Blossom Idiot !! 「………あー、さっみぃ…」 寒いに決まっている。何故ってここは屋上で今日は12月19日、思いきり冬の日に外にいて暑いハズはない。 それでも今日はまだ寒さもマシな方だ。風もそれほどないし、晴れてるから日差しもあって気持ちがいい。 曲の事で煮詰まった時(なんて事はこのオレ様には滅多にないが、まぁたまに)、志波とのニガコクの時、あとは、一人で考えたい時。 そういう時はここに来る。今の時期、屋上に来るなんて物好きなヤツもあんまりいないから、俺の貸切状態だ。 それにしても今日は大量だった。何せこの俺の誕生日だから仕方がない。会う奴みんなに「おめでとう」と言われ、時にはプレゼントをもらったりするのは素直に嬉しいもんだと思う。 けれど、何となく清々しい気持ちになれずにいる俺がいる。 傍にある、プレゼントが詰め込まれた紙袋を見て知らずのうちにため息をつき…それから大慌てでそのため息をなかったことにした。何だよ、これじゃすっげぇ気にしてるみたいじゃねぇか。 いや違う。ぜってぇ違うからな。アイツからプレゼントもらってないなんて、そんなの全然、これっぽっちも俺は気になんてしてねぇ! アイツというのは、海野あかりっていう、まぁトモダチだ。なんか一応そういう事に…いや!一応なんかじゃなく!きっぱりはっきりダチだ、アイツは! あかりは始めて会った時から何つーかぼさっとしてた。いやでもテストの結果は俺より全然いいし意外としっかりしてるところもあるんだけど…なんかこう、やっぱりぼさっとしてる。全体的に。 でも、俺の曲を「良い曲だね」って誉めてくれたから、まぁ音楽に関しては割と良いセンスをしてると言ってやってもいい。しかもあれは今でも俺のお気に入りの曲だから…って違う!そんなんどうでもよくてだな。まぁつまりそういうわけで俺とあかりはダチなわけだ。 今日は、あかりとは一回も会ってない。まぁ同じクラスでもねぇし、会えない日だってあるだろう。アイツはアイツで色々あるんだろうし。 ………だから、別に俺の誕生日に「たまたま」会えなくたって何も問題じゃねぇ。悪い偶然が重なったってだけだ。いや、悪いとかじゃなく本当にただの偶然なんだから仕方ねぇんだってば。 大体、あのぼんやりの事だから、俺の誕生日を憶えているかもアヤシイもんだ。下手すりゃ「あれ?今日ってハリーのお誕生日だったの?」なんて事も言いかねない。俺の方はアイツの誕生日バッチリ憶えてんのによ。んで今からプレゼントどうすっかなーとかって考えてんのに、この差はなんだよ。 ………………いやいや。だからそんなん関係ねぇって。そんな事考えるためにここに来たわけじゃねぇ! もうすぐクリスマス。ライブが近い。俺は、情けないことにまた不安になっている。こればっかりはそう簡単にはどうにかなるものでもないらしい。 緊張しようだなんて思ってるわけじゃない。うまくいく事を常にイメージしているはずなのに、いざステージを前にすると、俺の心は舵のきかない船か、ハンドルのきかない車みたいにどうにかなっちまうんだ。 「良い」って思える事は全部やってるはず、なんだけどな。 プレゼントを渡される際に掛けられた「ライブ楽しみにしてるね!」という言葉が、背中のあたりに重く圧し掛かる。こんな事でプレッシャー感じる自分が嫌になった。 世界はどんどん遠ざかる気がする。 「………はぁ」 もう一度、渡されたプレゼントの山を見つめ、俺はやっぱりため息をついた。もう訂正するのもメンドくせぇ。 ったく。どうして誕生日にこんな凹まなきゃならねんだよ、このオレ様が。……あかりの奴、マジで来ねぇし。って、違ぇ!あかりのことなんか知るかよ!待ってねぇし! そういや今日は井上と約束してたんだった。なんか知らねーけどバンドのメンバーで祝ってくれるらしい。そこで奴らと騒げば少しは気分も紛れ…。 「あ、いたいた!ハリー!!」 「って、のわあああぁ!!お、おま!イキナリ声かけてんじゃねぇ!びっくりするだろ!!しかも遅ぇよ!」 「え、え?ご、ごめん!…もしかしてイメージトレーニングの最中だった?」 振り返るとさっきまで考えていた本人が立ってるもんだから、俺は驚いて声が裏返りそうになった。そう、純粋に驚いただけだ。そのせいで心臓がドキドキしてんだ、きっと。 「…そうじゃねぇけど。何だよ、俺に何か用かよ」 と、言いはしたもののこれで誕生日以外の用だったら、俺はマジで帰る。もう今日は誰とも会わねぇ。 けれども、そこはさすがのコイツも空気を読んでいるらしく、にこにこしながら「はい!」と小さな包みを渡された。 あ、やっぱ憶えててくれたんだ。……よかった。 「ごめんね、遅くなっちゃって!お誕生日おめでとう、ハリー!」 やっと聞けた。そう思った。やっと今日が俺の誕生日だって実感できた。 ……と、喜んだのも束の間。 「………てんめぇぇぇぇええ、ふざけんな!そこになおりやがれ!」 「ぎゃあああ!やめてハリー怒らないでっ!冗談!冗談だからっ!!!」 渡された包みの中に入っていたのは、おもちゃのマイクだった。