僕が本物の王子なら
彼女の為なら、何にだってなってやれると思っていた。恋の相談役でも、羽学のプリンスでも、…つまり押し並べて「道化」と呼ばれる役割であっても。
佐伯は、自分の気持ちと彼女の気持ちを比べて、真剣に考えて決意したつもりだったのだが、結局はそれも無駄な抵抗でしかなかった。
彼女を誰にも渡せない、渡したくないという気持ちは益々強くなって佐伯自身を追い詰め、苛んで、結果、灯台の前で必死に彼女を呼びとめた。どれだけ必死だったかなんて、能天気な彼女は知りもしないだろうけど。
ふと、目が覚めた。ぼんやりと裸眼で見る世界は、薄暗く霞んでいる。ついでに、頭もはっきりしない。
ベッドサイドに置いてある眼鏡――相変わらず黒ぶちの『カッコ悪い』眼鏡――を掛けて、時間を確認する。夜明けとも夜更けともつかないような時間だ。まだ春先だから外はまだまだ暗い。部屋の空気もひんやりとしている。
(…またあの時の夢だ)
がしがしと頭を掻きながら、佐伯は何となく面白くないような気持ちになって息を吐いた。夢、というよりも記憶だ。自分の今までの想いとリンクして、高校の頃の風景が頭の中に映り込む。 次々と、スライドショーみたいにだ。嬉しかった事も、楽しかった事も、苦しかった事も、次々と。
この夢を見ると、いつもひどく疲れるし、あんな思いはもう二度とごめんだと苛々するのに、同時に何故か懐かしい。懐かしい、終わってしまったことだから、まるで美しい思い出であるかのような錯覚を起こすのかもしれない。彼女が関わっているのなら、尚更。
(まぁ、俺って結構アレだよな…)
今、頭の中を誰かに盗撮、あるいは盗聴でもされたら、恥ずかしさで死ねるに違いない。我ながら馬鹿げたことを考えてるなと肩を竦めた。それにしてもどうしてこんな時間に起きてしまったのだろう。辺りはまだまだ夜の気配に満ちていた。静かな、濃い空気。
もう一度横になってみたが、ちっとも眠くならない。たぶん、祖父の喫茶店を手伝っていた頃の癖というか、習慣だ。あの頃は、睡眠すら時間の無駄だと考えるような生活だった。
することもないので、とりあえず携帯電話を確認しようとベッドから降りる。布団の中で暖まっていた足に、床の冷たさが触れ、瞬時に冷やしていく気がした。
携帯電話は、寝る前に確認したまま変化はない。それはそうだろうなと、変に納得しながら、それでもベッドに寝転がりながら、まだぽつぽつとあちこちのボタンを押してみる。携帯電話の液晶画面がやけに白く明るく、目に痛かった。
「…やめた」
枕もとに携帯電話を放り出すと、程なくして電話は光るのをやめた。元々、普段からそれほど気にする方でもないし、暇つぶしにもならない。
……まさか、こんな時間に電話をかけるわけにもいかないしな。
そう思ったのと、光を失った携帯が、また光り始め、ついでに着信音を鳴らし始めたのはほぼ同時だった。
「えっ、わっ…!」
静かな室内に、けたたましく、けれど規則正しく鳴り響く機械音に、佐伯は慌てて通話ボタンを押す。
「もしもし?」
『も…もしもし?』
「何だ、お前か…」
耳元に伝わる高めの声に、佐伯は安心する。ろくに発信者が誰か確認もしなかったが、声が聞ければ充分だった。たぶん、さっきからどうしているか考えていた、相手。
自然と頬を緩ませながらも、一方で胸騒ぎも感じた。こんな時間にかけてくるなんて、いくら彼女が能天気といっても普段なら有り得ないからだ。
「何て時間に電話してくるんだよ。…起きてたから良いけどさ」
『…起きてたの?』
「目が覚めたんだ。さっき、たまたま」
『ごめんなさい』
聞こえてくる声は、いつもの感じとは少し違っていた。
「何があったんだよ」
『え?』
「だから電話してきたんだろ。…別に、怒ってないから」
さっきの言い方は、いかにも迷惑だという風に聞こえたかもしれない。それでなくても「佐伯くんはすぐ怒る」と言われるから、気を付けているつもりだったのに。
