MY HAPPY BIRTHDAY 人が成功するには努力だけではダメなんだと世間では言う。それは一理あると俺は思っている。俗に言う「運も持ち合わせている」ってヤツだ。天は二分も三分も与える奴には与えるということ。 神様か女神か、なんかそういう存在がついているということ。 努力だけではダメだ。 運だけでもダメだ。 それなら俺はどうなんだ。 ミュージシャンになるといっても、特別アテのない毎日。気持ちだけは大きくて、時折感じる潰れそうな圧迫感。 努力も空回って運も無さそうな俺は無駄な時間を過ごしてんじゃないかって。 そんな事を、皮肉に考えた事も、ないわけじゃない。 「……あ〜のねぇ、いつまでそんな顔してるつもり?俺だって暇じゃないんですけれど?むしろ忙しいんですけど?交通費出るのコレ」 「そんな顔ってなんだよ!忙しいなら断わりゃいいだろが」 「…全く、ケンカする度呼び出される身にもなってよね。今度は何やらかしたワケ?」 「俺は何もしてねぇよ」 「嘘つけ。何かしでかしたから俺を呼びだしたんでしょうが。ナニ?わがままばっか言ってるから遂に捨てられたか?」 「なぁんで俺が捨てられんだよっ!」 「コラ!大きな声出すなって!ファミレスだよココ!周りにメーワク!!」 思わず立ち上がりかけた俺は、周りからの視線を感じてもう一度座り直す。ガラス張りの壁の向こうは暗く、寒々しい。良く見れば雪がチラついている。 どさりと座り込んで携帯電話を開いてみても、ディスプレイには何の変化もない。無反応だ。携帯に向かって舌打ちする俺を見て井上はやれやれと肩を竦めた。 「気になるならさっさと電話すればいいのに」 「……なんで俺が」 「だってのしんが悪いんでしょ?」 「のしん言うな。…あのな、いっつも思うけどお前一回くらい俺の味方でもいいんじゃね?」 「ふぅん?だったらあかりちゃんの事、ヒドイオンナだねーそんなコとはさっさとワカレチャイナヨって俺に言ってほしいの?」 「てめ、冗談でも止めろよ、そういうの!」 「ホントは仲直りしたいんでしょ?お前が謝ればすむんだから謝ればいいよ」 どうせ全面的にのしんが悪いんだからさーと、井上はさも面倒くさそうに冷めたコーヒーをすする。俺は何も言い返せないまま、薄まったメロンソーダをストローで掻き回した。 確かに、悪いのは俺だ。つまらないこと言って、勝手にむくれたのは俺だ。 俺は日々音楽活動とバイトの日々。つまりフリーターだ。あかりは大学生。当然だがその生活環境は全然違う。 俺は、自分の選んだ道を後悔したことはない。歌で食っていく道を諦めた事は一度もない。 それでも、時々不安になることはあるわけで。新しい生活にどんどん馴染んで変わっていくあかりを見て焦りもするわけで。 まず、アイツは妙にキレイになったし。高校の時だってかわいい奴だなーって思ってたけど、それは顔とかルックス云々ていうより雰囲気がって話だ。 でも今は違う。化粧だってするし服だって制服じゃねぇし、本当に、見惚れるくらいなんだ。いかにも「女子大生」って感じで。 それに比べて俺はさして変わらない。あかりは「ハリーだって大人っぽくなったよ」なんて言ってたけど、自分ではわからない。 事の始まりは些細なことだった。アイツは大学で知り合った奴の話をしてて、俺は最近曲作りがうまくいかなくて苛ついていた。そう、タイミングが悪かったんだ。 普段なら気にもならないような話。けれど、その時は一々癇に障った。ソイツが物知りだとか、頼りになるとか。 ――そのヒト、彼女がいるんだけどね。ああいう人の彼女だったら幸せだろうねー。 その一言で、一気に頭にきた。 それからは、よく憶えてないし思い出したくもない。戸惑うあかりに俺は散々悪態ついて逃げ出すみたいにその場から離れたんだ。それから電話もメールもしていない。 ホント、ガキだ。 「……ダッセぇな、俺」 勝手に一人で取り残されているような気分になって、一人で癇癪おこして当たり散らして。情けない、恥ずかしい。 わかってる、頭では。俺は俺で、他の誰にもなれないしなるつもりもないけれど、それでも時々が息が詰まりそうになって。けれどそれは俺の問題であかりを巻き込むのはおかしな話で。 「まぁ今ののしんはダサいね。最高潮にダサ男だよね」 「……わかってるけど、お前に言われるとスゲー腹立つんですけど」 「……好きなんでしょ?」 「…………………………」 「なに黙ってんの!ほら、言ってみろ、言え、幸之進!オトコだろ!」 「うぅるせぇよっ!す、好きだよ、悪かったな!!」 