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クリスマス・キャロル <1>
 
  
※注意
  
こちらのお話では 
佐伯デイジー→海野あかり 
志波デイジー→一ノ瀬さよ 
針谷デイジー→蒼井詩穂 
氷上デイジー→麓 夏生 
赤城デイジー→日下伊織
  
となっております。
 
 
 
 
 
  
・接触、携帯電話
 
 
  
「……ふぅむ」 
「さっきから、何見てるの?」 
「うわっ!…びっくりした、君か」
  
驚かせるなよと、赤城一雪は相手を見上げたが、その相手はさして悪びれもせずに「ごめんなさい」と言った。相変わらず表情が乏しいというか――自分の恋人が表情豊かであるから比べるのかもしれない――物静かな子だなと思う。 
彼女―蒼井詩穂は眼鏡の黒いプラスティックフレームに指で触れながら「珍しいもの見てるのね」とぽつりと言った。彼女は外見はすらりとしていて一般的に言えば「美人」の部類に入るのだが、話し方はその見た目を大いに裏切るのだった。
  
「赤城くんが熱心にノートパソコンなんて開いているのも珍しいのに。しかも、その内容」 
「…勝手に覗き見るなんて、立派なプライバシーの侵害だぜ?子供でも気付く基本的な公共マナーだと思うけど?」 
「…ごめんなさい。けれど学内で、しかも赤城くんがそういうの見てるって、気になっちゃって」 
「裁判にしたらどっちが勝つかな?」 
「そりゃあ赤城くんじゃない?でも、恥ずかしい思いもするだろうね。だから、君はこんな事で私を訴えたりはしない」 
「…確かに、馬鹿げてる。見つかった時点で恥ずかしい思いは既にしているし。…恥ついでにさ、ちょっと相談してもいいかな」 
「相談?私に?」
  
彼女は意外そうに目を見開いて赤城を見る。くっきりとした二重まぶたにそこを縁取る長い睫毛。なるほど、男友達から散々彼女を誘いだす話を聞かされるわけだ。もちろん赤城はそんな面倒事は引き受けない。何よりも目の前の彼女がそういった類の誘いを嫌がっているのを知っているので、わざわざ恨みを買うようなことに興味はない。 
蒼井詩穂は改めて一雪のノートパソコンの液晶画面を確かめてから、赤城を見た。
  
「…授業とか、レポートについての相談ってわけじゃなさそうね」 
「それは自力で何とかしているのでご心配なく。…でもさ、こればっかりは僕だけじゃどうも…今いち自信がないんだよな。…言っておくけど、真面目な話だから」 
「うーん…。力になってあげたいけれど…こういうのって、私も得意分野じゃないからなぁ…」 
「へぇ?モデルさんはこういった類は詳しくはないんだ?」
  
少しばかり意趣返ししようと赤城が軽く言うと、当の本人は思わぬ所を突かれたと驚き、そして迷惑そうな顔を隠しもせずに不機嫌そうに小さく息をついた。
  
「…それは、関係ないでしょ」 
「知らなかったんだけど、ショッピングモールにさ、時々大きいパネルが出るだろ?あれにもよく君が映ってるんだって?あと何とかって雑誌にも出てるとか」 
「そんな話、一体どこから…」 
「伊織がいつも教えてくれるよ。『詩穂ちゃんは美人さんでオシャレで憧れなんだよ』って。あんまり君のことばっかり誉めるから、僕も君みたいにモデルになろうかと思ったくらいだ」 
「……それ、本気で言ってるの?」 
「まさか、冗談だよ。誰にでも出来ることじゃないだろうし」
  
少し言い過ぎたらしい。このまま気分を害して帰られても困るので(もう既に不機嫌にはなっているだろうが)この辺で黙ることにする。 
詩穂は学生をする傍らスカウトされてモデル業も「兼業」している。おまけに今年の大学祭では他の学年の先輩方を抑えて堂々ミス・キャンパスなどになってしまった為に、一時期彼女の周りはちょっと騒がしかった。 
そんな華やかな世界に足を突っ込んでいるくせに、彼女自身はそうして騒がれるのを好ましくは思っていないらしい。だから彼女は普段は頑なにコンタクトは付けずに黒ぶち眼鏡を掛けてくるのだ。 それでも、『そういう眼鏡を掛けていても、詩穂ちゃんはオシャレさんなんだよ〜』なんて言う伊織みたいな女の子も男も後を絶たないのだから、あまり効果はないのだろうけど。
  