けれど、彼女は電話の向こうで弱々しく笑っただけだった。
『うぅん、何でもない。…本当、何でもないの』
男女の友情ってあるのかな?と、聞かれた時の声に似ていた。弱く、笑おうと取り繕う声。
(…ホント、嘘つくの下手だよな、お前)
大体、こんな時間に電話してきておいて「何もない」なんて、あるわけがないじゃないか。
「正直に言いなさい。お父さん、嘘つく娘に育てた憶えはないぞ」
親友に甘んじていた頃も、親友ではいられなかった今も、ただ一つ、曲げられないことがある。
しばらく沈黙があって、それから遠慮がちな声がぽつぽつと喋り出した。
『…声が、聞きたくなって。佐伯くんの』
「それで?」
『それでって…それだけだよ』
「あのなぁ」
電話を肩に挟みながら服を着替える。コンタクトは、よくよく考えたが諦めた。時間が惜しい。
「正直に、全部言えって言ってるだろ?…いいんだよ、俺は、そうしたいんだ」
そう言ってやると、とうとう観念したかのように「会いたくなったの」と、小さく聞こえた。
相変わらず、外は暗く、肌に触れる空気は冷たい。けれど、寒くはなかった。何故だか妙に勇ましい気持ちでここまで来てしまったのが、今更だが滑稽な気もする。
「さ、さえきくんっ」
こっそりと家から出てきた彼女は、驚いたような顔で佐伯を見る。
「ほ、ホントに来てくれたの…?」
「あぁ、来たよ。おはよう…には、まだ早いか」
パジャマに、しっかりとコートを着込んだ彼女の髪も、やっぱりつめたかった。さらさらと、指を滑る感触が気持ちいい。
「…ごめんね」
「何が」
「だって、こんなわがまま…」
「わがままでも何でも、一番にしてやれるんだから、いい」
あの頃は、ただ見ているだけだった。それが、彼女の為だと思っていたから、辛くてもそうした。
今はそうじゃないのに、あの頃の気持ちがふと甦る。苦しくて切なくて、泣きたいような、今となっては懐かしい気持ちに。
「どうしてかわからないけど…急に、佐伯くんに会いたくなって。それで、そう思ったら止められなくて…電話しちゃったの」
「…ん」
さらりと額の上にかかる前髪に唇をつける。…それから、こんな風に触れたのは初めてだと気付いた。こんな風に、まるで寄りそう恋人同士みたいに。
もう、恋人だったはずなのに。
髪に付けていた唇を離すと、自分を見上げる彼女と目が合った。まっすぐに見上げてくる彼女の目に、不安が揺れるのが見える。
「いつでも、来てやる。…お前が望むなら」
そっと白い頬に触れた。それが合図かのように、彼女は静かに目を閉じる。
外はまだ暗いままだ。でも、朝が来れば昨日までとは違う世界になっている、きっと。
そんな事を思いながら、恋人になって初めてのキスをした。
Thanks!! 50000Hit&2nd Anniversary!!
まろさまからリクエスト、「親友から恋人に変わった二人の初めてのキスのお話」を佐伯主で、でした。
リクエスト頂いた時、何て素敵なシチュだ!と思ったのですが、考え始めると難しかったです。親友である間悶々しているのはよく考えますが、親友から恋人になってからって、あんまり考えた事なかったなぁ、と。うちのデイジーさんにしては珍しくしおらしくなりました(笑)
本当はもっとこう、一方的だと思っていた気持ちが通じ合って幸せであるはずだと思うんですけど…何ですかね?何でこんな風になってしまったんでしょうかね?
そして密かに眼鏡かけ瑛の設定なのにほとんど生かせていないという…ていうか、それは必要あったのかと…ツッコミ始めるとこの話の存在そのものが無に帰すのでこの辺りで勘弁してください。
こんなお話ですが、まろさまに。
リクエストありがとうございました!
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