どんなものより 「…あめ、やまないなぁ」 となりで頭をゆらゆらさせてねてるユキを自分のほうへひきよせながら、おれはマドから見える空を見上げる。あめの日って、どうしてこんなにくらくて、むぅっとしてるんだろう。バスの中はあったかいけど、外はさむいんだろうな。 「もくてきち」まではまだまだある。こんな時間に、外にいるなんてはじめてだ。 ほんのちょっぴりだけむねが苦しくなったけど、気づかないフリをした。だって、おれは男だからないたりなんてしないんだ。それに、こんどからショウガッコウだもん、もう大きいからないちゃダメだ。 うちの父さんは、「みゅーじしゃん」で「すたー」だ。うたがすごくうまくて、だからみんな父さんのうたが好きで、テレビとかもたまに出る。 それはうれしいし、じまんなんだけど、でも、みんなが父さんを「好き」だから、あんまりたくさんはいっしょにいられない。 さびしいけど、でも「しかたのない」ことなんだって、おれは知ってる。だから、父さんに「さびしい」っていうのはやめようねっていうのは、おれとユキと、母さんでした約束だ。 少し前に、コナミちゃんが言ってたんだ。「パパのたんじょうびは、いっしょにケーキ食べたんだよ」って。 コナミちゃんのお父さんはやきゅうせんしゅでやっぱりいそがしいんだけど、でもその話をきいて、おれはやっぱりいいなぁって思ったし、ユキはすっかりゴキゲンナナメになった。それで、言ったんだ。「ウチだって、いっしょだもん!」って。 びっくりした。ユキはおこったみたいに言ったから、コナミちゃんないちゃったらどうしようとおもったんだけど、コナミちゃんはにこにこして「ユキちゃんとアキちゃんもなんだー、よかったね」って言ってたから、まぁ、いいんだとおもう。 「もくてきち」までは、ほんとうはでんしゃがちかいけど、きっぷの買いかたがわからないからヤメた。バスならえんそくでものったし、おばあちゃんといっしょにのったこともあるからだいじょうぶ。でも、こんなにとおいだなんて思わなかった。 「まだかなぁ……」 ユキはほんとうにキラクだなぁ。こんなところで寝ちゃえるなんてさ。おれたちフタゴなんだけど、ユキはちょっとスゴイんだ。この「ケイカク」だってユキが思いついたし。 びっくりしたけど、ハンタイなんてしない。ユキがやりたいこと、おれがハンタイなんてするわけないんだ、もちろん。 もういちど、マドから外をみた。どこまでもまっくらで、やっぱりちょっぴりだけ鼻のおくがツンとして、おれはユキの手をぎゅっとにぎった。 「―――では、本番はこれで。よろしくお願いします」 「了解。…こっちこそよろしくお願いします」 ライブと、そこに入るテレビ中継のスケジュールとをマネージャーやら番組スタッフと最終確認する。今日、俺の誕生日から大晦日の手前までツアーをするのは最近の恒例だ。30日でツアーが終わるのは、大晦日は家族と過ごすためだ。カウントダウンライブとか、ニューイヤーライブとか、話は何度か持ち上がったし、ファンからもたまにそんな声が聞こえるがそれだけはするつもりはなかった。それでなくても普段はあまり家にいられないし、そもそも年末年始に夜通しライブというのが、どうも馴染めない。年の締めくくりと始まりは家族と共に過ごすもんだと、俺はそう思っている。 このライブツアーは、いつも羽ばたきのイベントホールから始める。終わりも羽ばたきだ。今回はそれにテレビが入る。たまにテレビとかが入るのを嫌うバンドもあるらしいが、俺達はそういう事にこだわった事はない。たくさんの人に知ってもらえるのは単純に嬉しいし、何より今日この場には来れなかったファンの人が見れたらいいんじゃないかと思うからだ。 (……不思議なモンだよなぁ…) 高校生の頃、今の自分をどれくらい想像出来ただろう。口では大きな事を言って、もちろんそれは実行するつもりだったけれど(そしてそれは今でも継続中なわけだけれど)、その道程がそう甘いものでないことくらいどこかでわかっていた。 