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おにいちゃんといっしょ
 
 
 
 
  
「よし決めた!じゃあオレはこれにする!」 
「えっ、それにするの?あぁん、そっちも美味しそうだな〜やっぱり私もそれにしようかな〜?」 
「………」
  
(…何だ、この状況)
  
嬉々としてパフェのメニューを見るのは向かいに座る同級生の女の子と小学生の男の子。そしてそれを見守る(見守る?)俺。
  
日曜日。今日はきれいに晴れて気持ちの良い日だった。そして、そういう日に海野と出掛けられるのは嬉しい。正直、雨が降ろうが槍が降ろうがそれは関係ないのだが。 
普段は駅前とかバス停前とかで待ち合わせるのだが今日は思ったより早く出てきてしまい、彼女の家の前まで迎えに来たのだ。何も言わずに驚かせてやろうかとも思ったが、何だかそれもバカバカしいので事前に連絡はしたが。 
思えば、そこから普段とは違っていたのかもしれない。天気が良くて、久しぶりに誘えたのもあって俺は浮かれていたのかもしれない。いや、浮かれていたのは事実だ、確かに。
  
「…ご注文はお決まりですか?」 
「はい!オレはコレで…えっと、お姉ちゃんはコレで!あと志波さんは…」 
「同じので」 
「じゃあ、オレと一緒のコレです!」 
「はい、かしこまりました。少々お待ちくださいませ」
  
少し高めの声がハキハキと答えるのを、店員は微笑ましいと思ったのだろうか、くすくすと笑いを噛み殺しながら手渡されたメニューを持って下がった。
  
「遊くん、スゴイねぇ。注文とか出来るんだ?」 
「こんなのカンタンだよ。だってオレもう5年生だもん」
  
そう答える少年は、けれども満更ではなさそうに得意そうに笑う。 
彼は音成遊という、海野の隣に住んでいる子供だそうだ。海野曰く「すっごく物知りでしっかりしてるんだよ」との事らしい。まぁしっかりはしてそうだ。 
そしてどうしてか初めて会った気がしないのだが何故だろう。 
いや、まぁそんな事はいい。それよりもだ。今、注目すべきはそこじゃないはずだ。
  
海野の家まで迎えに行くと、二階のあいつの部屋の窓からあいつが顔を出しているのが見えた。それにしても窓の外に向かって何を一生懸命しゃべってんだと一瞬不思議に思ったが理由はすぐにわかった。向かい側でも同じように窓を開けて誰かが話していたからだ。 
ふと、何かの拍子にこちらを振り返った海野が「あれ、志波くん!?」と声を上げた。(そしてそうしてアイツの方が先に俺に気が付いた事がすごく嬉しかったりするわけだが)
  
「わぁ、ホントに早かったねー!ごめんなさい、今降りるから!」 
「あぁ、急がなくていいから」 
「志波って…あの志波さん?」
  
ひょこりと顔を出した少年は、「こんにちは!」と快活に言った。どうして俺の名前を知ってるんだと思いつつも挨拶を返す。 
人懐っこそうなヤツだった。愛想が良い、というのとは違う。けれども何となく友達が多そうな奴だ。初対面でも相手にすんなり馴染んでしまうようなそういう気安さ。 
…そういう意味では海野と少し似ているかもしれない。何だ、この辺りはそういう人間が多く住んでいるのだろうか。 
そんな事を考えていた間、引っ込んでいた海野がもう一度窓から顔を出す。そして何を思ったか、少年に向かって事もなげに言ったのだった。
  
「ねぇ遊くん。これから志波くんと出掛けるけど、もし良かったら遊くんも一緒に行かない?」
  
「え!?」(え!?)
  