「…まぁいいや。赤城くんの言う事にいちいち反論していたら日が暮れちゃう。話、戻してもいい?」 
「うん、そうしてもらえると僕も助かる」 
「赤城くんの悩みには私は良いアドバイス出来ないと思う…イジワルとかじゃなくてね。その代り、そういうのに詳しそうな人を紹介するよ」 
「へぇ……あ、でもさ。これは」
  
言い掛けると、彼女は「わかってる」と一言言ってからカバンから薄い携帯電話を取り出した。メールが送られていたらしい。彼女は細い指でパネルを操作しながら液晶パネルにしばらくじっと目を落とす。それからまた操作を開始する。
  
(…なるほどねぇ)
  
この一連の動作だけでも、どこを切りだしても絵になるような気がする。同じ動作を伊織がしてもきっと違った印象だろう。 
…もちろん、対象への愛情の種類も大きさも全然比べようがないので、この場合、純粋に客観的な意見でしかないのだが。 
ぼんやりそんな事を考えていると、彼女は自分の目の前に手にした携帯電話の液晶画面を突き出す。それは、さっきまで見ていたパソコンの画面と同じような光を放っていた。 
しかし、赤城はそれを見て眉を寄せた。…もちろん、疑問でだ。
  
「え?詳しいって…もしかして。いや、まさか」 
「本当はね、別にいるんだけど…まぁこっちの方が連絡も話も早いと思う。…じゃあ、私、行くね」 
「ちょ、ちょっと…本当に?まさか僕を騙して笑い者にしようって魂胆?」 
「…別にそれでもいいけど、さすがに伊織ちゃんに悪いし」
 
 
 
  
呆然とする赤城を置いて、「じゃあね」と。彼女は余裕の笑みすら浮かべて歩いて行ってしまった。
 
 
 
 
 
   
・冬風、公園通り
 
 
  
「…説明は以上ですが、ご質問などはございますか?」 
「あ、えーっと…たぶん、色々持ち込むと思うんですけど、それでも大丈夫ですか?」 
「はい、もちろんですよ。差支えなければどのような物かお伺いしてもよろしいですか?」 
「あの、先ほどお話した分と…たぶん、飾り付けとか。…あ!別に、こちらに不満があるとかではなくて…」
  
「承知しております」と、受付の男ははにこやかに、しかしマニュアル通りの笑顔で答える。見たところ自分たちとさして年は変わらないようだ。店員の笑顔に隣に座る彼女はいちいち、にこにこと腑抜けた笑顔で答える。恐らくは全くの無意識で。 
彼女のマイペースな話の進め方に、内心苛々しながらも、針谷はそれでもまだ堪えていた。これしきの事が我慢できないというのは、男として、ひいては人間として器が小さいように思えたからだ。 
しかし。
  
「良ければ、私達従業員もお手伝い致しますが。我々はお客様のお手伝いをする事が喜びですから」 
「え?そうなんですか?…うーん、でもなぁ、当日は一応手伝ってくれる人が決まっていて…、ハリー、どうしたらいいと思う?」 
「結構です」
  
そんなん、俺に聞くまでもねぇだろ!と思ったが、お鉢が回ってきたのを幸いに、針谷は表向きは丁寧に、しかし断固とした口調で受付係に言葉を放った。
  
「…俺たち、今のところあまり金はかけられないんで。出来るだけ経費は節約したいんです。ここで条件が合わないなら申し訳ありませんが他をあたります」 
「…いえいえ、もちろんお客様のご要望が最優先ですから。備品等の損傷が無ければ、どのように使って頂くのも結構です」
  
手の平を返したように恐縮した受付の男に内心「けっ」と舌を出した。学生だと思って上手い事言って、わけのわからないオプションを付けて料金を上乗せしようとしてきたに違いない。そんな小狡い手にこの俺が騙されるかと、針谷は威嚇と、そして本心腹を立てているのだという思いを隠さずに、受付係を軽く睨んだ。大学は行っていないが、その分、世間の世知辛さはこいつらよりも経験している。(そのはずだ、たぶん)こんな事で目くじらを立てるなんて「世界」を目指すにしては小さいじゃないかと思われるかもしれないが、金の問題は別だ。
  
(…って、何で俺がこんな苦労しなきゃなんねーんだよ!)
  
