まじわることのない想いとキミヘ、この歌を 時々思うんだ。俺はどうしたらいいのかって。 何が一番大切かって、それは、やっぱりお前の事で。 だから、お前が俺じゃない誰かを好きでも、それがお前の幸せなんだとしたら、それはやっぱり応援するだろうって話で。 だって、俺はお前のどんな顔だってそりゃ、好きだけど。でも、やっぱり笑顔がいいだろ?その為なら俺はお前に「がんばれ」って言うべきだろ? でも、時々思うんだ。それなら、俺がお前に本当に言いたい言葉はどうしたらいいのかって。 伸ばしたい手を、どこに持って行けばいいのかって。 誕生日だからって、特別期待してたわけじゃ…いや、嘘だ。ホントはしてた。前日の、日付が変わった瞬間もメールが来るんじゃないかって待ってたし、朝、目が覚めてからだってその事ばかり考えてた。ばあちゃんも、親父もお袋も「おめでとう」って言ってくれたけど、正直、生返事しか返せなかった。 メールなんて来るわけねぇ。ダチだけど、でも、来ないと思う。 電話もメールも、「親友」になってからは減った。何より俺からする事が無くなった。怖くなったんだ、「ごめんね」って言われるのが。 それでも、どっかで諦めきれねぇんだ、俺は。わかってるのに、ダメなんだ。 やっぱり俺、お前の事、好きなんだ。 「……はぁーあ、ったく、情けねぇよなー…」 折角の誕生日だってのに、俺のテンションは低い。授業受ける気にもならねぇし(これは別にいつもだけど)、クラスの奴らとかにも会いたくなかった。…正確には、あいつに会いたくなかったんだけど。 いや、会いたいけど、でも何か、今日はうまく笑える自信がない。うっかり何か変な事言っちまいそうで。 うっかり、ていうか、抑えられなくなって、て方が正しいかもだけど。 困らせるのはヤなんだよな。笑ってる顔を見るとほっとする。でも、アイツにはもっと良い顔で笑ってんだろーなーとか思うと。 「……あーーーもう!!ヤメだヤメだ!んな事言ったってどうーにもならねーだろが!!」 ガシガシと頭を掻き毟りながら、寝転がっていたのを起き上がる。誰もいない音楽準備室は、静かで、何となく埃くさい。 ダメだ。わかってても落ち込む。クヤシイ。どうして俺はこんなトコで腐ってなきゃならないんだよ。ぜってぇ俺の方がアイツの事好きだ。音楽と…お前の事好きだって気持ちなら誰にも負けねぇのに、俺は。 「……くそ」 好きな人がいると告げられた時の事を、俺はムカつくことに今でも何一つ間違えずにはっきりと思いだせる。まるで、昨日あった出来事みたいに。…もう、一年ほども、いやもっとだな。ゆうに一年半は経ってるってのに。 夏前の、湿気を含んだうっとおしい空気とか、俺を見る真剣な眼差しとか、口の動きとか、言葉の響きとか。好きな人。スキナヒト。 それと、あかりが俺以外の男といるのを見た時の、胸に穴開けられたみたいな絶望感。 あの寒々しい感覚を、けれど俺はもっと敏感に、真剣にとらえなければいけなかったと後悔してる。大したことないと思ったんだ。あかりは、そりゃちょっと良いなって思ってたけど、気の合うダチだとしか思わなかった、いや、そうなんだって思い込もうとしてたんだ。 おまけに、アイツはアイツでもたもたとうまくいかず、ぎりぎり紙一重で俺に淡い希望を抱かせて諦めさせない。生殺しだ。 (…そういや、最近話聞かねぇな。どうしたんだろ) 初めの頃はそれこそ色々相談にも乗ったし、デートのリハーサルだとか言って出掛けたりもしたが最近は聞いてねぇ。 単に忙しいのか(まぁ、大学受ける奴は受験前だし、俺は行かねぇけど)、それとも、相談する必要が無くなったか。…諦めたか、うまくまとまったか。 うまく、ってなんだ?アイツが、他の男と付き合うって?週末には出かけて、んで笑いあったり、手ぇ繋いだり、それから。 …それから。 (…冗談キツイ) 丸きり現実味の感じられない想像に、げんなりして溜息が出た。冗談じゃない。そんなの、マジで冗談じゃねぇよ。 けど、このままじゃ起こり得る未来なわけだ。俺が、ここで何もせずに黙っていれば。 今まで通り、「親友」のままでいれば。 「何も…って、何か、出来るわけじゃなし」 とりあえず脇に追いやっていたギターを手元に引き寄せる。水を打ったような静けさが耳に痛かった。こういう時考え込むとロクな事にならねんだ。 考えたくもない。考えたって、どうにもならねぇんだから。 その時、今の時間開けられるはずのない教室のドアがガラリと重たそうな音を響かせて開けられる。一瞬、誰か教師が来たのかと思ったが、違った。むしろ、その方が良かったかもしれない。 だって、こんな時間にお前がここに来るわけないのに。 