あの頃は、駅前の商店街で必死にビラ配りしてたのに、今ではインターネットの先行予約でもうチケットがほとんど売れてしまうのだ。そういやビラ配り、通りすがりのアイツに無理やり手伝わせたっけな、と、窓の向こうを見ながら軽く笑う。おまけに、そのアイツと俺は今は夫婦であり家族でありガキもいる。本当に不思議だ。いつの日だったか都合よく夢見たことがある未来だったが、こうして現実になってみると自分の努力云々というよりも運命とか、縁とか、不確かなものの存在を意識してしまう。そういったものに頼りきる人生はゴメンだって思っているけれど、でもそれは間違いなくあるのだと、俺は信じている。 「今日は雨ですね。…あれ、電話だ。すいません、ちょっと外します」 「おう」 部屋を出て行くマネージャーに軽く返事をしたところで、別のケータイの呼び出し音が鳴り響く。俺のだ。ディスプレイには「あかり」の文字。 こんな時に電話だなんて珍しいなと思いつつも、俺は特に不審がる事もなく電話に出たのだが。 聞こえてきたのは、耳をつんざくような大きな声で、俺は思わずケータイから耳を離しそうになった。 『ハリー!!大変なの!!お、落ち着いて聞いてよ!!』 「何だよ、お前が落ち付け!どうしたんだ?」 結婚してから、あかりは俺の事を「コウ」と呼ぶようになったけれど、怒ったり慌てたりした時は昔の「ハリー」呼びに戻る。(めっちゃくちゃ怒ってる時はにっこり笑って「幸之進さん」と呼ばれる)何つーか、昔からの呼び方が体に染みついているらしい。こんな事なら、お前にだけは「コウって呼べ」って言っときゃよかったなと思わなくもない。 『いないのよ!!それで、今、みんなで探してて…!!志波くんがたまたまお休みだったから少し遠くまで見に行ってくれてるんだけど…!!』 「はぁ、志波?何でまたアイツが……って、おい。まさか、いないって」 考えたくない予感に、どくりと心臓が震える。ほとんど泣き声みたいなあかりの声が、受話器の遠くから聞こえた。 『幼稚園から帰ってきて…コナミちゃん家に行くって言ったから…、送って行くから待っててって言ったのに、あの子たちさっさと行っちゃって…外出たらもういなかったし。でも志波さんの所なら近いし大丈夫だと思って…でも、それから志波さんの家に行く途中で志波くん達に会ったの。家族で買い物行ってたって。コナミちゃんもお約束してたわけじゃなかったって…!』 「何してんだよアイツら…!」 『ご、ごめんねこんな時に…で、でも不安で。だって事故とか…ゆ、誘拐とか』 「ばか止めろ!滅多な事言ってんじゃねぇ!…とりあえず、俺はライブ終わるまでは帰れねぇ。おふくろに電話しとけ。あと、志波には俺からも連絡しとく。それから…もし、これ以上探して見つからなかったら…」 その時は警察に連絡しようと、言おうとしたその時。後ろのドアが勢いよく開けられ、同時に飛び込んできた聞きなれた甲高い声。 「あっ、おとうさんだ!らいぶの前ってこんなところにいるんだーすごいなー!」 「おとうさーんっ!ユキたち、ふたりでここまで来たんだよ!すごいでしょ!でも、カンタンだったけどねー!」 「カンタンって、ユキ寝てただけじゃん」 「うっるさい!いいの!なによ、アキなんて泣いてたくせに」 「な、泣いてないよ!ユキだってさー!」 「……………………おーーまーーえーーらーーーー!!」 とりあえず俺はもう殴ってやりたいくらいの怒りを(そして泣きそうなくらいの安堵と)感じたわけだが、電話越しにあかりにめちゃくちゃ怒られる二人を見て、とりあえず俺まで怒るのはやめてやろうと思った。(あかりはいつの間にかすっかり逞しく「母親」で、たまに俺の母親に似てきたと思う瞬間がある。あれだけは悪夢だ) 当の本人達はあかりに絞られた時こそしょんぼりしょげ返っていたが、マネージャーからりんごジュースとお菓子を出してもらい、とたんに元気を取り戻した。