星降る夜に





※デイジーの名前は伊織ちゃんと言います。




「わぁ、すごい。一雪くん、見て!」
「上向いて歩いていたら転ぶよ」

今日は晴れていたから夜空はくっきりと澄んでいて、そしてその中に輝く星はとてもきれいだった。図鑑か何かで見たことのある星座が、ちゃんとわかるくらいに。
冬の夜は寒いけれど、星が綺麗。そして、綺麗と思う度、いつも一雪くんが冬に生まれたのだと思いだす。

「すごぉい…きれいだねぇ…」
「はいはい。わかったから、立ち止まってないで歩きなよ」
「…もう。せっかく星が綺麗なのに」
「そうやって、上ばっかり見てるのはもう終わり。前向かなきゃ危ないだろ?…それか」

くい、と腕を引っ張られて、バランスを崩した私は一雪くんの方にぽすりと収まってしまう。
夜空よりもずっと近く、覗きこむ一雪くんの顔が視界を覆った。

「出来れば僕の方を見てて欲しいんだけど?」
「い、いきなりはびっくりするでしょ!」
「伊織が空ばっかり見てるからじゃないか」

そう言って軽く笑う一雪くんの顔は、この距離で見ていると心臓に悪いので私は慌てて離れてしまった。
だって、いきなりはやっぱりだめ。一雪くんは自分がどれくらいかっこいいか知らないから、余計に悪い。

「…ちゃんと、前見て歩きます」
「何だ、残念。僕の方じゃないのか」
「一雪くんの方を見てたら進まないでしょ」
「その場合はかまわないよ?いくらでも止まっていてあげる」

それじゃあさっきと話が全然違うよ、とは、言わなかった。何て言うか、そういう事は問題じゃないから。それくらいの事は、さすがの私もわかっているから。
それにしても風がつめたい。やっぱりマフラーしてくれば良かったなぁ。

「ほら、行こう?」

そう言って、一雪くんは私の手をきゅっと握った。…正確にいえば、一雪くんが差し出してくれた手に、私が手を重ねて。
普段は意地悪な事や、ヘンな事ばっかり言ってる一雪くんだけど、こういう時の顔は好き。照れたみたいに、でも凄く優しい笑顔でいてくれるから。
こんな事、自分で言うのはおかしいかもしれないけど、私のこと、大切に思ってくれているってわかる気がするから。
だから嬉しくて、私も同じように笑ってしまう。私も、一雪くんが思ってくれているみたいに、一雪くんが好きだっていうのが伝わるかな。

「…えへへ」
「何?何かおかしいこと、ある?」
「えへへ、ないしょだよー」
「教えてくれないの?」
「星がきれいだなーって思ったの」
「嘘だね」

一雪くんはそう言ったけど、私は取り合わない。そういう事は問題じゃない。それくらいの事、一雪くんはとっくにわかっているから。
繋いでいた手をまた少し強く握ったのが、「嘘だね」に笑い声が混ざっているのが、たぶんその証拠。

「ねぇ、一雪くんもうすぐ誕生日だね」
「え?…あ、ほんとだ」
「一雪くんが生まれた日は朝だった?夜だった?」
「さぁ、聞いたことないから知らないけど…」

一雪くんが生まれた日は星が綺麗だったのかなぁ、今みたいに、はっきりと遠く、けれどとても澄んだ光がたくさん空にあったのかなぁ。
もう終わり、と言われたけれど、やっぱり夜空を見上げながらそんな事を思った。足元は確かに少し覚束ないけど、一雪くんが手を繋いでいてくれるから大丈夫。
つめたい夜の空気の中で、一雪くんの手は熱いくらいだった。
やれやれと、一雪くんが呆れたように言うのが隣で聞こえる。

「また星を見てるの?」
「だって、綺麗なんだもん」
「まぁ、冬は綺麗に見えるんだろうけどさ。…確か氷上くんがそんな事言ってた」
「一雪くんは、星はきらい?」
「星が嫌いな人間っていると思う?そういうわけで、僕だって嫌いじゃないよ。見れば綺麗だって思うし」
「…またそんな言い方する」
「伊織が星ばっかり見てるからじゃないか」

ふと、つめたくなったほっぺたに、あたたかなものが触れた。私の顔を包むようにした一雪くんの手が、冷やされた空気を私の前から遮断する。
目の前にあるのは、一雪くんだけだ。

「いい加減にしないと、キスするからね」
「…っ」
「ていうか、このまましちゃってもいいかな?」
「…だ!だめ!」

思い切り離れたつもりだったのに、さっきと変わらず一雪くんは隣にいて楽しそうに笑っていた。…むぅ、また意地悪された。

「こ、こういう所でそういうコトしちゃいけないんでしょ?」
「さぁ?そんなの知ったこっちゃないよ。誰も見てないんだし」

…弁護士さんになりたい人が言う台詞とは思えない。将来弁護士さんになりたい一雪くんは、何でもないような顔をして、ほら行くよ、と、また私の手を繋いだ。

「あんまり遅くなったら、ご両親、心配するだろ。僕の信用にも関わるから、今日はもう帰るよ」

ちいさい子に言い聞かせるみたいにして言いながら、一雪くんは巻いていたマフラーを私の首にさっさと巻いてしまった。ふわりと、一雪くんのにおいがする。

「寒そうだったから、それ、してればいいよ」
「で、でも一雪くんが…」
「僕は平気。…君と手を繋いでるから充分」

それから、私はしばらく黙って一雪くんと歩いていた。夜の帰り道はしんと静かだ。
マフラーをしていない一雪くんの、顎のあたりを見てみる。…少し痩せたかな?勉強、大変なのかもしれない。
ふ、と、一雪くんが笑った。

「今度は何?」
「え?…うーんと…ないしょ」
「ふぅん、そう?」

一雪くんは、満足そうにまた笑う。その笑顔は、確かに星なんかよりずっと私の胸をときめかせた。

「…一雪くん、プレゼント、何か欲しいものある?」
「別に。何でもいいよ、プレゼントなんて」
「欲しいもの、ないの?」
「…あるよ」

ほんの少し、一雪くんは真面目な声で言った。

「あるけど、それはプレゼントでもらえるものじゃないから」
「そっかぁ…」
「君からプレゼントされて、嬉しくないものなんてないよ」
「それ、本当?」
「もちろん、本当」

うーん、そういうのが一番迷っちゃうんだけどな。

「…一緒にいられるだけで、充分幸せなんだ、僕は」
「え?」

気付くと、一雪くんの顔のあたりが吐く息で白くなっているのが見えただけだった。一雪くんは、呆ける私の鼻の頭をちょんと押して、悪戯っぽく笑う。

「さっきから、君が綺麗だって言ってる星が欲しい、って言ったんだ」
「えぇっ!?そ、そんなの無理だよ!」
「だろうね。だから、何でもいいんだってこと」
「え〜?何それぇ…またヘンな事言うんだから」
「それは、もう言われても仕方ないな」
「じゃあ、何かびっくりするようなのにする!」
「はいはい、期待してますよ」
「あっ、本気にしてない!本当に本当なんだからね!」
「はいはい」





星の綺麗な冬の夜、私たちはそんなことを言いながら手を繋いで歩いた。