【兄弟のありよう】
バタバタガシャン!と騒々しく玄関の戸が閉められる音が聞こえてくる。あんな風に騒々しく家に帰ってくるのは、ウチでは一人しかいない。
家の中をどすどすと歩く足音で、あぁ面倒な事になると琥一は今までの経験からため息をつく。これから起こりうる事態に、なるべく関わり合いになりたくないと思い、しかし、それは叶わないのだと諦めた。
「琥一、こういちっ!」
「…なんだ、うるせぇ」
力任せに開け閉めされたリビングのドアの音は、まるで悲鳴のようだ。
素知らぬ顔をしてページを繰っていたバイク雑誌を取り上げられ、床に叩きつけられる。さすがに腹が立って「何すんだ」と睨みあげれば、「何って、それはお前が一番わかってるだろ!」と、向こうも負けじと睨み返してくる。
まるで子供の癇癪だ。琥一は一つ息を吐いて、叩きつけられた雑誌を拾い上げる。
「何だよ!無視するなよな!」
「さっきからうるせぇっつってんだろ。何なんだよ」
「…この間、出掛けたって聞いた」
「はぁ?俺だって出掛けることくらいあるっつーの」
「そうじゃない!一緒だったって聞いたんだ!」
ち、と心の中で舌打ちする。「あいつ」は何だって、何でもかんでもこの弟に話してしまうのだろう。ガキでヤキモチ焼きの瑠夏は、それでなくても琥一にあらぬ疑いを勝手に抱いては突っかかってくる。とんだ迷惑だ。
「何で黙ってるんだよ!」
「何でいちいち報告しなきゃならねぇんだよ」
「だってさ…!だって…」
きれいな顔を、瑠夏はまるで傷ついたように歪める。いつもそうだ。初めにわけのわからない事で怒ったり泣いたりするのは瑠夏の方なのに、最後にはいつも言い出しっぺの瑠夏の方が傷つけられたような顔をする。
それを見ると、いつもどうしようもなく腹が立って、けれど同時に途方もない罪悪感を感じてしまう。何故かはわからない。
(だから、嫌なんだ)
「…二人で黙っていくなんて、ズルいじゃんか」
「なら、お前も誘えばいいだろ、俺に黙って」
「そ、そんなの…!」
冷たく言い返してやると、ますます瑠夏は言葉に詰まらせて視線をまごつかせて立ち尽くす。このバカな弟は、あの幼馴染と出掛ける事を琥一に逐一報告してくれるのだった。この前はゲームセンター、その前は動物園、今度は遊園地…そんな風に。
「だって…そしたら琥一が仲間外れみたいじゃんか。さびしいだろ?」
「フン、お前バカか?んなワケねぇだろ」
「な、なんだよー!意地っ張り!そういうところが琥一はかわいくないんだよっ!」
「なるほど、俺がアイツと黙って出掛けたのがお前は淋しかったってわけか。…ガキ」
「う…うるさぃっ!琥一のバカ!やくざ!もう琥一となんか口聞かないからなっ、絶交なんだからな!」
「おう、そうしてくれ。静かになって丁度いい」
そう言うと、今度こそ、瑠夏は泣くんじゃないかという表情で「な、なんだよ!こっちだって全然、お前のことなんかどうでもいいんだからなっ!ばぁぁぁかっ!」ときゃんきゃん喚いてリビングを出て行ってしまった。たぶん、自分の部屋に戻っていったんだろう。
(…淋しい、ってな)
アイツほんとバカだなと思いつつも、やっぱり一言言っておけばよかったか、などと、つい考えてしまう。あのアホなヤキモチが自分に向いている間はいいが、幼馴染の方に向けれられると、それはそれでややこしい話になりそうだ。
何故言わなかったのだろう、と考える。だが、答えは出てこなかった。たまたまだ。瑠夏のようにいちいち細かい事を気にしているのがオカシイのだ。
(さっさとくっつきゃいいのに)
瑠夏は知らないだろうが、昔とは違う。「淋しい」役回りならば、とっくにもう自覚している。
別に、どうということはない。自分は彼女に、瑠夏が持っているような情熱はないのだし、他の男と一緒になるよりはよっぽど良いと思っている。
ただ、「淋しい」のが、彼女が離れて行くことなのか、それとも弟が離れて行くことなのか、それはまだよくわからない。
(…別に、どうでもいいけどな)
瑠夏が部屋を出て行ってしばらく、たぶん数十分というところだろうか、先ほど乱暴に閉められたリビングの戸が恐る恐る開けられた。
色素の薄い髪が揺れるのが見えたが、無視した。
「…こーいち」
「………」
「こーいち、…なぁ、琥一ってば!」
「絶交したんじゃなかったのか、俺たち。どうでもいいっつって出て行っただろが」
ちらりと一瞥をくれると、瑠夏は心外とでも言いたげにむうっとほっぺたを膨らませていた。何故こいつが腹を立てるのだろう、全く勝手な奴だ。
「それは、一時休戦だ。オレ、ホットケーキ食べたい」
「勝手に食え。バーカ」
「オレはっ!琥一の焼いたホットケーキが食べたいの!」
「……毎度思うんだが、お前、ほんとフザケてるよな」
「何だよ、ホットケーキくらい焼いてくれたっていいだろ。なー、オレ、お腹すいたー、こーいちーはやくー」
「……っ、わーったよ!わかったからじゃれるな、暑苦しい!どけ!」
「わーい、やったー!」
こうなると、もう琥一はホットケーキを焼くしかなくなる。どうしようもない、昔からだ。
昔から、そしてまだしばらくは、こんなくだらない事が続けられるのだろう。
「…言っとくけど、コレ食ったらまた絶交だかんね。オレ、琥一とは口聞かないからね」
「そりゃ、こっちの台詞だ。今からでもいいぞ、絶交」
「…で、でもさー、そしたら琥一が淋しいだろうから、心の広いオレは許してあげるよ」
「いらね。…つか、おい!それまだ返すの早いだろうが!触んなっ!」
「わぁぁっ、ちょ、琥一助けて!何とかして!!」
2010/02/09 Blogより。口調等が全然違うのはご愛嬌。
琉夏はかわいこちゃん王子であると信じていた日々。
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