「…ハリー。やっぱりここだったんだ」 「お、お前…。何してんだ、授業どうしたよ!?」 あかりは何か包みを手にしたまま後ろ手にドアを閉めた。閉じられた空間で、俺とあかり二人っきりだと思ったら心臓がびくつくみたいに動き出すのを感じる。不意打ちだったから、余計にだ。 音楽室は相変わらず籠った空気で静かだったけれど、あかりがいるってだけでさっきまでとは全然違った。何がっていうのは、うまく説明できない。けれど、確実に違う。 「うん、私のクラス、今は自習になったの。それで」 「……そ、そうかよ」 それで、わざわざ俺の所に来たのかって思ったら顔が熱くなった。見られたくなくて、咄嗟に視線を逸らして床を見つめる。 アイツは眉をさげて少しだけ困ったように笑った。小さな足音が、こっちに近づいてくる。 それから、おもむろに持っていた包みを差し出された。 「これ…」 「お誕生日おめでとう。ハリー、今日だったよね」 「…あ、あぁ」 「これ、プレゼントなんだけど…もらってくれる?」 「ま、まぁな!仕方ねぇからもらってやるよ!…開けていいか?」 憶えていてくれた。 それだけでもう充分だったけど。おめでとう、って、そう言ってもらえるだけで充分嬉しい。ほんの少しだけ胸が痛い気もするけれど。 中身は「日本の城大全集」。欲しいと思ってたのだ。コイツからのプレゼントは外した試しがない。 「…なぁ、俺、こういうの好きだってお前に言ったっけ?」 「ううん。でもこの間一緒にお城行った時ハリー嬉しそうだったから」 「そ、そっか……」 普段ぼけっとしてるくせにそういう所は妙に鋭いよな、お前。 あかりは俺の真正面に座り込んで、同じ目線の高さでやわらかく笑った。 「良かった。ハリーが喜んでくれて。今日中に渡せて良かった。…バイトが、あるから。授業が終わってからは渡せないと思って」 「……」 もう充分だって思うのに。それでもどこかでまだ足りないって思う俺は余程の欲張りか、バカなのかもしれない。 今、ここで手を伸ばせたら。その手を掴むことが出来たら。 あんな奴、もうやめとけ。俺の傍にいてくれよ。アイツじゃなくて俺に笑ってくれよ。俺の方がもっとずっと前からお前の事、好きだった。今だって、俺はお前が好きなんだ。 そう、言う事が出来たら。 「ハリー?どうしたの?」 「…何でもねぇ。つかお前、いくら自習でも授業サボってんじゃねぇよ!ジュケンセイなんだろうが」 そう言ってやると、あかりの笑顔はふいに消えた。落とされる視線に、俺は少し戸惑う。何だよ、そんなキツかったか俺の言い方。 「あ…ほら、お前はさ、勉強出来なきゃ困るだろ?…一流、行きたいって言ってたし。自習時間だって大事だと思うぞ俺は」 「……ハリーにそんな事言われると思わなかった」 「何だよ!俺はオマエと違って、ちゃんと大事なコトはわかってんだよ!」 「…そうだね。ハリーはいつも私の事、励ましてくれるもんね」 「………おまえ、どうしたんだよ。…何か、あったのか?」 何か、というところで、無意識に声が低くなる。ただ勉強がうまくいかないとか、風邪気味とか、そんなんだったら笑って励ましてやれるけど。 だけど、もしそうじゃなかったら。 知らずのうちに手の平を握る。お前がまだ迷うなら、俺はもうそれを逃がすつもりはない。逃したくない。 それは、ほんの一瞬だ。零れてしまったら、もう何もかもがとりとめなく変わってしまう。溢れて、止まらなくなる。 けれど、あかりは笑った。笑って、「何でもないよ」と言った。 きれいな、いっそあかるいと言える笑顔で。 「やだな、ハリー!そんな顔しないでよ。私は大丈夫!勉強だってね、この間若王子先生に誉められちゃったし」 「……んだよ、いっちょまえに落ち込んでんのかと思ったら。まーそーだよな。お前、気楽だもんなー、ははっ」 一瞬孕んだ緊張が、かすかな雑音に埋もれる。埃くさい空気。響く声。 とんだイクジナシだ、俺は。でも、言い訳してもいいなら、俺は、お前がこのままでいたいなら越えるつもりはねぇんだ。 お前が望むなら、俺は親友だってなんだってなってやれる。 「これ、サンキュな。…マジ嬉しい」 「うん。…どういたしまして」 したこともない失恋の歌詞も書く。 出来もしない恋の歌だって、歌う。 だから、こんなことくらいどうってことないんだ。 「丁度良かった。お前さ、ヒマならちょっと付き合え。今度のクリスマスパーティで歌うから、聞かせてやるよ」 「…歌ってくれるの?」 「ああ。……特別、な」 見ないフリも知らないフリも、どうってことない。ただ、今この瞬間だけはお前の為だけに。 爪弾いたギターの音はゆるやかで、かなしい。 |