それもこれもコイツがぼんやりしているせいだ、と、針谷は隣でのほほんと出されたお茶を飲む羽学時代の同級生――日下伊織――をねめつけた。
  
「……ったく!なぁんで俺が!しかもお前とこんな事しなきゃなんねーんだよ!冗談じゃねぇ」 
「だって、一雪くんも詩穂ちゃんもこの時間は授業だし…私は一人で来れるって言ったんだけど、一雪くんが心配だからそれはダメって」 
「あの過保護ヤロウめ。だったらテメェが授業休んで来いっつーの!」 
「そんなの頼めないよ。でもそしたらね、詩穂ちゃんがハリーと行けばいいよって。番犬くらいにはなるし、『ヒマ』してるだろうからって」 
「…あんにゃろ。つか、ヒマとか言うな!俺サマだって色々あんだよ!今日はたまたま!たまたま空いてただけなんだからな!」
  
伊織には偉そうに言い放ったが、たまたま、ではなく今日はバイトが休みの日だ。ライブの直前でもない限り今の時間帯は大体オフにしている。詩穂はこちらのスケジュールをほぼ完全に把握しているので確かに間違いなく「ヒマ」ではあった。それにしたって、一番交渉事には向いてなさそうなこいつを寄こすとは。しかし伊織一人で来ていたなら、予算から足が出る上に、連絡先でも聞かれそうな事態になりかねない。確かに心配だろう。 
店の外に出ると、とても寒い。冷たい風が体を刺すようだ。少し前までいつになったら冬になるのかと思っていたが、さすがにこの時期になると冷え込んでくる。黒いジャケットを着てシルバーアクセやチェーンをじゃらじゃらさせている自分に対して、伊織はオフホワイトのコートを着て首元にはピンク色の柔らかそうなマフラーを巻いていた。そんな二人が並んで歩いているのは珍しいのか、何となく普段とは違う意味合いの視線をちくちくと感じる。とんでもない誤解だと、針谷は頭痛がしそうになった。
  
「それにしてもハリーってば凄いんだねー。びしっと言う事言えて。びっくりしちゃった。あんなに強く言わなくても良かったと思うけど」 
「ばぁか。あれくらいで丁度いいんだよ。別に脅したわけじゃねーし?それからな、お前は必要以上にへらへらしすぎ!赤城の肩持つわけじゃねーけど、あれは心配になるぞ?」 
「何で?私、へらへらなんてしてないよ!それに、心配するようなことになんてならないよ、それこそ心配しすぎなんだから」 
「いーや、してるね!笑うなとは言わねーけど安売りすんな、その辺の男に」
  
お陰でやりたくもない番犬をきっちりこなしてしまった。この借りは絶対返してもらうと密かに決意する。
  
「それにしても大丈夫かなぁ…」 
「あ?何が?」 
「お金のこと」
  
珍しくも伊織は神妙な面持ちで針谷を見上げた。自分の恋人は彼女より背が高く、目線もほとんど変わらないので妙な違和感があった。その度に詩穂の顔を思い出して、ああ、会いたいんだなと今頃になって気付く。
  
「だって、結構色々使ってると思うんだよね。さっきのもそうだけど…それ以外でも、まだ計算出来てないし」 
「あー…。それは心配しなくていいってよ」 
「どうして?あんまり高くなったら…」 
「資金については夏生が何とか出来るって言ってた。元々、コレ言いだしたのはアイツだしな」
  
そう答えると、さすがの伊織も若干不安そうな顔をする。…そうだろうな、俺だってお前と同じ顔したからな。
  
「夏生ちゃんがって…。それってどういう意味?どうするの?…本当に大丈夫なの?」 
「さぁなー?でも、あいつが大丈夫って言うんだから、大丈夫なんだろ、たぶん」
  
説得力のない答えだとは思ったが、そう答えるしかなかった。夏生がどうするつもりか針谷も聞いていない。彼女は華やかな世界に飛び込んでしまったし(この場合、自分が目指すものとは似て非なるものだということは理解している)、だからこそ何かヤバイ事をやらかすつもりじゃないかと思ってしつこく聞いてみたが、「アテがある」と言うだけで彼女は口を割らなかった。しかも「氷上くんや皆にはナイショでね」という一言だけ残して。
  
(だから心配になるんだけどさ)
  
