゃないのかわからないよねー」
「…お前それ誉めてんのかよ」
「誉めてるんだよ、もちろん。偉いなぁ、ハリーのお母さん…」
「俺を誉めろよ!」
「あはは、ごめん!きちんと言い付けを守ってるハリーだって偉いよ!そういう事を大事にしてるのって素敵だと思うもの」
「まー今となっちゃ感謝してるかな。…ちなみに、お前だったらゴーカクだかんな!ありがたく思え!」
「ふふふ、ありがと。…ハリーって良いお父さんになりそうだね」
「………へ?」
今、なんつったコイツ。オトウサン?
俺が?
「何だよソレ。相変わらず突拍子もないこと言うな。大体、俺がオトウサンって柄かよ!未来のスーパースターだぜ!」
「ええ〜、まぁそれもそうだけど…。だってシツケとかもちゃんとしてそうだし、楽しそうだし、ハリーがお父さんだったら良いなぁって」
「あのな……」
言い返そうとしながらも、俺は自分の未来をふと考える。スーパースター……は、まぁこれは確定済みとして、父親になんてなれるんだろうか。
例えば、俺に似たガキとか、いたりするんだろうか。
ふと窓の外を見上げれば空は青くて明るい。今日はやけに綺麗に晴れている。冬の空は好きだ。鮮やかに青くて、どこまでも高い。
(いや、待てよ。つーかそれって…)
父親、というからには母親もいるわけで。
「…ハリー?どうしたの?黙っちゃって」
「…あのさ、チチオヤってさ、一人じゃ無理だよな」
「?どういうこと?」
「………や、やっぱり何でもねぇ!!忘れろ!つうか、俺はお前の親父になるつもりはねぇからな!」
「えー!何?途中でやめるなんて気になるよ!」
口を尖らすあかりに、俺は黙って残りの弁当をかきこんだ。この際、食べ方云々言ってられない。
俺がいつか家族を持つようになるのだとしたら、その隣にはお前がいたらいいのに、なんて思ったなんて言えるかよ。
しかも言ったところでたぶんスルーされるんだろうしな、きっと。前途多難だよなぁ、しかもコイツは気付いてねぇけどライバルは星の数だし。
でも、諦めるつもりはねぇよ?
(……ま、望みってのは思ってるモンじゃなくて叶えるモンだからな)
「…オトウサン、ね。なってやろうじゃねぇの。スーパースターになるオレサマに、不可能は無ぇ!!」
「わ!急に立ち上がらないでよ、ハリー!」
「いよっし!何かテンション上がってきた!こうしちゃいられねぇ!これからくる未来のために、俺は今から作曲だ!屋上行ってくる!」
「ちょ、授業!!今から授業だよ、ハリー、待って!」
スーパースターもチチオヤも、それと、お前の事も。
こうなったら、全部まとめて叶えてやる。
空は明るい。まるで俺の明るい未来そのものだ。
絶対掴んでやるからな、と、俺は拳を空に向かって突きあげた。