声に出したのは子供の方。心の中でだけ(なんとか)思い止まれたのは俺の方だ。 
いつもながら、どうしてこのタイミングでそういう事を思いつくのかと俺は固まったが、それ以上に少年の方は慌てていてぶんぶんと手を振った。
  
「何言ってるの、お姉ちゃん!?そんな事できるわけないよ!」 
「え?どうして?」
  
きょとんと首を傾げる海野に対して「どうしても何もそういうものでしょ!」と怒ったように彼は言う。その点に関してはあの子供の方がアイツよりよほど常識家らしい。 
全く彼の言う通りだ。 
けれど、こうなってくると海野の方も変に頑固になって「だって」と言い返す。一体どっちが子供なんだ。
  
「だって遊くん臨海公園近くのお店のパフェ食べたいなーってこの間言ってたじゃない。私たち、今日あっちの方に行くんだよ?だから丁度いいでしょ?」 
「い、言ったけど!食べたいけど、でも、別に今日じゃなくったって…第一、志波さんに悪いよ。志波さんと約束してたんでしょ?」
  
その通り。俺と約束していた。けれどもそういう理屈が通じてそうで通じないのが海野なのだ。何だか頭痛がしてきた。 
そして案の定、海野は「大丈夫だよ!」と、さも自信ありげに笑うのだった。
  
「志波くんはそんなの気にする人じゃないもの。きっと3人で行った方が楽しいと思うよ?ね、志波くん?」 
「…あぁ。俺は別にかまわない」
  
完敗。逆転しようのない状況に俺はそう答えるしかなかった。ここで否と答える勇気は俺にはない。あるわけがない。 
誤解のないように言うと、俺は別に子供は嫌いじゃないし、一緒に出掛ける事になったとして特に拒否感もない。ない、ないけれども。 
どうにも納得いかないというか、悔しいようながっかりしたような気持ちになってしまったのは仕方のない事だと思ってほしい。
  
そういう経緯があり、今に至る。それにしても、初めこそ遠慮していたが慣れてくると「お姉ちゃんお姉ちゃん」と随分べったりだ。 
話す頻度も俺と海野より、あいつと海野の方が断然多い。子供だからかやたらぺたぺたと触るし…海野の方も特に気にしてないみたいだ。 
そりゃ、気にするわけがない。そもそもアイツだってやたらと人の事を触るし、しかも小学生の子供がすることだ。いちいち気にしている俺がおかしい。 
おかしいのはわかっている。わかっているけれども止められない。俺も大概嫉妬深いなと自分に呆れるしかなかった。
  
パフェは3つ、それほど待つこともなくテーブルに並べられる。フルーツやらソースやらでデコレートされたそれらに歓声を上げる向かいのタイミングが同じで、つい吹き出してしまう。
  
「…もうー、遊くんのせいで志波くんに笑われちゃったよ」 
「オレのせいじゃないでしょ?お姉ちゃんがコドモっぽいからだよ?」 
「遊くんに言われたくないなぁ…」 
「コドモだよ。だって、折角のデートにオレを連れてきたりしてさ」 
「で、デートって!そ、そ、そんなんじゃないよ!」
  
真っ赤になって思い切り否定する海野に少なからず俺は凹むわけだが(けれどもこんな事をいちいち気にしていたらコイツには付き合えない)、音成少年は目を細めてため息をついた。
  
「…ほら、そういうところがコドモなの。ね?志波さん」 
「え?…あ、あぁ、まぁそうか?」 
「え、なになに?どういうこと?志波くん、どういうこと?」 
「さぁな。自分で考えろ。コドモじゃなけりゃわかるだろ?」 
「だよね、ほら、食べないと溶けちゃうよ、お姉ちゃん?」
  
わけがわからないと俺と少年を交互に見る海野をほったらかして、俺たちは黙々とパフェを食べた。食べながら、つまらない嫉妬を感じていた自分を馬鹿だと思う。 
初めて、3人でも割と良いと感じた瞬間。
 
 
  
「今日はごめんね、志波さん」 
「…何がだ?」
  
海野が化粧室へ立って二人だけになってから、音成少年はぽつりとそう零した。水の入ったコップをじっと見ながら、ほんの少し肩をすくめる。
  
「だって、ホントはお姉ちゃんと二人でデートだったのに、悪いなぁって思って」 
「デートじゃないらしいからな、気にしなくていい」 
「…もう!お姉ちゃんってば本当に…えっと、何て言うんだっけ?何も考えてないっていうか気が付かないっていうか」 
「鈍感」 
「あ、それ!あとね、ムシンケイとか言うんだよね?…お姉ちゃんって学校でもいっつもあんな感じなの?オレ心配だよ」 
「あぁ、それはわかるな」 
「オレはちゃんとワキマエテいるから大丈夫だけど、カンチガイしちゃう人だっているんじゃないかなぁ…でも、それもお姉ちゃんのイイトコロだけどさ」 
「…確かに」
  