「うわ、ほんとに言った。オトメンだなーのしんってば」 「てんめぇぇぇぇぇぇええ……けっ、オトメンの使い方間違ってんだよ!バーカバーカ!」 「はいはい。気持ちの確認も出来たわけですし?ほら電話すれば?早くしないと今日終わっちゃうよ、いいの?」 「あ?」 「だって、誕生日でしょ?」 そういえばそうだった。すっかり忘れていたけれど今日は俺の誕生日。 「カノジョがいるのに、何も俺と一緒に過ごすことないでしょ、ほら電話!」 井上がそう急かした瞬間、俺の携帯電話がそれに応えたかのように震えだす。相手は、あかり。 「お、グッタイミン。ほら行けよ、ここは俺の奢りということで。ハッピーバースデイ!のしん!」 「う、うるせー…サンキュな井上!」 ひらひらと手を振る井上に片手を上げつつ、俺は携帯を持ってファミレスを出た。 外はすげぇ寒い。空気が体を刺してくるみたいだ。 「…おう、俺」 『あ、もしもしハリー?』 謝らないと。咄嗟にそう思ったけれど、言葉が出てこない。それにしても、アイツどっから電話してんだ?何か、声が遠い。 「あーもしもし?お前どっからかけてんだ?」 『それより、ハリー今どこにいるの?…今日、ネイのバイト夜までいるんじゃなかったの?』 「あ、それはちょっと代わってくれって頼まれて…て、あぁ!?お前まさかネイにいんのか!?」 『ううん、い、今は違うけど…ええっと商店街の辺りまで来てて』 「おま、危ねぇだろ!どこでもいいから店入ってろ!本屋でも喫茶店でもいいから!場所メールしろ、迎えに行くから!」 それだけ言い放って携帯を手に走り出す。こんな時間に何してんだアイツ。 まさか待ってたんだろうか、店の前で。バイト終わる時間まで。こんな寒いのに。雪降ってるってのに。 もうあんまり人が歩いていない道を、俺はただひたすら走った。久しぶりに走って心臓ぶっ壊れるかと思ったけれど、そんな事はどうでもいい。 走っている間も、本当に寒かった。手も足もどんどん冷えて、顔なんてもう痺れて感覚がないくらい。 走りながら、俺は決めた事がある。もう二度とくだらない事は言わない。それと。 「……あ、ハリー!」 あかりは、24時間オープンのコーヒーショップの前にいた。 その声を聞いた時、嬉しいんだか腹が立つんだかわからない気持ちがこみ上げる。いや嬉しいんだけど。なんか相変わらずのんびりした声してやがるから。 「早かったね、どこにいたの?」 「…は、やかったって、お前…。いそいで、来たんだから、当たり前だろ!」 「すごい息上がってるね…何か飲んでく?」 「…帰るんだよ。おら、送ってくから、行くぞ!」 「えええ!?で、でもハリーちょっと休んだ方が」 「んなの心配すんな!お前こそ、こんな時間までウロウロしてんじゃねーよ、ウチの人、心配するだろが!」 そう言って、引っ張り掴んだ手はびっくりするくらい冷たい。俺だって大概冷たい手なのに。悪いと思っていた気持ちにますます拍車がかかる。あと、嬉しいって気持ちも。 「…ごめんな」 「え?」 「その…この間怒鳴ったりして。悪かった。今日だって…寒い中待たせちまったし」 「ううん。私も…考えなしにあんな話して…」 「お前が気ぃ遣うことねぇよ!俺は…俺はそんな事気にしねぇよ。そうなるから。だから、お前はいつも通りでいいに決まってんだろ!…そういうお前が、好きなんだからさ俺は」 手の中にある小さな手のひらが、俺の手をきゅっと握り返す。思わず振り返るとあかりは微笑んで俺を見てた。 (……ああ) 人が成功するには努力だけではダメなんだと世間では言う。ミュージシャンになるのだって似たようなもんだ。努力だけではダメで。才能だけでもダメで。もしかしたら音楽のカミサマみたいなのがついてなきゃダメなのかもしれない。 でも、俺は神様も女神様もいらねぇよ。 「……お前がいれば、それでいいや」 「え?今何て言ったの?」 「……何でもねぇ!…はは、何か久しぶりだな、このパターン」 「なに?どうしたのハリー」 「高校の頃、思い出した。お前ってばぺたぺた俺に触ってきてよー、心臓バクバクした、あん時」 「そ、それは昔の話でしょ…、そ、それより!忘れるところだった!」 あかりは俺の横に並んで俺を見る。雪はもう止んでいた。やわらかそうな(ていうか、そこがやわらかいのを俺はもう知っているけれど)ほっぺたは、赤くなっている。 たぶん俺も赤いけど、いいや、寒さのせいにしておこう。 「お誕生日、おめでとう!…うん、ぎりぎり間に合った」 「…サンキュ」 「でね、プレゼントなんだけど…実は、間に合わなくて。