I've got a crush on you !
「…………」
一枚の紙切れを手にしたまま、俺はしばらくその場に立ち尽くしていた。
今日は体育祭、俺はまたもやピンチヒッターで「借り物競走」に出ている。今まさに競争中だ。
借り物競走とはつまり、途中に指定される「物」をどこからか借りてきて、それを持って走りゴールするという競技である。
借り物が提示してある地点までは、難なくトップを守って走ってきた俺だったが、その「お題」の紙きれを広げた途端固まってしまい、今に至る。
(…どうすりゃいいんだ)
正直、戸惑っていた。混乱もしている。周囲の声援も喧噪も、今の俺には良く聞こえなかった。ただただ、手にした紙を凝視するだけだ。
小さな紙切れに書いてある単語の意味が、俺にはわからない。いや、わからないというか…これは、そもそも「借り物」になるのだろうか。
大体、「借り物競走」の借り物というのはもっとわかりやすい、誰が見ても一目で「それ」とわかる物でなければいけないんじゃないだろうか。
「これ」を借りてきたところで、皆それでいいと納得するのだろうか。かなり好みというか…完全に俺の主観で決める事になるのだが。
つまり、俺の好み、だけでなく、何と言うか色々なものが全校生徒の前で明らかになってしまう気がする。しかも、借りてきた後に一言言わなければいけないらしい。
頼まれれば断れない。それに運動関係は自分もそれなりに自信があるからといって、何でもかんでも引き受けてしまった自分に初めて少しだけ後悔する。
まさか、こんな事態になるとは思ってなかったのだ。
(くそ、誰だ、こんな借り物思いついたのは)
悪ノリだとしか思えない。そしてそれに当たってしまうとはつくづく不幸だ。
出来ればコースアウトしたいぐらいの気持ちだったが、まさか途中放棄など出来るわけがない。任された責任もあるし、何より一スポーツ選手としてのプライドが許さない。
ちらりと辺りを見回す。もう周りも何人か追いついて、それぞれの借り物を探しに行っている。俺もここでいつまでもぼやぼやしている暇はない。
「志波くーん!がんばれー!!」
遠くから、けれど、聞き間違いようのない声が耳に届いた。思わずそっちを振り返る。
ぶんぶんと手を振って応援しているあいつの姿が目に入る。肩までの髪が手を振るたび揺れていた。
口元が緩みそうになるのを必死で堪えつつ、ふと思いついてお題の書かれた紙を確かめる。それからもう一度、あいつを見た。そして、紙切れをもう一度。
…よくわからないが、やっぱりここは決めるしかない。もう迷っている時間もあまりない。
このお題を見た時、意味はわからなかったが「それ」をすぐに頭に浮かべたのも事実だ。俺にとってはそういう事だ。
深呼吸を一つして、「借り物」の為に走り出した。
「…志波くん、大丈夫かなぁ…」
借り物競走。志波くんは予想を裏切らず一番を走っていた…んだけど、「借り物」の紙を手にした途端、長い間、そこにじっと立っていた。
うちの「借り物競走」はちょっとした名物レースだ。毎年、ごく普通の借り物の中に、一つだけちょっと変わった「借り物」のお題が入っているらしい。
それが「何」かっていうのは公表はされないんだけど、それに当たってしまった人は、その「借り物」ついて一言コメントするのが伝統らしい。
「らしい」っていうのは、当たった人しかわからないから、噂みたいにしか皆知らないって事なんだけど。
もしかして、志波くん、それに当たっちゃったのかもしれない。本当に、固まっちゃったみたいに動かないもの。
「志波くーん!がんばれー!!」
何だか心配になって、応援したくてそう言ったんだけど、言った途端に志波くんがこっちを振り返ったからびっくりした。
確かに聞こえるように大きな声で言ったけど、まさか振り返るだなんて思わなかったから。
志波くんはしばらくぼんやりこっちを見ていたけれど、何か決心したみたいな顔をして、走りだした。…あれ?こっちに向かってる?
