初恋雨





文武両道、進学率もすこぶる高く、中にはとんでもなく裕福な家の子供も通っていたりするお坊ちゃんお嬢様学校――、色々なレッテル(この場合は評判、とでも言うのだろうか)を貼られた「はばたき学園」でも、休み時間に高校生たちが集まってする話なんてたかが知れている。昨日見たドラマの話、流行りものの話、バイト先の愚痴、少しは真面目に将来の話、…それと後は。

「えっ、マジ!?お前、あいつと付き合うの!?何時の間にそんな事になってたの?」
「うるせぇ、声でかい!」
「あー付き合うって言えば、隣のクラスのさー」

「コイバナ」というのは、女子だけのものだと思ったらとんでもない思い違いだった。いや、むしろ女子よりも無駄に夢を抱いているのかもしれない。大体こういう話をしている時は、普段より妙にテンションが高いし。

(こういう話は、無関係だと思ってた)

思っていた、というよりも、現在進行形で僕には距離を感じる空気だ。盛り上がる連中を横目に、明日には仕上げなければならない塾の課題を進めようとする。
けれど、ちっともやる気にならない。問題の中身がさっぱり頭に入って来ない。かちかちとシャープペンシルの芯を出したり引っ込めたり、気分を変えようかと違うページを捲ってみたり。でも、それも無駄な努力だった。

「なぁ、赤城は?お前はどんな感じ?」
「……え?」

突然話を振られ、自分には関係ないと思っていたはずなのに、何故かどきりと動揺する。さっきまで頭の中に思い描いていた光景を覗き見られたような後ろめたさに、思わず声が上擦ってしまった…かもしれない。
…違う。もちろん、僕はこの面白くもない課題の事を考えていただけだ。だから別に慌てる必要はない。

「何の話?」

こういう時、まるで何でもない顔をするのは割と得意だと思う。案の定、クラスメイト達はつまらなそうな、呆れたような視線を向けてきた。「期待はずれ」と伝わってくる空気に、けれども僕はほっとする。

「何だよー、つまんない奴」
「赤城ってモテそうだけど、そういう話ないよなぁ、不思議と」
「こいつはダメだって。そういうの、全然キョーミ無いもん」

取成すように言ったクラスメイトの一言に、ほっとした安心感は益々強いものになる。大丈夫、誰も「気付いて」いない。
誰にも話すつもりはなかった。とりあえず、今のところは。だって、自分でもまだ信じられなくて、戸惑っているくらいだから。

「ウソだろ、もったいねぇ!俺が赤城なら超がんばるのに…!お前、俺と体交換しろ!無理なら顔だけでも!」
「いや、ダメだろ。お前がダメなのは顔の問題じゃないし。赤城の顔でもモテねって」

たった一度しか会ったことのない女の子の事ばかり考えているなんて。「一目惚れ」だなんて、そんな事が自分の身に起こるだなんて。

「…お言葉を返すようだけど、僕はそんなモテた憶えないぜ?付きあってほしいとか、好きだとか、言われたことないし」
「嘘だ!俺は信じない!かっこいい顔した奴の言うことなんか信じない!」

だけど、あの子にもしそう言われたらどうしようって思ったことはある。名前も知らない、ほんの少ししか言葉を交わしたことのない女の子だけれど。
そんなバカみたいな事、だけど、僕は本気で考えているって言ったら、ここにいるクラスメイト達はどんな顔するだろう。

「正直、授業に付いて行くので精いっぱいで女の子どころじゃないよ。みんな余裕あるんだな」
「また嘘付いてるし!お前成績良いだろー!」
「だから、脇目も振らず勉強している結果だよ。それに順位二桁じゃ成績良いとは言えないだろ?」
「おまっ…補習ギリギリの俺にそれ言うか!」

話しながら、ふと窓の外を見る。空はどんよりと曇っていた。…あぁ、そうか。だから、「あの日」の感じを思い出すんだ。
あの日、雨に降られた中走っていた時はとんだ災難だと思っていたけれど、お陰で忘れられない日になった。
一緒に雨宿りをして、傘を買うか買わないかで揉めて、結局一緒に買いに行って、でも傘は買えなくて…それで別れたんだ。それだけだ。
たったそれだけの事を、僕は壊れたレコードプレイヤーか何かみたいに、何度も何度も繰り返し思い出している。そして思い出す度に、胸の辺りが変な感じになるんだ。病気でもないのにぎゅうっと抑えられたような感じに。自分でも、信じられないけど。
ちょっと意地っ張りだけど、でも笑ってくれた。もっと、色々知りたい。話をしたい、と思う。そんなことばかり、思う。

またどこかで、会えるかもしれない。そんなことばかり、思っている。

雨の日なんて、ただ鬱陶しいだけの日だった。だけどあの日から、雨が降る度、空模様が怪しくなる度、僕は微かに期待する。
雨の日だけじゃない。例え、晴れていたって。街中で羽学の制服を見かけたら「もしかしたら」って目が勝手に追いかける。…今のところ、あの子だった事はないんだけど。
周りの奴らは、まだ誰がかわいいだの、付き合いたいだの、そんな話で盛り上がっている。
そういう話は、自分には無関係だと思っていた。バカにするつもりはないけど、何となく、良く分からなかった。どうしても女子と付き合いたいとか、思っていたわけじゃないし。
今でも、まだ実感はあまりない。でも、もう丸きり無関係だなんて、言えなくなってしまったのは確かだ。

「外、降りそうだなー。あ、今日テリウ寄るけど、赤城も来るだろ?」
「…ごめん。今日はちょっと用があって」
「何だぁ?やっぱカノジョいるとか?」
「マジでか!赤城!」
「だから違うって」

曖昧な笑顔で否定しながら、とうとう塾の課題はカバンに直してしまった。カノジョ、ね。もし本当にそうなら、隠したりしない。でも言えるわけないだろ?名前も知らない女の子目当てで街を歩くだなんて。…僕はまた、何のあてもなくあの子を探すんだ。
もう一度、窓の外から空を見る。この曇り空の下に、きっと君もいる。





まだ実感はあまりないけれど、でもきっとこれが「恋をしている」ってことなんだろう。











Thanks!! 50000Hit&2nd Anniversary!!






るぅさまからリクエスト、「赤城→主で片想い話」でした。
それか、親友佐伯で、と頂きましたが赤城の話がなかったので赤城に。もうね!赤城と言えば片想いだよね!というわけで珍しく張りきっていたのに、張りきれば張り切る程空回るのだと知りました…くっ、こんなはずじゃ…!
素敵な曲まで教えて頂いて、本当に素敵で、そのイメージで、と頑張ったのですが…、全然無視してしまった…気がする…(撃沈)
もっとこう…まっすぐにデイジーの事が好きだ、という話になるはずが…あれ…?
まぁ、一目会っただけで恋しちゃったのは事実(笑)なので、その辺りをそういう感じに取って頂ければと…っ、思います…!

こんなお話ですが、るぅさまに。
リクエストありがとうございました!