あまりの言い草に、俺は笑いを抑えるので精いっぱいだった。コイツはたぶん海野の言うとおり小学生の割には「しっかりしている」んだろうけど、それにしても小学生でもわかりそうな事をあいつがまるきり気付かないという事実がおかしい。おかしくて、そしてやっぱりそれすら好きだと思う。
  
「…でも、オレちょっとだけ嬉しかったんだ」 
「そうなのか?…まぁ家で会うのと出掛けるのは違うかもな」
  
その言葉の意味を、俺はてっきり海野と出掛けられた事だと思ったのだが、音成少年は「違うよ!」と、がばっと顔を上げる。
  
「そりゃ、お姉ちゃんと出掛けるのも楽しかったけど…そうじゃなくて。えっと、志波さんとこんな風に遊べると思わなかったからさ!」 
「…俺?」 
「うん!」
  
俺を見上げる目は、何だかきらきら輝いているようにも見えた。
  
「だってさ、志波さん、すっごく背が高いしさ、手もおっきいしさ。オレの父さんより全然大きいと思うんだ。だから、スゴイなーって、カッコイイなーって」 
「……」
  
背が高いだけで、こんなにも手放しで誉められたのは初めてだ。何だか背中がむず痒いような、変な感じがする。 
考えてみれば俺はこんな図体だが、普段は頼みもしないのに弟扱いされるのでこんな風に見上げられる経験があまりない。
  
「オレ、お兄ちゃんとかいないし、学校の友達以外で話すのってお姉ちゃんばっかりだから。あ、母さんと父さんは別の話でね。だから嬉しかったんだ」 
「…そうか」
  
「お前はかわいい弟だからな!」と言われるのを常々うっとおしいと思っていたが、なるほどそう言いたくなる気持ちは少しわかった気もする。
  
「…また、来ればいい」 
「え?」 
「まぁ、たまになら、な」
  
一瞬遅れで意味を理解した子供は、今日一番嬉しそうに笑ったのだった。
 
 
 
 
  
店を出てから、ふと繋がれる暖かさに少し驚いたがそのままにしておく。いつものよりもっと小さくて体温の高い手。 
まぁ、悪くはない。たまには。
  
「あーっ!ずるい!遊くんずるい!」 
「ずるくないよ!お姉ちゃんはいっつも繋いでもらってるんだからいいじゃん!」 
「じゃあ私はこっちの手!志波くん真ん中!」 
「…恥ずかしくないか?これ…」 
「「ぜんぜん!」」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  
Thanks!!1st anniversary!!
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  
にとりさまからリクエスト。「遊くん絡みで志波主なお話」と頂きました。 
スランプの話とどちらか、という事だったのですが遊くん書きたいよ、ハァハァ!という私の個人的事情でどちらも書かせて頂きました。 
それで、ここはベタに目の前でデイジーに懐く遊くんに志波さんが大人げなくヤキモチ焼きまくる話にしようと思ったのに。 
書いてみたら遊くん→志波←デイジーみたいになっちゃったよ、あら不思議。 
遊くんは単純に「志波さんカッコイイなぁ」って憧れているといいなという私の妄想のあらわれですね。 
ちなみにデイジーが「デートじゃないよ」と言ったのは「きっと志波くんはそんなつもりないからそんなの言ったら悪いよ」というオトメゴコロ故です。 
そういう、オトメ的勘違いな発言です。い、一応志波主だから!志波主だから!(大事なので2回言いました)
  
こんなお話ですがリクエスト頂きましたにとりさまは、どうぞ煮るなり焼くなりお好きにしてやってください。 
リクエスト、ありがとうございました!! 
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