はばたきの国のことこちゃん





わたしは焦っていた。
何故こんなに焦っているのかわからない。でもとにかく「会わなくちゃ」とそればかり思っていた。

「あっ、バンビ!こんな所で会っちゃうなんて、やっぱり運命?」

…ばんび?
聞き慣れない単語に、わたしは頭の中でその言葉をもう一度復唱する。ばんび。何の事かしら。
だけど、そんな頭の中の疑問をよそに、わたしは何の問題もなく、その声に振り向く。…そう、まるでわたしが「ばんび」と呼ばれる事が当然であるかのように。

「カレンさん」

わたしを「ばんび」と呼んだ背の高い綺麗な女の子に向かって、わたしはそう呼び掛けた。…あぁ、そうか。この子はカレンさんって言うのね。

「バレー部の練習があるんじゃないの?」
「そぉだよー!でもその前に、バンビを充電するっ!はぐっ!」

廊下で、周りに他の生徒たちがたくさんいるにも関わらず、カレンさんはわたしをぎゅうっと抱きしめた。ふわりと甘い、いいにおいがする。

「カレン、恥ずかしい」
「わっ、ミヨ!」

ぎゅうぎゅう抱きしめられている後ろで、ぽそりと女の子の声がした。猫みたいなくるりとした目が、わたしを見上げる。

「バンビ、時には断る勇気も必要。甘やかすのは良くない」
「ちょっとぉ!それじゃバンビが嫌がってるみたいでしょ!…ん、でもイキナリごめんね?」
「バンビには、行きたいところがある。行きたい…というより、会いたい?」
「えぇっ、そうなの!?引きとめちゃったんだ、ごめーん!」
「…宇賀神さん、どうしてわかるの?」

そう言ってから、はっとなる。わたしはどうして、この猫っぽい女の子を「宇賀神さん」と知っているのだろう。わたしのすぐ傍にいる背の高い女の子が「カレンさん」で「バレー部の練習がある」だなんて知っているのだろう。
彼女はわたしの心の中を知ってか知らずか、くすりと笑った。

「全ては、星の導き通り」





カレンさんと宇賀神さんに別れを告げてからも、わたしはただどんどん歩いた。途中会うなり「柔道部のマネージャーになれ」という男の子に会ったり、「ちょりーっす!」という変な挨拶をしてくる子にも会った。一体、何がどうなっているのかしら。ちょりーっす、って、そもそもどういう意味があるのかしら。
それにしても、ここは広い。教室もたくさんある。…そもそも、わたしはどうしてこんな所にいるのだろう、一体どこへ行こうというの。

誰を探しているの。

「琴子ちゃん」

呼ばれて、振り向いた。それは「ばんび」ではなく、わたしの名前だから。
振り向いた先には、きらきらした金色の髪の男の子が立っていた。前髪が長くて顔半分は見えないし、制服は着崩していて上履きもかかとを踏んでだらしがないのに、不思議と綺麗な印象の男の子だ。男の子なのに男の子じゃない…というか、まるで、人間じゃないみたいな空気。

「迷っているんだね」

その子は近付いて、そう言った。さらりと、金色の髪が揺れる。

「わからないわ」
「わからない?」
「迷っているかどうかも、わからないの。あなたたちは誰?どうしてわたしの名前を知っているの?一体ここはどこなの?わたしはどこへ行けばいいの?」

思っている事そのままを話すと、その子は何故かくすくすと笑った。威勢が良いね、と、面白がるみたいに。

「知りたい?」
「え?」
「俺たちのこと、知りたい?琴子ちゃんなら、教えてあげてもいいよ。…かわいいから、仲間に入れてあげてもいい」

すい、と延ばされた手を、けれどわたしは避けた。金色の髪をしたこの子の事を、わたしは特別嫌いというわけじゃないけれど、とにかく、そうして触れられるのは嫌だった。
だって、そうして触っていいのはこの男の子ではない。絶対に、間違いなくそうだった。…理由は、わからないけれど。

「…おい、やめろ。ルカ」

低い声と共に、がっしりとした腕が彼の手を掴む。突然現れた物凄く大きな男の人(だって、すごく大人に見える)は、庇うようにわたしと男の子の間に立った。

「なんで?いいじゃん、別に」
「ダメだ。こいつは違うんだから、俺たちは手を出しちゃならねぇ」
「コウは頭が固いな」
「オメェがふざけすぎてんだよ」

そう言って、【コウ】と呼ばれたその人は呆れたように溜息をつく。そして、どうしていいかわからずに立っているわたしにも、チッ、と舌打ちをした。

「まだいやがったのか。…さっさと行け。オメェの居場所はここじゃねぇ」
「そんな事言われても…一体どこへ行けばいいの?」
「それは、俺たちにもわからねぇよ」

丸っきり他人事、といった風に言うコウの後ろで、ルカが「ごめんね」と眉を下げる。

「お前には妖精の鍵がないんだ。だから自力で探してもらわないと」
「ようせいのかぎ?」
「あ、また余計な事言っちゃった。…とにかく、俺らは応援するしかダメみたい。じゃあね、がんばれ」





わたしだって、ここがわたしの居場所じゃないことは薄々気が付いている。だけど、わかるのはそれだけで、それ以外は何もわからない。
どうしてこんな事になってしまったんだろう。ここがわたしの居場所じゃないというのなら、一体どこへ行けばいいのだろう。
途方に暮れてとぼとぼと廊下を歩くわたしの耳に、微かにピアノの音が聞こえた。きれいな音。少しめげていた心が癒される。
何となく、ピアノの音がする方へ行ってみる。そこは「音楽室」と表札があった。
そっと戸を開けると、そこからピアノの音が何の隔たりもなくなったわたしの耳に届く。…見れば、また男の子だ。綺麗な顔をしているのに、不機嫌そうな顔をしてピアノを弾いている。
…と、思ったら、わたしに気が付いて、弾くのをやめた。

