Dear my lovely darling !







天気は快晴、時間だってピッタリ遅れずにきた。
今日のデートはハリーのお気に入りのバンドのライブに行く。私も、そしてもちろんハリーもすごく楽しみにしていたライブだ。
ライブはハリー的に言えば「マジスゴ」(マジで凄いという意味だ)で、終わった後はくたくたになるほどだった。
それから、近くのファーストフードの店に入って休憩がてらまた話をして(ハリーはよっぽど楽しかったらしく、ずっと目がキラキラだった)、そこを出ると少し歩こうと臨海公園まで足を伸ばした。
少し手に触れたら、ハリーは一瞬びっくりしたみたいな顔になったけど、結局手は引っ張るみたいにして繋いでくれた。

公園をぶらぶら散歩して、全然特別な事は起きないけれど、すごく楽しくて、気付けばもう辺りは薄暗かった。「ライブもそうだけどさ、楽しい時間ってあっという間だよな」とハリーがほんの少しだけ淋しそうに笑った。どうしてそんな顔するのか、私にはわからなかったけれど。

帰りも、ハリーはわざわざ家まで送ってくれた。「悪いからいいのに」と言うと、「こんな時間にオンナ一人で帰せるか」と何故か怒られた。
でも、全然怖くない。その後、手を取ってくれたハリーの手がすごく優しくてあったかかったから。
そう、最初から最後まですごく楽しいデートだった。不満なんてあるわけもない大満足なデート。

…………たった一つの「違和感」以外は。


家の前で「送ってくれてどうもありがとう」と言って、けれど、私はハリーを見詰めた。
どうしよう、嫌な気持ちにさせちゃうかな。でもこれは話しておかないと、これからのことだって、あるし。
ハリーも私の様子をおかしいと思ったのか、私をじっと見る。


「……な、なんだよどうした?いくらなんでも俺、もう帰るぞ?」
「うん……、でも、あのねハリー…私、デートの間、ずっと考えていたことがあるの」


正確には、今日のデートだけじゃない。その前も、その前も、初めからずっと。時には学校で会った時でさえ、私はどうしてもその「違和感」を感じずにはいられない。
ハリーは、わけがわからないという顔をして…それから何故か口元がひきつり始めた。何となく、顔が赤い気がする。……寒いのかな?


「……ななな、何だよ。お、俺に何か言いたい事でもあんのかよ?」
「え、どうしてわかったの?あのね」
「ままま待て!ちょっと待て!!お、お前、そ、そんなさらっと言っていいのか?言えんのか!?」
「は、ハリー、大丈夫?寒い?それとも暑いの?何か汗が…」
「べ、別に何でもねぇ!キンチョーなんかしてねぇよ、俺は!」


緊張?ハリーってば時々わからない。人前では緊張しちゃうって聞いたけど…。けれど、とりあえず話は聞いてくれるらしい。ハリーは大きな咳ばらいを一つして「よし、聞いてやる」と私に向き直る。すごく真剣な顔だ。


「あのね、前から思ってたんだけど…」
「ま、前からって……何だよ、もっと早く言ってくれれば俺だってこんな悩まずに…」
「ハリーって、絶対右側歩きたい人だよね?」
「………………は?ミギガワ?」


ハリーはさっきまでとは違って物凄く変な顔をしている。確かに、これだけだと少し説明不足だ。私は更にハリーを見つめて説明する。


「だから、二人で歩くときハリーはいつも右側を歩くよねって話」


それを話している間のハリーの表情の変化は、何て表現すればいいだろう。
何かに気が付いて、それからがっかりして、何かを諦めたような…そんな感じだった。


「………まぁ、そうだよな。期待した俺がバカだった」
「なぁに?キタイって?」
「何でもねぇ!……あーでも。そーだよ、俺、並んで歩く時は右側がいいんだよな」
「やっぱりそうだったんだ」
「おう、でもそんなの良く気付いたなー。お前以外で言ったのって井上と…あと志波か」
「だって…」


不思議そうな顔でハリーは私を見ていた。理由は簡単だ。問題はそれから、どうするか。


「だって、私もハリーと同じだから」
「え?おんなじって?」
「私も、右側が歩きたいの」


そう。私だって、人と並んで歩く時は断然右側派だ。
だから、ハリーと並んでいると楽しいけれど、同時にとてつもない違和感がずっと付きまとう。唯一それから解放されるのは向い合わせになる時だけだ。
さりげなく右側に回ろうとしたけれど、ハリーもまた、それをさりげなく、けれど完璧に阻むのだ。体格もハリーの方がやっぱり大きいし、そうなると私はつい後手に回ることになってしまう。
このままじゃ、いられない。わからない人には不思議な話だろうけど、やっぱり私だって右側を歩きたい。せっかく一緒にいるのがハリーなのに、些細な事で気が逸れるのはイヤだ。
けれど、それはハリーも同じなわけで。同じこだわりを持つ人なわけで。だって絶対に私を右側に並ばせないのが何よりの証拠だ。

これは問題だと思う。

一緒にいたい。楽しくお話したいし、デートもしたい。……右側で。

挑むように見上げる私に、けれどハリーも、譲る気配はなさそうだ。


「そうは言ってもなー…。だってさ、左側ってなーんか落ち着かねぇんだよな」
「だから、それは私も一緒なんだってば!」
「なんだよ、仕方ねーだろ!どっちかが右側なら、もう一人は左だろうが!」
「だから、私も右側がいいの!ずっととは言わないけど、時々交代してよ」
「時々……、いや、ダメ。やっぱダメ、却下」
「なんでー!?」
「なんでって、わかんだろ?それにさ、いつもと違う側にいくと、何か、遠く感じるっつうか…それがイヤなんだよ。だからやっぱ俺が右側!」
「ずーるーいー!!私だってそっちがいいのに!ハリーのケチ!ちょっとくらいいいじゃない!」
「うるせぇ!それくらいお前はガマンしろ!それでなくてもオレサマは色々ガマンしてんだぞ!右側ぐらい歩いたっていいだろが!」
「我慢って、何、我慢してるの?」
「…い、言えるかよ、そんなん!」





『右側争奪戦』は、長期戦に突入しそう。