あかねいろ





何もかもが紅く染まる。海も空も、彼女の横顔も。

キスをしたのは、初めからそうしようと決めていたわけじゃない。気持ちを伝えて、そしてその答えを知って、感情のままに体が動いただけだ。
そうしたいと思ったのと、そうするべきだと思ったのと、想いは半々くらいだったと思う。
そうするべき、というのは、告白をして両想いになったらするものだ、みたいな、そんな漫画かドラマかのようなお決まりを実行したかったわけではない。そもそも、自分はそういうものには囚われない性分だし、世に溢れる漫画やドラマがどれもそんな風な終わりになるかどうかさえ、確かめた事はない。

しっかりと重ね合わせた唇は、少しかさついていたけれど柔らかかった。それまで思うさま夢とロマンを詰め込んで想像した感触、というほどでもなかったが、むしろその事に志波は安心する。そんな夢みたいな存在でなく、現実にいる彼女とキスをしているのだという事実に安心したし、嬉しかった。

3月の風はまだ冷たい。特にこの時間、しかも海風なら尚更だが、その冷たさも少しも感じない。…たぶん、耳まで熱いせいだと思う。
キスをしている間、彼女に嫌がる素振りはなかった。少しの身じろぎもしない。まるで、キスをして、こうしてくっついていることの方が自然だと思えるくらいに。

キスをして、触れる喜びよりも、離れる淋しさの方がずっと大きいのは自分だけだろうかと思いながら、志波は彼女から唇を離した。

彼女はうっとりと目を開いて、自分を見上げる。ほんのり赤くなったほっぺたも、いつもより少し潤んで光るを増す瞳も、紅い、まっすぐな夕日に縁取られていた。
うっすら開いたままの唇を見て、もう一度キス出来たらいいのに、瞬間的に思う。たぶん、出来ないことはない。何も憚るものがないと言うと嘘になるだろうが、少なくともそのハードルは大分低くなったはずだ。
けれども、結局は出来なかった。そうする前に、彼女がふわりと笑ったからだ。照れくさそうに、けれど、その表情全部で志波の事を好きだと伝えてくる笑顔で。
いつもと変わらない、けれど、今までとは全然違う笑顔を見て、変わったのだと実感する。お互いに一方通行だったものが、きちんと向き合ったと思える瞬間。

気付くと、自分も笑っていた。くすぐったいような、そしてやっぱり照れくさいような気持ちがおさまらない。
彼女の笑顔に応えたかった。ついさっき、数分前にお互いの気持ちを伝えたばかりなのに、一体何をしているんだろう。そう思うと、おかしいような気分にもなる。

「…なんか、変だね」

彼女も、それに気付いたらしい。

「あぁ、変だな」

ふふっと、小さく声が上がるのを、聞いた。志波も同じようにくつくつと笑う。夕方、風がどんどん冷たくなって、世界はどんどん赤味を帯びていくというのに、相変わらず二人はくすくすと笑い合っている。本当に、ばかみたいだ。
こうして、寒々しい灯台で、お互いにお互いの腕を離さないまま、今すぐにでも二回目のキスが出来そうな距離で笑い合えるのは、ばかみたいで、そして幸せなことだ。

くしゅん、と笑い声以外の声がする。彼女の小さなくしゃみで、やっと二人は自分たちの体が冷え切っていることに気付いた。

途端、波の音が大きく響く。忘れられていた存在を主張するかのようにざわざわと波立つ海に、志波は一度だけ目を向けた。いつもと同じ、けれどもさっきまでとは確実に違う風景。
彼女が来るのを独り待っていた時の自分には、想像すら出来なかった世界。
夢かもしれない。そんな事をふと思った。卒業して、その足で灯台に来て、彼女が来るかどうか祈るような気持ちで待って、告白をして、両想いになって、キスをして。
全部、都合の良い夢かもしれない。
しばくん、と控えめに自分を呼ぶ声が聞こえた。当然だが、自分のすぐ隣には彼女が立っている。柔らかな色の髪も、白い、ふっくりしたほっぺたも、今日以降着ることのない制服に包まれた志波の腕を掴む小さな手も。全部、ちゃんとそこにあるけれど。

「…なぁ」

気付くと、もう一度腕を伸ばしていた。触れる柔らかさに、当然のように馴染む安心感と、自分にはないものに触れる昂揚に胸が震える。

「なぁに?」
「もう一度、いいか?」

答えは聞かなかった。



帰り道、海沿いの道では、灯台で聞くよりも遠いが、それでも波の音が微かに聞こえる。少し暮れかかっているとはいえ、相変わらずどこもかしこも夕焼けの赤に染められていた。
結局のところ「もう一度」くらいでは済まなかったせいか、彼女はあれから押し黙ったまま歩いていた。もしや怒っているのかと思ったが、繋いだ手はそのままなので、たぶん違うのだろう。

「…夕陽、綺麗だね」
「あぁ」
「よく、憶えておくことにする」
「俺もだ」
「ねぇ、志波くん」

俯きがちだった彼女が、覗きこむように見上げてくる。
そして、繋いだままの手を見せるように掲げた。ほっぺたが、まだ赤いままだ。

「…手、離さないでいてね」
「あぁ、わかってる」





答えた後の、はにかむ彼女の笑顔もきっと忘れられない。
そう思って、志波は繋いだ手に少しだけ力を込めた。











Thanks!! 50000Hit&2nd Anniversary!!






まろさまからリクエスト、「灯台でキスした直後の二人のお話」を志波主で、でした。
自分で書いてて本当に不思議だなと思うのですけど、志波くん書いてると全くそのつもりが無いのに勝手にイチャコラしてくれます。さすが狂犬と言わざるをえません。
キスした直後だ!EDだ!と意気込んだはずなのに、帰りは浜辺でなく別の道を…あ、EDの道を通った後って事にしといてください(おい)
志波主ってたぶん一番量だけは書いているはずなんですが、ちゃんと灯台でキスして、しかもその後って言うのは書いた事なかったので、楽しかったです。初心に帰った気がしました(笑)

こんなお話ですが、まろさまに。
リクエストありがとうございました!