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【降りられないメリーゴーランド】
 
 
  
「こーいちー!先行くよー!」 
「こうちゃーん、はやくはやく!置いてっちゃうよ!」 
 
右手にはあいつらの荷物(何故か俺が持たされている)、左にはデカいぬいぐるみ(琉夏がゲームで当てたやつ)を小脇に抱え、俺は炎天下の遊園地をじりじりしながら歩いていた。 
少し距離を置いた前方には、弟と幼馴染が楽しげに――いかにも初々しい高校生カップルであるかのように――軽い足取りで歩いている。 
 
「…あっちぃ」 
 
先に行くというのなら行けばいい、置いていくというのなら置いていけばいい。暑さと荷物の多さから、半ば自棄になって、それでも俺は二人を見失うまいとして園内を歩く。周りの奴らは俺を見て若干引いている空気は感じたが、気にしない。もう今更だ。 
 
あいつが遊園地に誘ったのは琉夏だったが、その時に「じゃあ3人で行こうよ」と提案したのは琉夏の方だった。俺は余計な気を回されたと思いこんで弟を問い詰めたが「知らないよ。オレはただ3人で行きたかったんだから」と、あいつは涼しげな表情一つ崩さず、俺にそう言ったのだ。 
 
(『3人で』って、こういう意味かよ…) 
 
「このまま帰る」という選択も、俺の中ではあっていいはずだ。炎天下で荷物持ちで連れ回されるなんて冗談じゃない。 
…でも、それは出来ない。 
弟と幼馴染の存在を、俺は無視したり、粗雑に扱うことなんて絶対に出来ない。そうしてやりたいと思ってもどうやったって無理な話だ。頭よりも体全部が拒絶する。 
 
「遅いよ、こーいち!何やってんだよー!お陰でだいぶ順番先に行ってもらってるんだからな!」 
「…てめぇ、それはこの荷物の半分でも請け負ってから言え」 
「無理だよ。だってオレ、こんな暑い中重いもの持ったらビョーキになっちゃうよ」 
「ふざけんなっ!…それとなお前ら、暑いんだから、ちゃんと水分取っとけ、ジュースでも何でもいいから!」 
「るぅくん、こうちゃんが買ってきてくれるって言ってたよ?」 
「そーだよー!でもオレ、炭酸入ってないのでなきゃヤだよ」 
「…っ、ジュースくらい自分で買え!」 
 
思わず大きな声が出てしまい、またもや周りがぎょっとしてこちらを見ているのがわかる。そのうち警備員でも飛んできたら何て言い訳すればいいんだよ、面倒くさい。 
それでなくても、この辺りは小さな子連れが多いんだから、余計に周囲の視線が痛い。 
ぐるぐると回り続けるメルヘンなアトラクションを見て、げんなりとした気持ちが募る。 
 
「…なぁ、コレに乗るなら、本当にお前らだけ先に乗ってればよかったのに」 
「そん…」 
「ダメだよ」 
 
幼馴染よりも早く、弟が短くそう言った。時々不思議と、弟の声は声量がなくても無視できない。 
 
「琥一も一緒でないと、意味が無い」 
 
その声に、はっとする。さっきまでの、ぶーぶー文句垂れられてた時の方が余程マシだった。気温の暑さなんて簡単に忘れさせてしまう声を、弟は兄である俺にも躊躇なく吐く。絶対に抗えない強さ、でもどうしようもなくギリギリで、それは怒りでなく懇願に似ている。 
 
俺が、この二人を見失えないのと同じように、琉夏もまた「3人」にこだわる。俺を含めた、3人。 
 
「…わかったよ」 
「よーし!じゃあこーいちはお馬さん。オレは二人で馬車に乗ろうっと。ね?」 
「ちょ、おい待て!いやだ、馬はいやだ!」 
「荷物は預かってやるからご心配なく」 
「元々それはお前らの荷物だっつうの!!」 
 
本当のところ、どうして琉夏が3人のくくりにこだわるのか、俺はわかっていないようで、わかっている。そんなこともわからない程、俺は鈍感じゃない。 
でも、きっと俺からは無理だ。琉夏か、それともアイツか、どっちかが付き離してくれないと。 
 
作りものの馬車と馬から、降りることなんて出来ない。 
 
 
 
「…おつかれさま」 
「おう」 
 
さんざんメリーゴーランドを乗りまわし、満足したのか「といれ」と言って琉夏はさっさと行ってしまった。まっすぐ帰ってくるかはわからない。 
パラソル付きのテーブルに荷物を置き、椅子に座り一心地付く。彼女は「こうちゃん、大変だったね」と少しだけ眉を下げて笑った。 
 
「いつものことだろ」 
「そうだけど、でも、重かったでしょ?私、自分の分は持つって言ったんだけど」 
「気にするな。お前の分なんて重いうちに入らねぇから」 
「…あのね、これ」 
「…なんだ?」 
 
目の前に差し出された小さな手の上には、小さなマスコットが付いたストラップがあった。 
 
「さっき、るうくんがぬいぐるみ当てた時に、私もこれ、当てたんだよ」 
「へぇ、そうか。気付かなかった」 
「だって、内緒にしてたんだもん。…るうくんも内緒の方がいいよって言ったし」 
「よかったじゃねぇか、何も無しじゃなくて」 
 
何故内緒にしてたかは知らないが、ともかく、そのストラップはこいつや琉夏の好きそうな感じだった。「かわいい」ってやつだ。 
しかし、彼女はそれを引っ込めることなく、「はい」と俺に差し出すようにした。 
 
「これはね、お礼です」 
「…は?」 
「いつも私たちに優しくしてくれるこうちゃんに、私からお礼」 
 
にこりと笑うほっぺたが、ほんのりピンク色だったのは、見間違いだろうか。…あぁ、暑いからだな。きっと、そうだ。 
 
「…サンキュ」 
 
差し出されたそれを、俺はそっと受け取る。指先に、ふわふわとした感触が伝わった。いかにも安物のおもちゃっぽい感触、でも、悪くない。 
 
…そして。 
 
「はいっ!これはオレからのお礼〜〜!うけとって〜!」 
「ぎゃああああ!冷てっ…てめ、何しやがる!!」 
「なんだよー、せっかくこーいちの分も買ってきたのに。ジュース、首に当てたくらいで怒るなよ。こーいちは怒りんぼさんだなぁ、そんなんだと長生きできないよ?」 
「うるせぇよ、ほっとけ!…しかも、何だこれ!お汁粉スカッシュ!?嫌がらせか、てめぇ!!」 
「そんなわけないじゃん!それ、一番人気だよ?最後の一本だったんだよ?だからこーいちはコレだなぁって」 
「嘘つけぇぇぇ!!」 
 
 
…本当、いつまで続くんだ。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  
 
2010/03/01 Blogより。「三角関係」というシステムがあるらしいよ!と、知った頃、だと思う。 
誤解を恐れずに言うならば、琥一は、琉夏かバンビどちらの事で迷っているのかわからない、という感覚だといい。と思ってました。 
そして幼馴染バンビに「るぅくん、こうちゃん」と呼ばせたかった、という話。 
  
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