彼女が愛する(こう言っても全く過言ではない)氷上格に「黙っていてほしい」という時は大抵ロクでもない事が多い。そして、ロクでもない上に予想の斜め上をいくので、今思いつく限りの想像は恐らく全て外れているだろう。
  
「…アイツの事だから、大丈夫だって」
  
自分自身にも言い聞かせるようにして、針谷はぽつりと零した。けれども、その言葉で伊織も自分も納得させられるわけはないと知っていたから、尚更、その言葉は頼りなく響いた。
 
 
 
 
  
さっきよりも一層強い北風が、公園通りを吹き抜ける。
 
 
 
 
 
  
・女王、降臨
 
 
  
――「いやぁ、そやけど世の中ね。クリスマスやなんや言うてますけれども、それがどうしたんやっちゅう話ですよ。我々はクリスマスも正月もこうして仕事するわけですからね」 
――「そんなん言うてはりますけどニイさん、お正月はいっつもハワイ行きはるやないですか。きっちりお休み取りますやんか。ゲイノウジン言うたらハワイでウハウハですやんか」 
――「そやかて、お前もいっつも俺に付いてくるやないか!ねぇ、皆さんどうですか?さも僕だけが楽しんでるみたいに言うこの性悪さ!ゲイノウカイなんてこんな奴ばっかりですわ。この間もコイツね…!」
  
「かーつーみー!ぼさっとテレビ観てないでちょっとは手伝いなさいよ!ねぇ?さよちゃんからも言ってやって!」 
「あ、あの…、大丈夫ですよ。それに志波くん、練習で疲れてると思うから…」 
「ちょっと聞いた?お父さん!もうね、こんなかわいいカノジョがビジンなお母さんとごはんの準備してるってのに、テレビ観てんのよ!?あの子」 
「かわいいカノジョとビジンでワカイお母さんなのになぁ〜」 
「あらやだ、お父さんったら!そんな事言ってもビールは増えませんからねぇ〜」
  
(………何故こうなる)
  
背中の台所の方で盛り上がる面々をちらりと振り返り、それをまたテレビ画面の方に視線を戻し、志波はため息をついた。これが、つかずにいられるだろうか?いや、ため息くらいついてもいいはずだ。 
カノジョと自分の両親の仲が良いのはいいことだと思う。だが、良すぎるのは如何なものか。さよが断らないものだから、母は何かにつけこうして彼女を家に呼ぶ。息子の事など頭にはない。純粋に母親がさよに会いたいが為だ。今日だって、本当は二人で会えたはずなのに何時の間にかこういう事になっていた。しかも自分を通すことなく、彼女は直接さよに連絡を取れるので阻止する事も出来ない。父親は父親で、何だかんだ言っても若い娘が遊びに来るのが単純に嬉しいらしいので役に立ちそうにない。そもそもあの母親に強く注意出来るとも思えない。まるっきり戦力外だ、使えない。
  
…多少恨めしい気持ちでテレビを観るくらいは許されると思う。
  
とはいえ、テレビなんて観たくて観ているわけじゃない。さして興味も持てないが、他にする事もない。志波は何となく口うるさく喋る司会者が進行する番組を観ていた。
  
――「しかし何ですか?賞金取っ払いって、これまた太っ腹ですねぇ。局的にはOKなんですか、これは」 
――「もちろんOK頂いておりますとも!年末ですからね!こちらのご祝儀袋をひっつかんで持って帰って頂いて結構です!」 
――「まぁ、どうせアレでしょ。出来るわけないと思っての事でしょうけども。ポーズですよ、ポーズ。どうせこんなん、新聞紙かなんかで中身膨らませてるんでしょ」 
――「ちょっとニイさぁぁぁん!!初っ端から番組潰すような事言わんといてくださいよぉ!新聞紙ではありません。ちゃんと賞金は入っております!」
  
「…志波くん」 
「ん?」
  
ひょこりとさよがこっちを覗き込む。二人だけならキスするのにな、と思った。例えば今、掠めるようにそうしてしまっても両親には気付かれやしないだろうが、さすがにそこは自重する。
  