「おまえ、バカか」
「はっ?」

な、何なの?挨拶も何もなしに、出会い頭に人のことを「バカ」だなんて。何て失礼な人なの!
驚いて何も言えないままのわたしに、その人は益々嫌そうに顔を顰めた。

「勘の鈍い女だ。そんなだから、いつまでもウロウロするハメになる」
「そ、そんな事言われたって…、だって、わたし、どうしていいか…」

言いながら、だんだん自分が情けなくなってきた。どうしてこんな所で、こんな失礼な事を言われなきゃならないのだろう。しかも、知りもしない男の子に、だ。
泣きそうになるわたしを見て、けれど、ピアノの人は同情するどころか、ふんっと、居丈高に鼻を鳴らしただけだった。

「どうしていいか、は、決まってるんだ。そんな事も忘れてしまうだなんて、本当にバカだな」
「…じゃあ、あなたは知っているの?わたしがどうすればいいのか」
「それは知らない。俺には関係ない事だからな」
「知らないくせに、わたしの事をバカって言うなんて、おかしいわ。それならあなただってバカじゃない」
「なっ…、お、俺は別に知らなくてもいいんだ!」
「知らなくていいって何?どうせ、ピアノばっかり弾いてて、他の事なんて何も知らないんでしょう?やっぱりばかじゃない!」
「おっ、お前!何で俺にだけはそんな突っかかってくるんだよ!」

言い返すと、それまで澄ました顔をしていたくせに急に慌て始めた。…案外、こういう風に言われると弱いのかしら。

「あぁ、やっぱりここにいた」

睨みあうわたしたちの後ろで、からりと音楽室の扉が開けられる。入ってきたのは眼鏡をかけた、背の高い男の子。彼はわたしを見るなり、にっこりと笑った。

「良かった。君が迷っていると桜井兄弟から聞いてね。もしかしたらここじゃないかと思ったんだ。…桜井弟の方が、余計な事を言ったらしい」

眼鏡の男の子の言葉に、ピアノの子は「あぁ、それで」と納得したような顔をした。

「あいつ、何したんだ?」
「名前をね。校則違反よりヒドいルール違反だよ、まったく」
「ふん、琉夏のやりそうなことだ。…お陰で無駄な時間を費やした」
「ちょっとイタズラしたつもりだったらしいけどね…さて」

眼鏡を掛けた子の方が、わたしの方に向き直る。…この人は、何か知っているみたい。

「初めの目的を思い出して。…大丈夫、色々あったけど、君はちゃんと憶えてるから。…そろそろ、目を覚まさないと」
「目を、覚ます?」
「…たく、手間のかかる奴だ。よく耳を澄ませろ。お前の名前を呼ぶ声が聞こえるはず」

言われたとおり、耳を澄ました。目を閉じて、私の名前を呼ぶ声を探す。





「…とこ、琴子、起きて」
「んー…?」

気付くと、目の前に大地さんがいた。目が合うと、「探したよ」と目を細められる。わたしの大好きな、大地さんの笑顔。

「さがす…?」
「すっかり眠ってしまっていたんだね。…いくら呼んでも姿がないから心配したよ」

大地さんの言葉にゆるゆるとこれまでの事を思い出す。今日はお天気が良いからお庭いじりをすると張り切ってお庭に来て、それから木陰で休んでいたら、気持ちよくてそのまま眠ってしまったみたい。
ふわりと、前触れなく体が浮いた。大地さんが私を抱き起こしたのだ。ぱたぱたと、大地さんがわたしの肩や背中を払ってくれる。

「こんな所で眠っていたら、不思議の国へ連れて行かれてしまいますよ、お姫ぃさん」
「ふしぎのくに?」
「…っていう、お伽話があるらしいよ。結局は夢だったって話だったかな?」
「夢…」

そういえば、夢をみていたのかもしれない。…どんなのか、ちっとも思い出せないけれど。
黙りこむわたしに、大地さんはいたずらっぽく笑った。

「何?もしかして本当に不思議の国へ行ってた?」
「うーん…でも、例え『ふしぎのくに』へ行ってしまってもきっと帰ってきます。だって、大地さんがいない国なんて居られないもの」
「…そっか。よかった」
「えぇ、そうよ」

きっと、それが「星の導き通り」のはず。





そう思って、大地さんの手をきゅっと握った。











Thanks!! 50000Hit&2nd Anniversary!!






最後!ゆうきさまへ「琴子さま話」でした。
つーか、これは企画考え始めた頃に「もしもリクエストするなら琴子さまの話ですかね」ってお話をされていた所、私が勝手に憶えていただけです。リクされたわけじゃないよ。勝手に書いたんだよ…んっと私キモいね…でも本人に言ったら割と傷付くからやめようね…。(おい)
そういうわけで、内容は何も指定なかったので存分にふざけています。これは私の願望でうちの琴子お嬢さまをGS3のメンズと絡ませたかっただけだという…、もう何かそういう半分は自分用っていう…。
琉夏は王子だから特別扱いしてみたぜ。実はこれ大分前にほとんど書いていたので、青春の扱いの酷さったらない。あんまり知らなかったから書きようなかったのがバレバレですわね。
ゆうきさんは、琴子さまをかわいがって下さるので、ついこんな調子こいた話を考えたのでした…すみませんすみません…OTZ!


こんなお話ですが、ゆうきさまに。いらなきゃブラックホールにでも投げ込んでおいてください…!
勝手に押しつけてすみません!!