…ごめんなさい」 「別にいーけど…間に合うって?」 「あ、あのね。…ま、マフラーとか編んでみたんだけど、中々進まなくて…」 「お前、ガッコ忙しいのにそんなんしてたんか?」 「が、学校は関係ないよ!だ、だってあんまり不格好なの渡せないし…ハリーのだから」 困ったように俯く姿は、やっぱりかわいい。かわいいし、嬉しい。すげぇ楽しみ。 「んじゃま、気長に待つ事にする。……俺もさ、お前に渡したいモノ、あるんだ」 渡したくて、でも今まで渡せなかったもの。 本当は、もっと「ちゃんと」してから渡すつもりだったけど。でもそんな小さいこだわりは捨てる事にした。だって俺の気持ちは変わらないから。 お前の事はもう絶対離さないし、離せない。守っていく覚悟だって、もうとっくに決まってる。 だから、決めた。 「手、出せ」 「え?どっち?こっち?」 「左だ、ひだり!」 「それ、ハリーが握ってる方なんだけど…」 「…あ、そうか悪ぃ。よし、んじゃちっと借りるぞ」 あらためて恭しく手に取る。冷たくて柔らかな指先、やっぱり小さな手。 「ど、どうしたの?真面目な顔して…」 「真面目な話だからな。…あのな、俺さ、お前の事さ、好きなんだよ」 「う、うん…私も好きだよ」 一拍分の間も置かずに返ってくる答えが嬉しい。 「でさ、一緒にいると幸せなんだ。お前がいるだけで幸せになれる自信あるぜ、俺。でも、お前のこと幸せにできるかは、正直自信無かった。俺、こんなだし、この先どうなるかもわかんねえし」 「…ハリー」 「だけど、だからってお前のいない世界なんてもう想像つかなくて。……音楽と、お前とが、俺の全部なんだ」 それさえあれば笑っていられる。でもそれがなきゃ、もうきっと息も出来ない。 あかりはさして驚いた風でもなく、静かに俺を見ていた。それが、余計に緊張を煽る。 でも、もう決めたんだ。不安は、ないわけじゃないけど迷いはない。後悔もない。 一度だけ軽く深呼吸する。こんなに緊張したの、すげぇ久しぶりだ。 「あー…早すぎるってのはわかってる。だってお前まだ学生だし、俺はフリーターだし。でも、そのつもりだってこと、言いたかったんだ。…これは、だからその『約束』だ」 指先で摘まんで見せる、銀色の輪っか。こんなのどうってことない安モノだ。それでも、「そういう気持ち」でなきゃ渡せないと思ってた。 そう思って、いつの頃からかお守りみたいにして首にぶら下げていたもの。 しばらく黙ってそれを見詰めたあかりは、不意に俺の方に視線を戻す。 「……ねぇ」 「あ、ああ?何だ?」 「今日はハリーの誕生日だよね?」 「そ、そうだな。…もう過ぎてるかもだけど」 「なんだか、おかしいよ」 あかりは、そう言って笑った。泣き笑いみたいに歪んだ笑顔で。 けれど、それは確かに「答え」だった。 「ハリーの誕生日に、私がプレゼントをもらうなんて……いいの?」 「え……」 「私、ハリーに何も渡せてないのに…何かしてあげられるわけでもないのに、本当にもらっても、いいの?」 「…じ、じゃあ…!」 「私だって」 私だって、ハリーのいない世界なんてもういられないよと、冷えきった耳にそれは聞こえた。 確かに、夢なんかじゃなく。 「…や、やった。……マジでやったーーーーーーーー!!」 「きゃああっ!ちょ、ちょっとハリー危ないよっ!」 「嫌だね!今日はオレ様の誕生日だしな、諦めろ!」 「お、下ろして!危ないから!それから大きな声もダメ、近所迷惑でしょ!」 嬉しさのあまり抱き上げたあかりは、顔を真っ赤にして(そしてそれなりに小声で)ぷりぷり怒ってるが、そんなんもうどうでもいい。誰が離すかよ。 そうだ、もう離さない。ずっと、ずっと一緒だよな。 「まったくもう……ふふっ、でもまぁいいか。そうだね、ハリーのお誕生日だもんね」 少し動かないでねという笑いを含んだ声とともに、あかりは俺の方に身を屈ませた。 それから一瞬後に額に触れる、柔らかな感触。それは、もちろん知っているけれど思わぬ感触で、俺は一瞬だけ固まる。 「……マフラーは間に合わなかったけど、私はいつでもハリーの傍にいるよ。だから、離さないでいてね」 呆けて見上げれば、そこには俺の女神が微笑んでいた。 「……ところでハリー。指輪、どこやっちゃったの?」 「……!!や、やべぇ…お、おい探すぞ!」 「ええ!?こんな真っ暗なのに!?どうやってー!?」 「根性だよ根性!お前だって悪いんだからな!連帯責任だ!」 「ええーん、寒いよーお家帰りたーーい!……」 |