「もうすぐゴハン出来るよ?…何観てるの?面白い?」 
「…いや、あんまりちゃんとは観てねぇから。なんか、賞金が出るらしいぞ」 
「ふぅん…クイズ番組?」
  
さよの方は興味を持ったのか、ソファに座る志波の隣にちょこんと並んだ。画面の中では相変わらずガヤガヤと煩い感じだ。 
番組はクイズ番組ではなかった。簡単に言えばカラオケ番組だ。何人もの芸能人がランダムに決められたカラオケの曲を歌う。一度も詰まらず、間違えずに歌いきれば賞金が出るらしい。
  
――「だってジャンルが広すぎますやんか。これはさすがに無理でしょう」 
――「そうですねぇ。流行りの曲はもちろん、演歌、洋楽、アニメソング、童謡と相当幅広いみたいですからね。…さて、早速一人目いってみましょうか!何と、この春芸能界にデビューしたばかりで人気急上昇のあの方に!出て頂きますよ!」 
――「何でも高校卒業したばっかりらしいやないですか。僕は今日初めてお会いするんですけども、何ですか?中々ぶっ飛んでるらしいじゃないですか?」 
――「それがねニイさん、彼女、最近流行りのおバカタレントの中では断トツに人気あるんですが、それだけじゃないんですよ。話によりますと、高校時代は『カラオケの女王』と呼ばれていたらしいんです。いきなり賞金に手がかかりそうな予感ですよ。スタッフさーん!バレへんうちに新聞紙入れ替えといてぇ!」 
――「やっぱり新聞紙なんかい!」
  
「高校卒業したばっかりって…じゃあ、私達と同い年ってことなのかな?…ていうか、もしかして」 
「カラオケの…女王…」
  
その言葉が妙に引っ掛かり、志波は少し身を乗り出してテレビ画面を観る。その言葉には聞き覚えがあった。記憶違いでなければ、そんな風に呼ばれていた奴を、俺は知っているようないないような。 
「あ!」と隣のさよが声を上げた。志波も思わず目を見開く。スポーツ中継でもないのに、二人してテレビ画面にくぎ付けになった。 
関西弁の司会者に紹介されて、たくさんの歓声と拍手に迎えられて出てきたのは。
  
――「よろしくお願いしまーす!」 
――「はい!とういうわけで、自信の程はどうですか?夏生ちゃん」
  
「や、やっぱりそうだ!夏生ちゃんだー!すごーい!こんな番組に出てるなんて知らなかったよ!」 
「……あいつ、だよな」
  
卒業して芸能人になったらしいとはさよから聞いていたが、まさかこんな全国放送される番組に出てくるとは。ついこの間まで同じ学校に通っていて、隣にいるさよと同じ制服を着てバカみたいな事を言って笑っていたのに。 
画面の中の彼女は、確かに彼女には間違いないが、やはり少し距離を感じた。化粧をして派手な衣装を着ているからかもしれない。駆け出しのタレントには大きすぎる舞台だろうに、彼女はそんな恐れなど感じてはいないようだった。実際、緊張などしていないのだろう。
  
――「なんかね、アナタ自信があるらしいじゃないですか。オーディションの時も賞金取りに行きますって初めから息巻いてたのアナタだけらしいですよ?出てきたばっかりのタレントさんには中々言えないですよ」 
――「はい、賞金、取りに来ました!取っ払いでもらえるって聞いたんで。ほら、あれですよ、リンゲツ収入ってやつです」 
――「いや、それを言うなら臨時収入やからね。ちょっと、ほんまに大丈夫なんですかね、この人。想像以上ですよ。ちょろっと喋っただけやけども、想像以上ですよ」 
――「えぇっと、それでは曲目選んで頂きましょうかね。夏生ちゃんに歌って頂く曲はこちら!」
  
セットの中の大きなパネルに曲目とアーティスト名が大きく表示される。曲目は英語表記のありふれた感じのものだったが、アーティスト名は良く知っているものだった。 
それにしても、なんて巡りあわせなんだろう。ここまでくると、もう声も出ない。
  
――「曲は、これまた最近人気急上昇の『Red:CroZ』の曲!これはかなり新しい曲ですけど、『カラオケの女王』の夏生ちゃんはどうですかね?いけそうですか?」
  
二人の司会者の若い方にそう尋ねられ、夏生はにっこりと笑う。にっこりというか、「にやり」という方がぴったりくるかもしれない。
  
――「…持 ち 歌 、です」
 
 
 
 
  
カメラ目線に駆け出しのタレントらしからぬ笑顔を向け、女王はマイクを持って颯爽と舞台中央に向かったのだった。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  
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