それにしても、走ってる志波くんはカッコいいなぁ。いつもは寝てたりぼーっとしてたりしてて、そういう時の志波くんはのんびりしてるから、こうして走ったりしてるのを見ていると何だかちょっとドキドキする。
なんて考えている間に、志波くんはあっという間に私の目の前まで走ってきた。それから、何も言わずに私の腕をぐいと掴んで引っ張る。
「えぇっ!?な、何、どうしたの志波くん!」
「…借り物」
「あ、そっか!何?私が持ってそうな物?」
「いや…」
志波くんは何も言わずに、そのまま私の腕を掴んだまま走りだす。周りが「おお!」とか「女子連れてかれたぞ!?」とかざわざわしているのが聞こえる。
「ちょ、ちょっと志波くん!わ、私、一緒に走るの?借り物って何だったの!?」
「…詳しく説明してる暇はねぇ、急ぐぞ」
「そ、そんな事言ったって…こ、こける…!」
腕を引っ張られながら、自分一人じゃ絶対体感できない速さで体が動きつつある。でも、志波くんのペースに私がついていけるはずもない。
しばらくは何とか走っていたけれど、突然志波くんは立ち止まって私の方を振り返る。
「悪ぃ。絶対落とさねぇから、しっかり掴まってろ」
「え、う、うわぁっ、こ、怖い、高い!!」
「おい暴れるな、危ねぇ。…行くぞ」
ぐんっと、高くなる視界。志波くんは私を肩に担いだまま走りだす。それこそ、さっきよりずっと速いスピードで。
志波くんが走っている最中、私は志波くんの肩だか、腕だかに掴まっているので必死だった。
背中から、風を切っている感覚だけは感じる。それにしても、ふわふわと足が浮いているのが心許なくて、それに、どうして私が志波くんに担がれているのかもよくわからない。
それは競争してるから走ってるんだろうけど、だからどうして私なんだろう?
不意に、大きな歓声が湧き上がる。うっすら開けた目の端に(知らずのうちに怖くて目をつぶっていたみたい)、白いゴールテープが見える。初夏の日射しの中で、それはキラキラ光っているように見えた。
「一位、おめでとうございまーす!!それでは、借り物、確認させて頂きますねー!」
やたらテンションの高く声を掛けてくる司会(?)の生徒に紙を渡す。それから、担いでいた海野をそうっと地面に下ろしてやった。海野はちょっとぼんやりとしていて、「大丈夫か」と声をかけると「なんとか」と返ってくる。
いきなりだったからな。それにしても軽かった。あんな軽々抱えられるなんて、知ってしまった事が嬉しくもあり後ろめたい。これから何かある度、俺はこいつを簡単に捕まえられるという誘惑に耐えなきゃならない。
マイクを持った司会者は、「なるほどなるほど」と紙きれと「借り物」を確認してから、改めて俺にマイクを向けてきた。
やっぱり、一言言わなきゃならないのか。
「はいっ、それでは恒例の一言コメントです、どーぞっ!」
「……えーと」
「大丈夫ですよー、借り物が何かは公表されませんので、正直に答えて下さっても誰もわかりません!」
それってコメントする意味あるのかと言いたくなったが、決まりなので仕方無い。
ふと、海野の方を見ると、目が合った。もちろんこいつもさっぱり意味がわからないという顔をしている。
残りの走者も戻り始めていた。さっさと言ってしまった方が良さそうだ。
考えようによっては、ここではっきりさせておいた方がいいのかもしれない。敵を牽制するには良い機会だ。
いや、誰もわからないんだけれども、…まぁ気持ちの上で。
司会者からマイクを受け取り、一つ呼吸をしてから、それからほんの一瞬だけ海野の方を見て(今度は目は合わなかった)本当に一言だけ、言った。
「………全部です」
「ありがとうございましたぁ〜!!」
意味もわからず盛り上がる中、俺は来年からは借り物競走だけは断ろうかと本気で考えていた。
「ねぇねぇ、志波くんの借り物って結局何だったの?」
「あ?あぁ…言ってなかったか?」
「詳しく説明してる暇ないって、言ったよ?私が借り物だったってこと?」
「まぁ…そんなもんか」
「えー?何なに?気になる!何て書いてあったの?」
「また今度な。…ちょっと疲れた」
少し後ろから、海野の好奇心一杯の声が聞こえてきたが、何とか愛想笑いで誤魔化す。このまま忘れてくれてりゃいいけど。
それとも、はっきり言っちまった方が良いか、この場合。
『アナタの借り物:
・今、アナタが「萌ぇ〜!」と感じるモノ☆(人でもOKだよ!)
ゴールしたらどこがお気に入りか答えてネ☆』
(……「萌え」ってそういう意味でいいんだよな…?)
Thanks!!1st anniversary!!
Say-coさまからリクエスト。志波話。「志波さんで」とシンプルに頂きました。
あと、「楽しい雰囲気で、学校内の風景が見える感じで」とも頂きましたので体育祭で。
しかし、風景…なかったです、ね…。せめて、楽しい雰囲気だと…楽しいのか、これは…!
羽学は、学校全体でこういうバカっぽい雰囲気があると楽しいな!と勝手に予想して借り物競走をこんなのにしてしまいました。
この後、志波くんは借り物競走に加わった体育祭執行部員の一部の人たちからしばらくニヤニヤされたらいいと思います。
タイトルは別に「萌え」とはちょっと意味違うのですが…無理やり、こじ付け。
こんなお話ですが、リクエストしてくださったSay-coさまは、お持ち帰り等お好きなようになさってください。
リクエスト、ありがとうございました!!
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