…しかもすんげぇ毒々しい色してやがる。最高に悪趣味だ。 あかりは慌てて「こっち!こっちが本物だから!」と別の包みを俺に押し付ける。 それには欲しかったライブのDVDが入ってた。丁度買おうと思ってたヤツだ。 「……まぁこれに免じて許してやるよ。ったく、つまんねー事しやがって」 「でもこれマイクの中にお菓子が入ってるんだよ?ホラ!」 「俺はガキか!こんなんで喜ぶかよ!」 「え〜…でも、志波くんは喜んでくれたのに…お菓子」 「お前、志波に渡したのを俺にもってどういう事だよ!」 「だってだって、お母さんが5個セット税込み952円をいっぱい買ってきちゃって!家にいっぱいあるんだもん」 「……お前のオフクロさんどうなってんだ?」 「こういう細々したかわいいものに目がなくて…いっぱい買っちゃうんだよねぇ…」 「…かわいいってなぁ」 これが「カワイイ」ってどういう事なんだろうかと、俺は紫に黄色という色使いのそれをしげしげと見つめた。まぁでも、そういう事なら無下にも扱えねぇよな。 あかりのオフクロさんからのプレゼント、と無理やり考えることにする。 「…それに、ハリー何だか元気なかったし。せっかくのお誕生日なのに…だから、励まそうと思って!」 「励ますって…これでな」 「う……だって志波くんは喜んでくれたからうまくいくかと思って…」 あいつは甘いものなら何だって喜ぶんだよ。俺はそこまで単純じゃねぇっつの。 マイクの中に入ってたラムネの包み紙を剥いて、口に放り込む。甘酸っぱい、いかにも駄菓子っぽい薄っぺらな味がした。懐かしい、俺の割と好きな味だ。 「…ねぇ、どうしてため息ついてたの?まだハリーの事、探してる子も何人かいたよ?会わなくていいの?」 「…あー、ま、後でな。…ちょっと一人になりたかったんだよ」 さっきまでの事を思い出して、急に背中の辺りが寒くなった気がした。あかりと喋ってる間は気にもならなかったのに。 本当はこんな話をしたいとは思わない。カッコ悪いし、そしてコイツにはそういうトコを見せたくない。 …でも、不思議な事にそういうカッコ悪いトコを見せられるのもコイツなんだよな。 「ライブ。…今度あるだろ」 「え、そうなの?知らなかった」 「なっ……このオレ様のライブなんだから憶えとけ!…まぁそれで。本番の事、考えてたんだよ。……また、緊張して失敗するんじゃねぇかって」 歌いたくない、だなんて思った事は一度もない。 ステージに立ちたくないと思った事もない。 けれど、気持ちはそうでもどうにもならない。体がもう反応しちまうんだ、勝手に。それが悔しい。何が悔しいって、まるで俺の音楽への気持ちがその程度のモンだと誰かに言われてるみたいで。 いや、俺自身がどっかで弱くなってんじゃねぇかって、そう思えてしまうから。 「……緊張してもいいんじゃない?」 「…は?」 思わず顔を上げると、あかりは「わ、待って!怒んないで!」と両腕で頭の辺りを庇った。 それにしてもコイツ何て言った?緊張してもいいってどういう事だよ? 「えと…、何て言えばいいかな。こう、緊張するのも楽しむっていうか!だって、仕方無いよ。緊張するのは、良い歌を歌いたいってハリーが思うからだと思うもの」 「……え」 「だから!緊張するのはもうそういうものだと受け入れて、やればいいんじゃないかなって思うの!…私は、歌った事ないからわからないけど。でも緊張しちゃうくらいハリーが一生懸命がんばってるのは知ってるよ?」 つまり、緊張するのは「気持ちが弱い」からじゃなくて。それだけ、必死だからだって事で。 ああそっか。そうなのか。 「うけいれるって、お前それ開き直るのマチガイじゃねぇ?」 「ち、違うよ!そうじゃなくて、悟りを開くっていうか…」 「サトリって!俺は何かのキョーソかよ!!」 「も、もう!せっかく励ましてるのに、からかわないでよ!」 「ははっ、だってお前がヘンな事言うから……あははっ」 ダメだ、笑いが堪え切れない。さっきまであんなに重たく感じていた背中が、何だか軽くなった気がする。 そうだよな。緊張したくないって言って、ビビってちゃ勿体ないよな。お前は時々そうやって俺を救い上げるんだ。…ま、たまーにだけど。 大丈夫。やれる。いきなりは無理かもしれないけど、これが俺だってサトリを開いてやるよ。 「よっし!テンションあがってきた!早速井上たちと合流して練習だな!」 「誕生日から頑張るね、ハリー」 「おう!偉大なるミュージシャンには誕生日も日曜日も無ぇんだよ!…ありがとうな」 「あ、それ気に入った?まだたくさんあるんだよ。色違いで種類が…」 「ちっげぇぇぇええよ!!!このマイクじゃねぇ!!…あーいや、これはこれでいいんだけど…とりあえず全部だ!!感謝してやる!!」 「じゃあな!」と手を上げ、プレゼントの入った紙袋も忘れずに持って、俺は駆け出す勢いで階段を降りる。 とりあえず「おめでとう」と言ってくれる奴には胸張って礼を言う。んでもって学校出たらソッコウ井上たちのところへ行く。誕生日だってバカ騒ぎしてる間は無ぇよ。 なんか、凄く歌いたい気分だ。 |