ゲンキンな奴らだよ、まぁ俺の子だもんな。 おまけにこいつらが来たことを聞きつけて、テレビ番組のディレクターまでもが顔を出し、その上とんでもないことを言い始めた。 「な!?こいつらをステージに上げるって!?」 「ええ。丁度サプライズになっていいじゃないですか!」 「へぇー、いいんじゃない?面白そうじゃん」 「井上!お前はドサマギでテキトーな事言ってんじゃねぇ!!」 「えー!ユキたち、てれび出れるの?それならもっとかわいいのきてくればよかったー」 「だいじょうぶかな。また母さんにおこられないかな?」 ユキは早速スタイリストを捕まえてどうやったらかわいくなれるかを相談しはじめるし、井上はアキに向かって「ダイジョーブダイジョーブ。お母さんも喜んでくれるってー」なんて適当な事を言いやがる。番組スタッフの方はと言うと、さっさとコイツらが出ることをスケジュールに組み込み始めている。 「いや、ちょ、待て!何で話がどんどん進んでんだ!?おかしくねぇか?」 「なんで?何か問題あるのかよ、のしん」 「そうだよーのしん父さん」 「のしん言うな!ユキ!その呼び方マネするなっつったろが!だって、急にコイツら出てきたらみんな驚くだろ!」 「だからそれがサプライズなんだっての。大丈夫だって、番組側としてはさ、そういうのがあった方が盛り上がるんだろうし、それに二人はカワイイんだから問題無いだろ?」 「そーだよ、カワイイからもんだいないよ!」 「何言ってんだ!!カワイイ関係無ぇし!つか、俺がマジであかりにしばかれんだろが!お前らもな、幼稚園児のブンザイでテレビ出演なんて生意気なんだよ!」 「お前ね、子供と張り合うってどんだけなの。あかりちゃんの方は、お前の愛で何とかしなさい」 「そーだよ、アイでなんとかしてよ!」 「何ともなりそうにないから言ってんだろ!!察しろ!」 ぎゃいぎゃいと井上とユキと言い合っている間、ずっと黙っていたアキが、ふと「父さん」と言って、俺の服の袖を掴んだ。ユキよりは良識派なアキは(それはあかりに似ているからだと親戚中に言われたが)、おとなしく俺の言う事を聞くと思ったのだが。 「あのさ、父さんたちのジャマしないから。おれたちもちょっとだけ出てもいい?」 「あ、アキ、お前までそんな」 「…きょう来たのは、たんじょうびだからだよ?ユキもおれも、父さんのたんじょうび、いっしょにいたいから、それなら父さんのところに行こうって決めたんだ」 「え……」 おとなしいアキの言葉は、けれど思いきり俺の胸を打った。ふだんコイツラはさびしいなんて言わねぇし、ていうかマジで淋しいって思ってくれる時あんのかとこっちが不安になったりするくらいなんだけど。 アキの言葉を合図みたいにして、それまで騒いでいたユキも急に黙り込む。ああ、そっか。何だかんだ言ってもお前らはやっぱり子供でさ、それで、気持ち一つでこんなトコまで来ちまって。 すげぇな。どんなプレゼントより歌より、俺を簡単に感動させるんだからさ。 「…わかったよ。その代わり、ホントにちょっとだけだからな!それと、母さんにも電話しとけ、俺、後で怒られんのやだし」 「やったーー!!父さんありがとーーーーーー!!大好きーーー!!」 「出るからにはきっちり決めろよ!……それと、ありがとな。ここまで来てくれて。でも、皆を心配させんのはダメだ。もうこれっきりだからな?」 そんなわけで、ライブにはサプライズで双子も登場し、しかしこれが思った以上に評判が良くて、おかげでライブも番組も盛り上がった。それどころか、双子に個人的に出演オファーが来たり、デビューしないかと話がきたりと色々大変だったが、それはまた別の話。 ……それと、ステージの上で「おとうさん、たんじょうびおめでとう。これからもがんばってください」と二人から言われた時、うっかり泣きそうになったのもぜってぇ秘密だ。 |